後日談 ~『お花見』~


 月日が経ち、桜が満開となる季節。エリスは花見をするために自然公園を訪れていた。いつもは閑散としている公園も、桜を一目見ようと街中の人たちが押し寄せている。


 そんな人で賑わう公園を俯瞰できる丘に、一本の桜の木が立っていた。人目から隠れているおかげか、周囲に人の姿はない。エリスとシャーロットの二人が、レジャーシートの上で談笑を楽しんでいる。


「立派な桜ですね~」

「この桜はアルフレッドの出産祝いに皇帝陛下から贈られたものなの。帝国からわざわざ移植してきたのよ」

「シャーロット様は皇帝ともお知り合いなのですか?」

「ふふ、顔の広さには自信があるの。いざという時に頼れるのは友達だもの」


 世界中の権力者たちと人脈を築いてきたことも、オルレアン公爵家の繁栄の理由の一つだ。その大きな役割の一端を彼女は担ってきたのだ。


「私もシャーロット様のように社交を頑張らないといけませんね」


 アルフレッドと正式に結婚したため、エリスもまた公爵夫人となった。家の繁栄のためには人脈を築かなければと意気込んでいると、シャーロットは首を横に振る。


「エリスさんは無理に人脈を広げなくても大丈夫よ。あなたは優しい人だから。肩肘張らなくても、自然にしているだけで慕う人たちが現れるはずよ」

「そうでしょうか……」

「間違いないわ。だって私もエリスさんが大好きだもの」

「~~っ……なんだか照れくさいですね」

「ふふ、きっと他の人もあなたの良さに気づいてくれるはずよ」


 シャーロットは褒めてくれるが、エリスは自分自身がそれほど優れた人間だとは思っていない。そのため照れ臭さが勝り、恥ずかしさを誤魔化すように、別の話題を探す。


「そ、そういえば、アルフレッド様は遅いですね」

「仕事で遅れるそうよ。でも絶対に来るわ。お花見を一番楽しみにしていたのは息子だもの」

「ふふ、そうでしたね」


 呪われていた頃は楽しめなかった行事だ。久しぶりの花見に心を踊らせていたのは、彼の用意したお弁当にも現れており、漆塗りの重箱には鮑の旨煮、焼き栗、鰆塩焼などの凝った料理が詰められていた。


「お弁当、先に食べちゃいましょうか」

「でも、アルフレッド様を待ったほうが……」

「息子からも先に食べておいて欲しいと言われているの」

「なら……お言葉に甘えましょうか」


 ここにはいないアルフレッドに感謝しながら、鮑の旨煮を口の中に放り込む。コリコリとした食感と、溢れ出る旨味に頬が落ちそうだった。


「さすが私の息子、絶品ね」

「ふふ、私の自慢の旦那様でもありますから」

「……でも、息子がこんな風に心から料理を楽しめるのは、エリスさんが呪いを解いてくれたおかげよ。あなたがいたから息子は幸せになれたの」

「シャーロット様……」

「エリスさんには感謝してもしきれないわ。本当にありがとう」


 呪いに侵された息子の完治を夢見ていたシャーロットにとって、エリスは救世主だ。その想いを受け取りながら、エリスもまた彼女に微笑みを返す。


「感謝しているのは私の方です。オルレアン公爵家に嫁ぐと決まったばかりの私は不安で一杯でした……ですが、この家に来てから寂しい想いはしたことがありません。これはアルフレッド様だけでなく、シャーロット様が優しくしてくれたおかげです」

「エリスさん……」

「血の繋がったお母様は早くに亡くなりましたから。シャーロット様のことを本当の母のように感じるんです」

「私にとってもエリスさんは大切な娘よ……だからこそ、伝えないといけないことがあるの……とても大切な話よ……」

「……シャーロット様?」

「あなたの母を殺したのは、先々代の領主かもしれないの……」

「――っ……そ、それは本当なのですか?」

「証拠はないわ。ただの憶測よ。でも先々代の領主は黒魔術師を手先として、邪魔な相手を呪いで暗殺していたの。そのターゲットとして、ロックバーン伯爵領で魔術の天才と称されていた、エリスさんのお母様が狙われたとしても不思議ではないわ」

「そんな……」


 衝撃の事実に言葉を詰まらせてしまう。アルフレッドからも祖父は悪魔のような人物だとは聞かされていたが、その毒牙が自分の血の繋がった母にまで向けられていたとは思わなかったからだ。


「先々代の領主に代わって謝らせて欲しいの」

「シャーロット様、頭を上げてください」

「でも……私の一族がしたことで……」

「それをいうなら、私もオルレアン公爵家の一員ですよ。先々代の罪を背負うべき立場なのは同じです。だから亡き母に謝るなら二人一緒にです。ね?」

「エリスさん……本当にあなたは優しいわね……」


 血の繋がった母を殺した先々代の領主はもうこの世にいないのだ。死人を恨んでも仕方がないし、その罪の意識をシャーロットが感じる必要もない。


 エリスの許しが心に響いたのか、シャーロットの目尻に涙が浮かぶ。それを覆い隠すように、桜吹雪が散った。


(シャーロット様には初めて街を訪れた時に桜色のドレスを頂きましたね)


 ふとした瞬間に、大切にされていることを思い出す。彼女が義母で良かったと心の底から感じていた。


「これからもずっと、あなたは私の大切な娘よ。困ったらいつでも頼ってね」

「はい!」


 シャーロットの優しさに感謝していると、人影が近づいてくる。そのシルエットは見間違えようがないアルフレッドのものだ。


「アルフレッド様、こちらです」

「仕事で遅れてしまい、すまなかった」

「ふふ、気にしないでください。先にお弁当も頂いておりましたから」

「そうか……それで味はどうだった? 今回は自信作なのだが……」

「絶品でしたよ」

「君に喜んでもらえたなら、料理人冥利に尽きるな」


 アルフレッドはエリスの隣に腰掛け、弁当に舌鼓を打つ。家族団欒の時間をエリスは満喫するのだった。




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聖女の婚約破棄は二度目です ~魔力0だからと捨てられた聖女は、呪いで醜くなった公爵に嫁いで溺愛されました。ただし呪いは回復魔術で治せるようです~ 上下左右 @zyougesayuu

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