舜 ―終劇―
「可愛い子を見つけて仲良くやってね。どちらかというと舜には尻に敷くタイプの方がお似合いだと思うけど」
「真帆を超える子はなかなか見つからないと思うけどね」
「あら? それは褒め言葉と受け取っても良いのかしら?」
抱きしめている耳元でくすくす笑う真帆の声がした。
やがて笑い声が収まると
「そろそろ行くね。ずっと舜の幸せを祈ってるから。愛してるわ、舜。あなたのそばに居れて本当に幸せだった」
「僕も幸せだったよ。さよならは言わない。僕に初恋を教えてくれてありがとう。ずっと忘れない。真帆の事はずっと忘れないから」
「私も――」
僕を抱きしめていた真帆の腕の力が弱くなると僕の胸から顔を上げ、そのまま体をよじりると僕の腕の中から抜け出した。
「お別れはちゃんと済んだかしら?」
「ああ、感謝するよ」
「それなら良かったわね」
僕を見る『真名』の目は冷たく凍りついており、人を見るというよりは虫を見るような目だった。
「私の体で変な事しないかと警戒していたけど、ヘタレなあなたにはやっぱり無理だったようね。まあ、もし変な事してたら無理矢理中断してそれまでだったから命拾いしたわけだけど。もう少しぐらいなら目をつぶっていてあげたのに」
うすら笑いを浮かべこちらを見る『真名』はもはや僕の知っている幼馴染ではなかった。
真帆の声で、真帆の姿で、平気で残忍な事を言う。
真帆たちとの別れの余韻を汚されたくない僕は『真名』に早く部屋を出て行くように要請するのだった。
***
僕の幼馴染だった真鍋真名と僕の親友だった石狩徹は今日も二人仲良く腰に手を回し肩を寄せ合い甘い言葉を交わしていた。
男性恐怖症の治った『真名』は学校の至る所で徹とイチャイチャしている。それが受験本番を控えてピリピリしている進学組を必要以上に煽る事になっている事を本人たちは気付いていない。
仲のいい事は良い事だと思うけど、真帆と同じ顔で他の男に愛を囁いている姿を見るのがこれ程ダメージを与えて来るものだとは思っていなかった。
別人格だと理性では分かっていても心までは納得しきれていないのかもしれない。
絶縁宣言をされて以来、こちらから二人に話しかける事はなくなった。お互いにラブラブで周囲の事が目に入っていない彼らからもこちらに話しかけてくる事ない。
二世帯住宅といっても共有部分は台所のみ、食事時間帯をずらし、極力台所に近付かないようにしているので今のところニアミスした事はない。
僕は県外の大学に進学する事が決まっており、四月からは一人下宿暮らしをする。
そのうち新生活の忙しさで心の中にぽっかりと穴が開いたように感じる虚無感にも慣れるだろう。
虚像でしかなかった真帆たちに肉体を与えてくれた『真名』には感謝している。
彼女たちが消えても彼女たちと過ごした思い出は僕の心の奥底の宝箱にしまった大切な宝物だ。決して失くしたりはしない。
今はまだ、ふとした瞬間に思い出して寂しい気持ちになるけれど、出会いがあれば別れもある。喧嘩別れでも嫌い合って別れたわけでもない事、それだけは救いだ。
ただ一つだけ僕にはわからない事がある。
『彼女』は誰なんだろう?
そして真名はどこに?
その謎が解けた所で真帆たちは戻ってこないという確信めいた予感がある為、薄情なようだけど僕には何もする気はないし、何も出来ない。
いまさら真帆の残像を追いかけても仕方がないのだから。
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