真帆 ―最後の別れ―
「時間までまだまだ話足りないし、それにもう少しハグして欲しいな」
「しょうがないな」
両手を広げたポーズを見せるとすぐさま気付いた舜が両手を広げて迎え入れてくれた。
その胸に飛び込んでハグする。胸の温もりを感じてハグする腕に力を込めた。
これだけ近くで舜の温もりを感じるのは初めてかも知れない。
「力を込めるのはそれくらいにしておいて。それ以上力を込められると折れるよ」
「えへへ」
「いつまでなの?」
「何が?」
「自由時間だよ『真名』から貰った自由時間ってどれくらい残ってるの?」
「残り一時間切ってるかな。時間までこのままでもいいかな?」
「僕はいいよ」
「ありがとう。そんな舜が大好きよ。知ってたかしら」
「薄々はね」
「あら? 薄情ね」
「そこまで自信過剰になれないよ。幼馴染は幼馴染だからね」
「うーん、じゃあ。これでどうかしら?」
ハグする両手の力を緩め二人の身体に隙間を作る。そのまま両腕を舜の頭の後ろに回して抱え込むとそのまま胸元に引き寄せた。
「ずっと独り占めにしたいと思ってたの。愛しているわ」
脂肪の塊に押し付けられて身動きしない舜の耳元で囁く。
数十秒。体感ではもっと長く感じた後にゆっくりと舜が顔を上げ、二人の視線が絡まった。
さらに舜の顔が近付いて来るとそのまま唇と唇が触れ合う。
遠慮せずに舜の頭を回した手に力を込めて引き寄せた。
「えへへへ、初キッスだね」
「あれ?子供の頃にしてたのは――あれ?」
「もう、誰と間違えてるんだか、薄情者め!」
舜の胸元を握り拳で叩くが気が晴れない。悔しいので、もう一度口付けをして上書きしておく。そのまま耳元に口を寄せるとなるべく色っぽく囁いた。
「ここまででいいの?真央はちゃんと最後までして欲しいな」
「僕も真帆が好きなんだ。愛している」
「あら、こんな時に別の女の名前なんて出して欲しく――」
「だから、オモチャの指輪なんてしていなくても間違えるわけがないんだよ、真帆。愛してる。離したくないくらい」
「いつから気付いてたの!?」
「最初から全部。ハグして欲しいって手を広げてる最中に入れ替わっただろ?」
渾身の演技と入れ替わりが全てバレていたようだ。舜のくせに。
「じゃあ、愛してるって言ってるのも嘘だってバレてるのよね――」
唇を塞がれて最後まで言えなかった。しょうがないので舜の頭の後ろに腕を回して力を込める。
どちらが先に音を上げるか勝負よ。
***
ゼェハァ、ゼェハァ。
息継ぎの仕方が分からなかっただけで舜に負けたわけじゃないからね。次は負けない!
「大丈夫?」
「大丈夫に決まってるでしょう!」
「うん、やっとら真帆らしくなったね。真央の真似や、しおらしいのは似合わないよ」
「何よ、ガサツだって言いたいのかしら?」
「そんな事ないよ。僕の愛しい人だもの」
「そんな言葉で騙されないわよ――」
初めて舜から抱きしめられて言葉が続かなかった。
「ずっと抱きしめていたい。時間さえなければ――」
「ええ、私だって――」
制限時間まで舜の温もりを感じていたい。あとは時間が来て身体の支配権を取り戻した『真名』が舜にひどい態度を取らないでくれる事を祈るしかない。
最後まで自分勝手な事はわかっているけれど、一人の部屋に戻り最後を迎えるのは嫌だ。
そして何よりも、一番最後という順番を譲ってくれ、入れ替わりとふりをする事を許可し協力してくれた真央の為にも悔いは残したくはない。
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