真帆 ―自己憎悪―

 私は舜の事が好きだ。大好きだ。だけどもこの気持ちを打ち明ける気はない。所詮私たちは副人格、真名という人間の虚像にすぎないのだ。決して実体、主人格の真名に取って代わる事は出来ない。

 この気持ちを舜が受け入れてくれたとしてもいつか消えてしまうのではないか、という恐怖と共に真名の虚像として過ごすしかないのだ。


 なぜ私は『真名』ではないのだろう?

 いつもいつもそんな事ばかり考えてしまう。同じ身体に宿っていても『真名』が意識を手放さない限りは私たちは自由に動けない。そしてその限りある自由でさえも私たちが定めたルールに従って分割され、全てを自由にするわけにはいかない。


 朝は真子と真里。朝食を作り、その後に舜を起こす。色々なパターンで舜を起こすアクティブな真子には驚かされっぱなしだ。

 夜は真央と真帆、つまり私。ファッション誌や雑誌を読み漁り、着こなしや化粧などを勉強する。少しでも舜に可愛く思われたいのだ。

 人の視線が怖い真名は綺麗に着飾る事すら苦手なので、私たちが舜経由で希望を伝えてそれを親たちからのプレゼントという形で手元に届いた衣服を真名が着ている。

 就寝前は真子。舜に読み聞かせをねだり、舜の温もりを感じながら眠りにつく。幼い真子相手に羨ましいなんて思ってないんだから――


 私は真名が大嫌いだ。嫌いというよりももっとドロドロとした憎悪の感情しか抱いていない。

 少し注意を払いさえすれば、周りに視線を配る事ができれば舜がどれだけの努力をして真名に刺激を与えないように接してきたのか、衝撃を与えないように障害を取り除いているのか知る事が出来ただろう。

 それでも、自分でも気付かぬうちに守られる事を当たり前と享受するようになった真名の目には、舜の努力は何も映っていないのだ。


 私たちが舜と結ばれなくてもいい。せめて真名と結ばれて欲しいという願いは無惨にも打ち砕かれた。

 見栄え麗しく、スポーツ万能、成績優秀な舜の親友の徹を選んだのだ。


 このままずっと舜を拘束するわけにはいかない。真名の交際の進展具合に応じて舜を解放してあげないといけない。

 私たちが舜に未練を残すように、舜も私たちに未練を残すとするなら、過酷で残酷な未来しか想像出来ない。


 すでに真里は朝食作りも姿を見せる事もやめた。

 真子はぐずっているけれど、舜への読み聞かせをねだる回数を減らすように説得している最中だ。

 真央はハグを要求する回数を減らし、私も舜の前に姿を現す回数を減らす。


 そうして私たちは遠からず消えるだろう。

 副人格は消滅するのだ。一つは主人格との融合、統一。吸収されて消える。

 もう一つは完全な消滅。必要とされなくなり副人格自身が自らの存在を主張しなくなった時に少しずつその存在を薄めていき最後には消滅してしまう。

 以前に存在していた副人格がそうだった。

 泣き虫の『真希』は真名に吸収され、怒りん坊の『真知』は消滅したのだ。

 今、真名の中に存在する副人格は私を含めて四人しかいない。

 いずれ私たちも消えゆく存在――

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