舜 ―思いがけないお誘い―
「今日、時間あるかしら?」
「ええ、勿論ですよ!」
日曜日の午前八時。久しぶりに僕の前に姿を現した真里さんがこちらを向いて妖艶に微笑んだ。
「じゃあ、良かったら――」
「遊園地に行くのだ!」
「やっぱり海かな」
「見たい映画があるの」
「ドライブ――はまだ免許持ってないから無理だったわね。ピクニックでも行きましょう」
人が変わったように僕に対して冷たくなった真名から絶縁宣言をされたのは三日前だった。その真名が僕の前に顔を見せたかと思うと、コロコロと副人格を切り替えていく。
「みんなの希望としては真子が遊園地で、真帆が海。真央が映画で、真里さんがピクニックだね。全部行くのは無理だよ。でも、この時間帯に現れるって珍しいよね。どうしたの?」
「ふふふ、半日だけ自由時間をもらったの。最後だから自由にさせてくれるそうよ」
「最後?」
「残念だけど最後なのだ――」
「記念に残る一日にしましょうね」
「海もピクニックも、季節外れだね。今の時期じゃ、寒すぎるよ。残るは映画か遊園地――」
「なら遊園地ね」
「遊園地! 遊園地!」
「残念だけど仕方ないか」
「暗闇で抱きつくのはお化け屋敷でも代用出来るからそれでもいいかな――」
最後という言葉が気になる。しかも、こんな朝早くから自由に副人格が入れ替わっている事にも驚いた。真名は朝寝坊しているのかな?
「詳しい事はおいおい話すからまずは身支度して出発しましょう! 時間がもったいないわ。さあ、早く!」
「わかりました。じゃあ、五分待ってて下さい。すぐに準備して来ます」
真里さんに急かされるまま、急いで身支度を済ませる。軍資金はこの二ヶ月手付かずで置いてあった小遣いがあるので間に合うだろう。
相手は四人だけど実態は一人。二人分の費用、まあ、いわゆる普通のデートだと思えば間違いなく足りるはずだ。
***
「もう一度乗りたい! 乗ってもいいよね?」
「一人で乗れるかい?」
「舜も一緒に決まってるのだ!」
どうやらメリーゴーランドがいたく気に入ったようで、真子にせがまれて一緒に三度も乗る羽目になった。
くるくる回っているだけのはずなのに上下運動が地味に三半規管を攻撃してくる。
さらに続け様に乗ったコーヒーカップの回転運動がとどめを刺して完全にグロッキー状態だ。地球はそれでも回っている。
「はい、スポーツドリンクよ」
「真里さん、ありがとうございます」
「ひざを貸すからゆっくりしてもいいからね」
真里さんは広場の芝生の上に大の字に寝転ぶ僕の頭を持ち上げると膝枕してくれた。
「取り敢えず簡単にまとめると、今日をもって私たちが舜の前に現れる事はなくなるわ」
「!?」
「あの子が完全に人格を支配して、これからは私たちと入れ替わる事はなくなるの。要するにお役御免ね」
「そんな――」
「今までありがとう。真名の事を大切に守ってくれて。私たちみんな舜の事が好きよ。会えなくなっても舜の幸せを願ってるわ」
「僕だって――」
「残り時間が限られてるから私はこれでサヨナラするわね。あとは真子、真央、真帆と楽しんで。じゃあね」
真里さんは僕の頭を両腕で抱え込むと脂肪の塊を押し付けてそのまま去っていった。
嘘だと思いたいけど、真里さんの言う通りに本当に最後なら『さようなら』位はきちんと言わせて欲しかった――
「舜、鼻の下伸びてるわよ」
「こんなのでいいならずっとしてあげるのだ」
「えへへ、離しませんよ」
「―― 嬉しくないと言ったら嘘になるけど、こんな事してても大丈夫なのか? 時間は限られてるんだぞ。次は真子の順番だけど観覧車乗りたいって言ってなかったっけ?」
「そうだった、観覧車乗るのだ! 舜、まだ気持ち悪い?」
「いや、十分回復したよ。観覧車ならあまり並ばずに乗れそうだし、座っていればダメージ受けないから平気」
「じゃあ、早速行くのだ!」
「痛て!」
立ちあがろうした真子の膝から僕の頭は滑り落ちて地面に叩きつけられた。
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