舜 ―変わりゆく日常―

 高校に入りすっかりと成績は逆転してしまった。中学校までは僕が真名に勉強を教えていたはずなのに気が付いたら習う側になっていた。

 中間試験前なので夕食後に僕の部屋に集まりテスト対策に復習問題を解いていると、勉強に疲れたのか真名の身体が船を漕ぎだした。

 すると次の瞬間には真帆が現れていた。


「こんな問題もわからないの? もう一度やり直しよ!」

「少し休憩しよう――」

「これが解けたらね。こんな点数じゃあ、真名と同じ大学を目指せないわよ」

「別に一緒の大学じゃなくても――」

「あら? 私と一緒じゃあ嫌なのかしら?」

「真帆は一緒だと嬉しいかい?」

「当然じゃない! 召使いはいつも側にいるものよ」

「ふーん? そうなんだ」

「何よ! その目」

「いや、僕も嬉しい」

「そりゃ、こんなに可愛い子の隣に居れたら鼻の下も伸びるわよね」

「そうだね」

「何よ! 何でそこで素直に頷くのよ。恥ずかしいでしょう」


 顔を真っ赤に染めた真帆がぷんぷんと怒る。こぶしを振り上げた姿も愛おしい。

 それでも、彼氏が出来たとなれば適切な距離を取らなければならない。


「意地を張っても仕方ないだろう? 真名と徹の交際も順調そうだし、正直な所このまま二人の関係が進展すれば僕はお役御免になりそうだ」

「そんな事を心配してたの?」

「そりゃ、長年そばに居た幼馴染のポジションが彼氏に取って代わられるのは寂しいよ」

「私たちの関係は変わらないでしょう?」

「そうだといいんだけど――」


 真帆の問いに答えながら今朝の真里さんとの会話を思い出した。



***



「明日からしばらくは逢えなくなると思うけど寂しがらないでね」


 真名が彼氏の徹にお弁当を作りたいから早起きするという。当然、朝担当の真里さんの時間がなくなる為に真里さんお手製の朝ごはんが食べれなくなる。

 もちろん、真子のアクティブな目覚ましも鳴らなくなるので自分で起きなくてはいけない。


「代わりに真名が作った朝ごはんを堪能してね。ただの脂肪の塊だから嬉しくないかもしれないけど」


 そういいつつ伸ばして来た両手に挟まれた僕の頭はそのまま真里さんの胸に押し付けられた。

 ただの脂肪の塊のはずなのに柔らかくて温かい。思わず甘えたくなった。


「しっかりと真名を見守ってちょうだいね。姿は現さなくても陰から見てるわよ」


 少し寂しそうな表情を見せた真里さんはそのまま真名と入れ替わる為に部屋に戻って行った。



***



「順調そう――真名たち二人の様子を観察していた舜の目にはそう見えたわけね」

「うん? どういう事?」

「あんなバレバレの尾行に気付かないのは鈍感な真名くらいだよ。真名が心配で学校への行き帰り二人の後をつけてたんでしょう。ちらほら視界のすみに入り込んでたわよ。何かあったら時の為にそばに控えているなんてまさに召使いの鑑じゃない!」

「その召使いを大学に進学してまでこき使おうとしている人は誰だろう? それは置いといて。どこかに出かけるなら人混みとか色々な危険があるからね。二人の仲を取り持った者としてはちゃんと徹がエスコートしてるか気になるだろ?」


 実際には、いつもの閑散とした片道十分の通学路を二人で楽しそうに会話しながら歩いているだけだった。

 わざわざ対人恐怖症の真名の為に厳選した人通りが少ないルートだけあって、ゆっくりと歩かれると後ろにいる僕は体を隠す場所もなく、後ろを振り向かないでくれと祈りながら、素知らぬ顔をして付い行くしかなかった。無事に家にたどり着いた時は思わずホッとため息が漏れた。


 何事もなかった事に対してなのか、二人に尾行がバレなかったことに対してなのか、二人が普段と違う行動を取らなかったことに対してなのか、僕自身もよく分からない。

 一つだけ分かったのは真名の隣に僕が居なくても大丈夫だという事だけだった。

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