真里 ―見つめるだけのもどかしさ―

 吊り橋効果であっても真名の男性恐怖症、対人恐怖症が改善するならそれでいい。それは偽らざる気持ちだった。

 幼い頃から身近にいる舜が一生涯、真名を守って行くならそれでもいい。しかし、それは無理な話だ。


 そもそも他人との関係が希薄なままで生きて行くのは現代社会でも無理だ。今のままの真名であるなら、もし幼馴染の延長として舜と結婚し、奇跡的に二人の間に子供が出来たとして、誕生した我が子に触れる事が出来るのだろうか?


 難しいとしかいえない。

 だとすると吊り橋効果であれ、真名の症状が改善されるなら利用しないという手はない。

 恋に恋する年頃。恋愛に憧れる気持ちは自分でも自制できないのだろう。

 わざわざ吊り橋効果だと教えて盛り上がっている気持ちに水を差す必要はない。


 そもそも学生時代の恋愛など長く続く方が珍しい。

 進学に、就職に、短期間での環境の変化が大きく、その対応に追われる内に気持ちが他に移る事も、冷める事も多い。

 恋愛の最中、また、失恋した時に真名が必要以上に傷付かないように注意していればいいのだ。


『真子』『真央』『真帆』は徹の事は好きじゃないと言っているが主人格の真名の行動を止める事は出来ない。私たちができる事は見守り、いざという時に入れ替わるだけ。


「お待たせ!」

「は、はい! 全然待ってません!」


 呼びかけと同時に後ろから肩に置かれた徹の手に恐怖心から反射的に身構え、身体がこわばり、心臓が波打ち立つ。


「そう?よかった! あれ、舜はどうしたの?」

「一人で先に帰りました」

「そっか。別に気を使わなくてもいいのに。じゃあ、帰ろうか」


 差し出された手を取り握り返した瞬間に全身に悪寒が走った。


「時計、付けてくれてるんだ。嬉しいよ」

「は、はい。当然です」


 恐怖で思考停止した真名の頭からはまともな言葉が出てこない。

 自分が興奮しているのが恐怖かトキメキなのか判断のつかなくなっている真名だけが一人盛り上がっていく。


 他人に触れられても大丈夫。ただそれだけの事実をもとに症状が改善していると判断するのは軽率な事だと分かっている。それでもそれに縋るしか他に方法はないのだ。

 恋なんて所詮は脳が勘違いした錯覚なのだから。

 そもそも、なぜ舜たち二人の会話に参加したいと思ったのか。その深層心理を真名は理解しているのだろうか?

 舜が相手してくれずに寂しかったのか?

 舜が相手をしている徹に興味を持ったのか?

 そのどちらでもないのか?


 中立なる傍観者として、暴れる真子を宥めながら二人の行動を見守り続けるのだった。

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