第5話 隠れた一票
文化祭が終わって数日後、真姫と廊下を歩いていたら担任の先生に呼び止められた。
呼び止められたというより、捉まえられた、というのが正しいかもしれない。
文化祭後の荷物が運び込まれた倉庫の片付けを頼まれてしまったからだ。
ガラリと倉庫代わりの空き教室のドアを開けると、乱雑に置かれぐちゃぐちゃになったプラカードやカンバンがまず目に入った。
その他にも、紙で作った花などの装飾類、ただ荷物を突っ込んだだけの段ボール箱など、文化祭の残骸が転がっている。
「うっわ…」
「何処のクラスよ、こんな半端なことしたのは」
真姫も若干お怒りだ。
残念ながら見る限りでは特定のクラスではなく、全体的にどのクラスもここに荷物を一時保管したらしい。
「荷物の処分自体は各クラスにさせるんだけど、まずは足の踏み場もないこの状態を整理整頓頼むわ」
申し訳なさそうに担任が頭を下げ、私達の目の前で両手を合わせる。
そもそも生徒がした後始末を先生達にさせるわけにはいかないことは私達も分かっている。渋々とその任を請け負った。
絶対に担任にジュースをおごってもらうわよ、と意気込む真姫を横目に一番近くにあった段ボール箱を覗き込む。
どれもガラクタばかりだが、そのどれもが楽しかった文化祭の名残を残していた。
文化祭の後に開かれた後夜祭で、真姫は我が校のミスに選ばれた。
女子は真姫が選ばれ、男子のミスターは加賀美君が選ばれた。
文化祭前から星宿さん率いるファンクラブも活用し、根回しをしたかいがあったというものだ。
正直、そんなことをしなくても真姫が選ばれるとは思っていた。
ゲームのイベント上はヒロインである真姫が後夜祭で加賀美君とともに、学園のミス・ミスターに選ばれ、付き合ってもいないのにベストカップルに選ばれる……なんて展開だったからだ。
でもここは現実世界。
何が起こるかわからないから、念のためファンクラブを中心に根回ししていたのだ。
つまりは組織票による足場固めだ。
案の定、ゲームだとベストカップルにも選ばれるはずのふたりはミス・ミスターに選ばれただけで終わり、そのあと起こるはずの『俺達がカップルだってさ…周りからはそんな風に思われてたんだな……』『なんか照れちゃうね……』みたいな、甘酸っぱいやり取りが生じなかったのが残念だった。
あのシーン、地味に胸キュンポイントで前世で好きなシーンだったんだけど。
まぁ、これで真姫の可愛さが学年問わず全校生徒に知れ渡ったので、一定の成果と言うべきかもしれない。
「真姫、おめでとう」
発表された壇上から下りて来た彼女に声を掛ける。
「ありがと」
少し照れたぎこちない笑顔が返ってきて、最高に可愛かった。
「わわわわっ……!」
後夜祭の時の事を思い出していたら、背後で段ボール箱が崩れる音が聞こえた。
すぐに駆け寄ると、真姫は崩れた段ボール箱のそばに座り込んでいる。
周囲には、箱から零れ落ちた白い紙達が散乱していた。
「どうしたの?」
ぴくりとも動かないので何処か怪我でもしたのかと思い、肩を揺さぶる。
すると。
「――へ?」
床に座り込んだまま顔を真っ赤にした真姫が私を見上げた。
「え、な、な、なんで顔赤いの?え、どっか怪我でもした!?」
「え、あ、あの、そうじゃなくて、あの、これ……」
戸惑う彼女から差し出されたのは、一枚の紙きれだった。
真姫が握りしめ過ぎて、紙の端がよれている。
そこに書かれていたのは『一ノ瀬真姫、長瀬茉莉』。
「なんで私達の名前?」
「あの、これ、後夜祭のベストカップルの投票箱……」
「あ、ああ……」
そういうことか。
なるほど。
つまりそれは――そういうことか。
理解したらしたで恥ずかしさがこみ上げる。
おそらく真姫も私と同じ状態だから顔が赤いんだろう。
まぁ、ただの幼馴染なのにこんな知らないところで投票されていたことを知ったら、戸惑うよね。
「え、わ、私達がカップルって…私達、周りからはそんな風に、思われてる……?」
「な、なんか照れちゃうね……」
「あ、あはは……」
いや、照れてる場合じゃないぞ、ヒロインよ。
なんだか凄く恥ずかしいけど。
不覚にも胸の中が甘酸っぱさでいっぱいになっちゃったけど、残念ながら真姫がこうなっていい相手は私じゃない。
私じゃないんだけれども。
「えへへ~……」
何だか真姫の機嫌が良いので、いまはそのまま甘んじておくことにする。
最近、この子の情緒不安定さ凄いし。
「面白いこと書く人もいるもんだね。朝比奈君とかかな?」と、紙をひらひらさせると、「そんなこと誰でもいいわよ。取り敢えずその紙ちょうだい」と素早い動作でひったくられた。
「捨てるの?」
「捨てないわよっ!!ふざけんじゃないわよ」
え、こわ。
最近、幼馴染が猛獣に見えて来た私でした。
第7章おわり
乙女ゲームでヒロインの幼馴染に転生しましたが、当の本人は攻略対象と全く恋愛してくれません ちりちり @haruk34
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。乙女ゲームでヒロインの幼馴染に転生しましたが、当の本人は攻略対象と全く恋愛してくれませんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます