第4話 攻略対象④乱獅子尊


 飲み物を持って中庭に戻って来ると、真姫が他校の男子生徒に絡まれていた。


 元が可愛いのに加え、今日は衣装が衣装なだけに目につきやすいんだろう。

 真姫ならさっさとあしらいそうだから放っておいても問題無さそうだけど、暫く見ていても何故か男子生徒達は立ち去る様子はない。


 困り顔の彼女を見て、いつもと同じようにできない理由をなんとなく察した。

 今日は文化祭だ。私達はクラスのプレートも持っている。ここで強く出るとクラスの方に迷惑がかかるかもしれない。だから今は他校の生徒と波風を立てたくないのだ。


 大人だなぁ。

 それならやっぱり私も出ていってさっさとふたりで立ち去ろう。

 そう思って足を踏み出そうとして、踏み留まった。


 この光景、いや、見覚えがあったからだ。



「――うちの生徒に何か用か?」


 ――あぁ、やっぱり。

 真姫と他校の男子生徒の間に、割り込む一人の男子がいた。

 それは、4人目の攻略対象である乱獅子尊らんじし みことその人だった。




 乱獅子尊らんじし みこととは文化祭で出会う。

 そしてここで出会わないと、もうゲーム内では関わることがないキャラでもある。

 出現条件があるからだ。


 卒業までに3回ある文化祭で、その時までに一定のステータス値を超えないと出会いイベントが発生しない、解放に条件があるキャラが彼だ。

 ステータスのトータル値プラス、メンタル値にも達成条件があり、ゲームをプレイしている時は強面だから、それと相対するヒロインもメンタルが強くないといけないってことか?と解釈していた。


 そもそも乙女ゲームのヒロインって異性に対してやや常軌を逸した行動が多い(私調べ)から、メンタルの基準が常人のそれとは違うとは思うんだけれど。

 全ステータス値がカンストに近い真姫にとって、そんな条件はそもそも無いに等しいわけで。


 と、いう訳で、そこでようやく私は思い出したのだ。

 出会いイベントがあることを忘れていた、と。


 取り合えずは物陰に隠れて様子を見ることにする。


 乱獅子尊は単純に顔が怖いだけなので、暴力は振るわない。

 なので、無言で佇んでいるだけで絡んでいた奴らは退散する流れのはずだ。


 案の定、予想通り男子生徒達は興ざめしたのかその場を立ち去り、真姫は何やら彼にお礼を伝えている様子だった。


 ストーリーだとそこから少し彼の身の上話が始まる。

 人当たりが良くて話し上手なヒロインに不思議と心を許してしまう乱獅子尊は、顔が怖くてクラスに馴染めないことや口下手であることなどの悩みを話し、打ち解けるきっかけになるのだ。


 遠目から見て、真姫も意外なほど笑顔で話している。


 これまでの攻略対象よりもストーリー通りになっていることを不思議に思い、理由を考えてすぐに思い当たった。

 私が邪魔していないからだ。


 これまでの攻略対象との出会いは全て、サポートをするつもりで結局私がイベントをぶち壊してしまっていた。

 意外と私がその場に居ない方が、真姫が攻略対象とくっつくのも早いのかもしれない。



『――長瀬さんてさ』

 先程、星宿さんの占いの館の会話の中で、言われた一言がある。

『長瀬さんて、根っからの草食動物だから、勝てない勝負はしない、って感じなんですよね』

『堅実でいいじゃない。身の丈を考えてるっていうかさ』

『うーん、そうなんですけどね』


 何か言いたそうに首を傾げる彼女の顔が浮かぶ。

 真姫が手を振り乱獅子君と別れるのを見ながら、なんで今、こんなことを思い出したんだろう、と私も首を傾げた。


 頃合いを見計らい、彼と入れ違いに真姫のもとへ戻る。

「何かあった?」と聞くと、「さっき他校の男子に絡まれてたところを、親切な人に助けてもらったのよ。ついでにお客さんにもなってくれそうだったから、割引チケットも渡したわ」とのことだった。


「そっか。……私が助けられなくてごめんね」


 思わず出てしまったその言葉に、自分でもびっくりした。

 真姫もきょとんとしている。


「別にいいわよ」

 それよりもそろそろクラスに戻りましょ、という言葉に従い、脇に置いていたプレートを持ちあげる。


 ふたり並んで教室に戻る道すがら、真姫がぽつりと言った。

「本当に困ったことが起きた時は、たぶん私はあんたの顔が頭に浮かぶと思うわ」

「えっ」

「別に、助けて欲しいとか守って欲しいとかそういうわけじゃないけど、たぶんあんたの顔が浮かぶ」



「……なんでそんな笑顔なのよ」

「え、私、笑ってる?」

「……これは、まだ望みがあると思ってもいいのかしら」

「何か言った?」


 なんでもなーい、と急に上機嫌になった真姫は走りだす。

 私はその背中を、王子様の衣装で追いかけた。

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