第3話 大事な事を忘れている気がする


 短い休憩が終わり、教室に戻るとすぐに身ぐるみ剝がされての衣装替えだった。


 衣装はどこから持ってきたの、と聞くと手芸部の子達が衣装を担当し、夜を徹して作成してくれたらしい。


 白を基調としたサイズぴったりのスーツに、所々に施された金糸の刺繍。

 髪はオールバックで、眉はやや太めにメイクされた。

 我ながらまあまあいい感じだとは思っているけど、これで王子様っぽくなっているだろうか。


「鼻血でそう……」

 目の前の幼馴染みが限界オタクと化している。


 それを横目に、「どうかな?王子様みたいになってる?」と周囲のクラスメイトに問いかけ、くるくるとその場で回ってみた。


「バッチリよ!お客さんも廊下からちらちらこちらを見ているし。良い客寄せパンダになるわ!」

 委員長が鼻息荒く廊下を親指で指し差した。


 確かにドアや窓の外からこちらを覗き込む生徒達がちらほらいる。

 でも客寄せパンダは一言余計ではないだろうか。

 せめてオブラートに包むとかなんとか配慮してほしいもんだ。


「さぁ、それじゃあしっかり働いてもらうわよ。その衣装もメイド服も結構予算かかってるんだから」

「はい……」

 委員長の勢いに気圧され返事をする。まぁ、そもそも承諾したのは自分なので働きますけど。



 メイドのなかに王子様の格好をした変な奴がいる、という噂でも流れたのだろうか。

 私が思っていた以上に客足は増え、売り上げは好評だった。

 主に女子のお客様が増大した。


 やっていることは王子というより王子の衣装を纏った執事なんだけど。


 言っておくが、私は別に顔が男性的でも中世的というわけでもない。

 どちらかというとモブに近いので顔もそこまで特徴的ではないと思う。


 それでも客足が好調なのは、本当に物珍しさで客寄せパンダになっているんだろう。


 お客様のなかには「あの、私、先日ファンクラブに入って…」と報告してくる女の子もいた。

 ちょいちょい出てくるな、ファンクラブ。


 一体何人入会したのか謎である。

 後でまた星宿さんに聞いておこう。


 真姫は接客をしながらずっとチラチラとこちらを見ている。

 そんな夢見がちな方ではなかったと思うんだけど、おとぎ話の王子様、ってやつに憧れがあるのかもしれない。

 もしくはいま読んでいる百合漫画にそんなシーンがあるのかな?


 そんなわけで真姫は、休憩のタイミングが回ってきても教室から出ずにずっとこちらを見ている。それを見かねてか、とうとう委員長から私達ふたりに声がかかった。


「はい」

 と手渡されたのは、委員長お手製のデカいプラカードだ。

『メイド喫茶営業中 in1-A教室』

「え、これなに」

「あなた達ふたりで外歩いて宣伝してきて。ついでに休憩もしてきていいから。その衣装だと、歩くだけで目立つだろうし」


 頼むわよ、との言葉と同時に廊下にぽいっと放り出される。

 目の前で教室のドアが閉められて初めて、委員長が先ほど言っていた『後で時間をつくるから』はこの事かと理解した。


 結局は終始客寄せパンダじゃんか!と肩を落とす。

 教室のような限られた空間ならまだしも、他校の生徒も大勢いる外に放り出されると、途端に恥ずかしさがでてくる。


 そもそも私、脇役なんですが。

 そんなことを言っても始まらないので、割り切って真姫とふたりプラカードを持って校内を練り歩く。

 真姫は心なしか上機嫌だった。


「ちょっとふたりで腕組んだり手を繋いだりしてみようか?宣伝にもなるかも」

 だなんて言うから、丁重にお断りさせてもらった。

 変な噂が立っても困るし。

 真姫に申し訳ない。


「……」

「え、なんで急にそんな不機嫌になるのよ」

 情緒不安定すぎやしませんかね、このメイド。


 そんなこんなで、中庭に出たところで少し座って休もうということになり、私が飲み物を買ってくることになった。

 ジャンケンで負けたのだ。


 そして、王子様姿のまま渋々自販機の前で商品を選ぶ私はこの時、大事な事を忘れていた。


 ――この文化祭でも、攻略対象とヒロインの出会いのイベントがあるのだということを。


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