第2話 占いの館


 案の定、メイド喫茶は大盛況だった。


 お客様は下心のある男子ばかりかと思いきや、意外と女子のお客様もいる。

 本物のメイド喫茶に行くにはハードルが高いけど、文化祭での出店くらいなら興味がある、って感じなのかもしれない。


 営業スマイルを作りながら、席に着いた女の子達に接客をする。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「あのっ、このふわふわパンケーキをお願いします」

 注文をうけたまわると、楽しみだねぇ、と笑顔できゃっきゃうふふな会話をしているのが聞こえた。


 そのふわふわパンケーキを作るの、バックヤードでキッチンを担当しているむさい男達なんですけどね。


「長瀬さーん、ちょっと早いけど今のうち休憩入っちゃいなよ。この後衣装替えもあるし」

「はーい」


 いよいよ王子様衣装かぁ、と身構えつつ、休憩はありがたく頂くことにする。

 ちらりと真姫の方を見ると、まだ接客中のようだった。


 周囲の目線が真姫に集まり、幼馴染として少し誇らしい。




 休憩に入るため制服に着替え直し、教室を出ようとすると真姫が追いかけて来た。

「ごめんね。一緒に休憩入れなくて」

「いや、別に仕方ないし」

「茉莉と一緒に文化祭回りたかったんだけどね……」


 少し寂しそうに言うその顔も、衣装がメイド服なだけに庇護欲をそそるというか、もう今すぐにでも攻略対象全員搔き集めてこの顔を見せてあげたい。


「あー、それなら大丈夫よ。一ノ瀬さん、後でその時間はちゃんと作る予定だから」

 学級長の女子生徒の発言に、その場にいた数人の生徒がちいさく頷く。

 加賀美君も口パクで『任せとけ』と親指をあげ、ドヤ顔だ。

 これ何か企んでるやつだな。


 正直、加賀美君も加賀美君で、そんなことをするよりもっと真姫と親密になって欲しいんだけど。最近、ただの空気が読める気の良いイケメンと化している気がする。


「そうなんだ。良かったぁ。ありがとう!」

 本当に嬉しかったのか、真姫の顔に満面の笑みが広がる。

 その顔をみたクラスメイト達がぶわりと顔を赤くする。

 ヒロインの本気のスマイルって強い。



 とまぁ、そういうことで、そのまま真姫はまだ接客があるので教室に残り、私はひとりで短めの休憩に入ったのだった。


 向かう場所はもう決めている。

「ここか。――スピリチュアル研究部」


 星宿ここあの居る場所だ。




 入り口の案内で星宿さんを指名し、所定のブースの黒幕をくぐると彼女が待っていた。

 教室のライトは落とされ、明かりは間接照明だけだ。

 周囲の壁も黒や紫で統一されて雰囲気がある。

 ご丁寧にBGMも用意されていて、室内は控えめな音量でヒーリングミュージックが流れていた。


「いらっしゃいませ。長瀬さん、来てくれたんですね」

「どうも。――凄く雰囲気あるねぇ」


 文化祭当日までの間に、真姫への誤解は解いた。

『ファンクラブって……なに?』

 と私と同じ反応だったけど、私達ふたりのことを応援したいんだってさ、と簡単に伝えると本人は納得したようだった。


 その後、真姫と星宿さんが何やら話し込んでいる光景を見かけた時は、不思議に思ったのだけれど。

 後から聞いてもはぐらかされるだけだった。



「そういえば、ファンクラブ創設の許可をどうして私に求めたの?今気が合うみたいだし、真姫でも良かったんじゃ」

「あ、それはですね。事情をよくわかっていない長瀬さんの方が篭絡ろうらくしやすそうだったからです」

 一ノ瀬さんは、断る時ははっきり断る方に見えたので、と付け加えるあたり、意外なしたたかさが垣間見える。


 確かに、真姫はNOと言える人だ。

 対して私は、よく分からなくてもOKしてしまうことが多い。

「ちょろかったです」

 星宿さん、なんだかゲームとキャラが変わってきた気がするな。

 今からでも許可取り消してもいいんだぞ。


「そんな事より、今日は占いをしに来たんですよね!」

 キラキラとした目で見つめられ、相手の空気に飲まれるあたり、私は本当にちょろいのかもしれない。

 占ってもらいに来たのは本当なので、頷いておく。


「あ、じゃあ相性を占ってもらおうかな。えーっと例えば真姫と…」

「おふたりの相性はとても良いです」

「ん?」


「動物に例えると一ノ瀬さんはチーターのような肉食獣。対して長瀬さんはコアラのような草食獣です。一ノ瀬さんは熱しやすく冷めやすい点はありますが、気に入った相手に対しては非常に積極的です。また、こういったタイプにはポジティブな言葉をかけることも有効です」

「ふむ?」


「長瀬さんは普段はぼーっとしてユーカリの葉っぱをもぐもぐ食べているコアラのような人です。でも自分でもこれと決めたら長期間かかってもやり遂げます。そしてとてもポジティブで、他人に対しても良い言葉を掛けることができる人です」

「なるほど。ぼーっとしてる、のところは引っかかるけど、全体的に悪い気はしないね」

 実際、私は自分の役割を幼少期から認識して動いているわけだし?


「そうなると、おふたりってお互いの性格を補えるバランスの良さがあるんです。なので私からも太鼓判を押します。是非幸せになってください」


 ありがとう、と言いたいところだけれど、思っていたのと違う。


 私は真姫と攻略対象の面々との相性を占って欲しかったのだ。

 この日のために3人の生年月日だって調べてきた。


「ラッキーアイテムは段ボール。お片付けをすると吉、です」

「それって誰にとって?」

「一ノ瀬さんにとってです」


 ほう、そういう占いもできるのか。

 それならそれで聞きたいことは沢山…。

「はい、10分100円です」

「あ、お金とるんだ」


 勿論です、とにこにこ顔で答える星宿さんは、多分私が思っている以上にしたたかなんだろう。

 言われるままに100円を払い、時間が来てしまったのでブースを出る。


「あ、長瀬さん」

「なに?ああ、ありがとう。楽しかったよ」

「良かったです。あと、後夜祭の根回し、一応しておいたんで」


 にやり、と星宿さんが悪い笑みを浮かべる。

「ありがとう。助かるよ」

 良い人脈を手に入れた。

 ひらひらと手を振り、今度こそスピリチュアル研究部を後にした。

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