第8話 心の臓
季節は流れ行き、春。まだまだ寒いが三月はきっと春と呼んでも可笑しくないはず。だから今は春。誰が何と言おうと春である。
「──私達三年生は今、羽ばたきます!」
「「「「羽ばたきます!」」」」
そして今は卒業式の真っ只中である。俺はまだ一年生だから在校生の席にいるが、兄は三年生。そのため兄は体育館の前方の卒業生の席にいる。
合唱やら卒業証書授与やら校長先生のありがたーいお話やら、それはそれは長い。というか校長先生の話の内容、入学式のときた酷似してないか?気のせい?
そんなこんなで卒業式は終わり、各自解散の流れとなった。俺はというと、兄に合流しに行ったのだが。
「俺、レンちゃんに第二ボタンを渡してくる」
「え。兄貴ってそんな行動派だっけ。つーか俺のイメージ的には卒業生側から渡すというより、在校生側がねだるものかと思ってた」
「渡すったら渡すんだ。そしてその勢いで告白をする」
「ヘタレだった兄貴が告白をするだと!?今日はお赤飯だな」
待って待って待って。口では軽くあしらったけど頭のなかは大混乱である。もしこれで兄とレンが付き合うことになったら。そしてそのまま結婚とかしてしまったら。俺はレンの義弟になる……ってコト!?
それは嫌だ。俺は義弟じゃなりたいわけじゃない。あわよくば彼氏になれないかなくらいには思ってるし。なんとしてでも兄を止めよう。そうしよう。
「そういや兄貴」
「どうしたんだ?」
「第二ボタンを渡す文化があるのは、一説によると第二ボタンの位置が心臓に近いかららしいぜ」
「そうなのか」
「でもこれは学ランの場合。そして俺らの高校の制服はブレザーだ」
「……そうか!つまりブレザーの場合は第一ボタンを渡せばいいんだな!?」
違うそうじゃない。ブレザーだった適応されないからボタンを渡すのやめませんか?って流れにしたかったのに。
「教えてくれてありがとな。じゃあ行ってくる」
止めるのに失敗してしまった。嗚呼もう、なるようになれ。もし付き合えたら末永く幸せになこんちくしょう。
せめてもの思いで、告白現場を見に行くか。兄の恋が成就する瞬間を目に焼き付けるのもまた一興だろう。そして十年後くらいに揶揄ってやる。そうときまれば草葉の影に隠れよう。
「レンちゃん、このボタンを受け取ってくれないか?」
「第一ボタン……?」
レン、めちゃくちゃ戸惑ってるな。校舎裏に呼び出された挙げ句、第二ボタンでもなく第一ボタンを渡されるという意味不明なシチュエーションだ。無理もない。
「ずっと前から好きだった。……付き合ってください!」
兄が、あのヘタレな兄が!とうとう告白をした。これは感動ものである。
「すみません、私はそういう目でおにーさんを見たことなくて。それに」
あ。これってもしかして振られる流れ?
「私、他に好きな人いるんです!」
ワタシ、ホカニスキナヒトイルンデス……ワタシ,ホカニスキナヒトイルンデス……。
脳内にエコーで自動再生される音声。え。今、レンは何て言った?聞き間違いだとかいう線はないだろうか。
「ちなみに、それは誰なのか聞いてもいいか?」
あ、兄貴!俺の心の声を代弁してくれてありがとう。でもさ、それを聞いちゃうのはノンデリな気もしなくもない。いやまあ告白を除き見ている俺がデリカシーを語るのは可笑しいか。
「ペットショップの店員さんです。ゴンザレス二世のお世話に関する話とか、すごく親身になってくれて」
そっか。好きな人、いたんだ。そっか。って、ちょっと待って。よく見たら、隣の茂みに転校生くんいるんだけど。もしかして君もこの話を聞いてたのか!?
「だから、おにーさんとは付き合えません。ごめんなさい」
──これが、兄と、俺と、そして転校生くんが失恋した瞬間であった。
負けヒーローズ【完】
負けヒーローズ 睦月 @mutuki_tukituki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます