file2 グランピング婚活殺人事件 4話

  


 ひとまず施設内を見回ることにしたが、北堂と南条は最初に黒沢の下へと向かう。

 施設内の照明を明るくできないかと相談をするためだった。

 二人が受付へ到着すると、黒沢の姿はない。


「おらんみたいやな。どこに行ったんやろ?」

 受付の奥のスタッフ用の個室も北堂が覗くが、誰の姿も見えない。

「仕方ない。そこにある非常用の懐中電灯を借りて行こう」

 受付のある建物は少し高台にあった。

 外に出ると、スロープ状の道沿いに段々とドームテントが並んでいる。

 昨夜はどのドームテントも灯りがついていたが、今日が日曜日だからか、この場所から見るに、灯りのついているドームテントはカイリたちの借りているテントとその向かいにある青田たちのテントだけだった。


「ここには私たちだけのようだな」

「明日は月曜やからなぁ……みんな昼過ぎにはチェックアウトしたんやろ」

「さて、手前のテントから、くまなく確認していくか」

「せやな」

 北堂と南条は、念のために灯りのついていないドームテントの中も確認してみることにした。




 一方、カイリたちのテントでは――


「このお弁当、けっこう美味しいですね」

 と中戸は何気ない話を紫野にふる。

「ええ、そうですね」

 相槌を打つ紫野は、どことなく気落ちしているようだ。


 考えてみれば、桃山は殺害され、緑川も行方不明……気落ちしないわけがない。

 残された男共も黙々と弁当を食べている。

 そこへ、カイリがその男共に話しかけた。

「そういえば、皆さんってどういう繋がりなんですか?」

 赤井と白木が顔を見合わせ、赤井が話し始めた。

「俺と白木は、大学のサークルで青田と出会った。そこからの付き合いかな」

「そうだな」

 カイリがその話を聞いてすぐ、視線を紫野へと移すと紫野も話を始めた。

「私は、今回初めて緑川さんに誘われて、ここに参加したんです」

「緑川さんとはもともと知り合いなんですか?」

 カイリがそう問うと、紫野は「ええ」と小さく頷く。

 その様子からして、あまりつっこんで聞いてほしくはなさそうに見えた。

「緑川さんと桃山さんは、いつから皆さんと交流があるのですか?」

「桃山さんは私の病院のナースで、何年か前に失敗続きで落ち込んでいたところを誘ったんですよ」

 白木はさも良いことをしたと言わんばかりに得意げな様子をみせる。

「緑川は学生時代、青田のファンで俺らが3回生のころからサークルにいたよな?」

「そうだった、そうだった」

「では、亡くなった浅黄康太さんも同じサークル仲間なんですか?」

 白木が赤井の顔を見る。

 それに赤井が「ああ」と察したようで続けた。

「浅黄さんは、うちの会社の税理士さんなんですよ。出会いがないと言っていたので一年ほど前から、この会に参加してます」

「そうなんですね」

 ひととおりの関係性が見えてきたところで、カイリは少し突っ込んだことを聞いた。

「それで、浅黄さんと桃山さんはお付き合いされていたんでしょうか?」

 白木と赤井と紫野がそれぞれの顔を見やる。

「そんな素振りはなかったよな。警察の方にも言いましたけど……」

「そうですか。青田さんと緑川さんは?」

「青田と緑川は、学生の頃は付き合っていました。けど、今はないですね」

「ない、とは?」

 カイリが赤井の言葉に疑問符を投げかけた。

「はい。青田が緑川のストーカーに悩まされていましたから」

「おい、ストーカーというほどのものじゃなかったんじゃないか?」

「だけど、青田が付きまとわれてるって言っていたぞ? 緑川と別れてすぐに、あいつが付き合った子も緑川に嫌がらせを受けていたとか……」

「おい、それは関係ないんじゃないか? そんな、六年も前のことを今更……」

「まあ、そうだな。悪い」

 六年前、彼らが大学生の頃の話のようだ。

 カイリは、ただ白木と赤井の会話を傾聴している。


 すると、白木と赤井が話しているところに紫野が口を挟んだ。

「……私、偶然見てもうたんですけど。 緑川さんは昨夜、桃山さんと何かしようとしてはったんです。何をしようとしてはったのかは……わからへんけど」

「それ、詳しく教えてもらえませんか?」 


 紫野が言うには、こそこそと二人で何かを企んでいたようだったという。

「私は離れていたので、よく聞こえへんかったんですけど……時々、物騒な言葉が聞こえてきたから……」

「聞こえてきた言葉から、何か企んでいる。そう思ったんですね?」

「ええ」

「その聞こえてきた物騒な言葉というのは?」

 紫野がちらりと中戸に視線をやる。

「『……今夜、決行する』って言うてはったんです。何をするのかまでは……わかりません」




 その頃、北堂と南条は……

「ここのドームテントも異常なしやなぁ」

「次、行くぞ」

 明かりの消えている一つ一つのドームテントをまわっていた。


 たった一つの非常用懐中電灯と、スマートフォンへ内蔵されている明かりを頼りに。

「それにしても、黒沢さんはどこに行ったんやろか」

「ああ、黒沢も緑川も。そして青田の消息も気になる。やはり何かありそうだな」

 そんな話をしながら、二人は三つ目のドームテントの前にやってきた。

「いつき、ドアが開いている」

「ホンマや……」

 二人に緊張が走る。

「……入るぞ」

「了解」


 同時にドームテントへと足を踏み入れた二人は、灯りも同時に部屋の中へと向けて辺りを見渡す。

「特に変わった様子はないみたいやないか……?」

「ドアを閉め忘れただけか?」

 するとテントの奥から、ぴちゃんぴちゃんと水が落ちる音がする。

「……奥のバスルームからか?」

 と南条は北堂を見た。

「あー、嫌な予感がするなぁ~ 俺、ここで待っててもええですか?」

 その瞬間、南条の眉間にシワが寄る……

「あ、嘘、嘘。冗談やで、れみさん」

「行くぞ」

「はいはい」

 

 この数分後、北堂は110番通報をした――



 けたたましいサイレンの音が、だんだんと近づいてきた。

 ここ、カイリのドームテントにいる面々の耳にも聞こえ、皆の心には急激に不安が押し寄せる。

「パトカーと救急車のサイレンの音か?」

 白木が赤井の顔を見る。

 紫野は隣にいる中戸の腕をつかんだ。

「紫野さん、大丈夫ですよ。ね? カイリさん?」

 中戸の声も震えている。

 その中戸の問いに、カイリが頷く。


「見つかったのかな」

 白木が小さく呟いた。

「見つかったって、緑川がか?」

 赤井が怪訝そうな顔で白木を見やる。

 生きている彼女が見つかったのなら、けたたましいサイレンはならないはずだ。

 ここにいる誰もが誰かの死を察知していた。

 

「……様子を見に行きますか? もしかしたら、ケガをしているのかもしれない。医者として立ち会ったほうがいいのでは?」と白木が皆にそう言った。

 しかし、それをカイリが制する。

「ここに居た方がいい。じきに向こうから話を聞きに来るはずですから」


 カイリが予想したとおり、すぐに警察官が数名やってきた。

「パジャマ男、ちょっといいか?」

 その警察官の後ろから、南条がカイリに呼びかける。

 カイリは南条に外へとつまみ出され、ドームテントの外で話を聞くことになった。


 南条の話では、やはりご遺体が見つかったとのことだった。

 今夜予約の入っていないドームテントで見つかったご遺体は、カイリも知る人物。

「そうか。見つかったのは青田さんやったんか……」

「ああ。死亡推定時刻は今朝七時頃だろうということだ」

「今朝? じゃあ、僕たちが金引の滝にいた頃なんか?」

 目を丸くするカイリに、南条は静かに頷いた。

「中の連中に話を聞くから、順番に前のドームテントへ来てもらってくれるか?」

「わかった」

 南条の指示に、カイリも頷く。

 そこへ、北堂が走ってカイリと南条の元へと走って来た。

「やっぱり、まだ黒沢さん戻ってへんかったわ……携帯も連絡着かへんらしい」

「黒沢さん、おれへんのか?」

「せや。さっき、れみさんと懐中電灯借りに行ったんや、そんときもおらんくて……今、戻ってるかもしれへんと思うて見て来たんやけど……」

 北堂とカイリが話していると間にれみさんこと、南条が口を挟んだ。

「支配人なのに、私たちがまだ宿泊しているのにも関わらず……受付をかれこれ三時間ほど離れているのもおかしいな」

 確かに南条の言う通りだ。

「では、一人ずつ事情聴取を開始しますか」

 カイリの口調が標準語に変る。

 そして、そのまま皆が居るテントへと戻っていった。

「カイリも探偵モードや。れみさん始めよか」

「ああ、そうだな……そういや、あいつ……今日はえらく長く起きているな?」

「……ん? ああ、東伯のおじさんの薬が効いてるんちゃうかな」

「ほう」

 フッと口元が緩んだ南条に、北堂が気づくはずもなく。

 二人はカイリが向かったテントと反対側にある、ドームテントへと向かう。

 

 まずは、誰から事情聴取を始めるか。

 そうカイリは考えているようだった。

 お弁当の箱を片付け始めた面々を見渡して、カイリの目に映ったのは先ほど興味深い話をしてくれた紫野だった。

 カイリは紫野へと視線を投げかけながら、その他面々にも声をかける。

「ここにいる皆さんに向かいのドームテントで事情聴取をするそうです。どうぞ、ご協力のほどを。では、先に紫野さんから……園子さん、ご案内して」

 「紫野さん、行きましょう」

 中戸が紫野を連れて出ていく。


 彼女たちが出ていったあと、白木がカイリに言った。

「あの、明日は夕方手術が入っているんだ……この事情聴取が終わったら帰るよ」

「は? 俺だって明日は仕事があるぞ! 今夜はここに泊まれよ。朝出ても、変わらないだろ?」

 赤井が白木にまくし立てる。

 始まったばかりの揉め事を、カイリは傍観していた。

 違うことを考えながら。



 向かいの大きなドームテントへ入った、中戸園子と紫野純絵。

 警察官が数人、出たり入ったりしている間をすり抜けて、二人は南条の元へと着いた。

 中央の椅子に座る南条は、中戸と紫野を見上げて立ち上がる。

「中戸、悪いな」

「いえ。では、私はここで失礼します」

 紫野へと目配せをして、中戸が席をはずそうとすると何とも不安そうな彼女の視線に中戸は立ち止まってしまう。

 それもそうだ、昨日まで一緒だった仲間が死体で発見されたのだ。

 事情聴取とはいえ、紫野も心もとないのだろう。


 中戸がちらりと南条を見ると南条もそれに応えた。

「ここにいていい。その方がパジャマ男にも報告しやすいだろう」と。


「さあ、どうぞ」

 二人は南条に促されるまま、ソファーへと腰かけた。



*************************************


「それで、俺っちが思うには……」

 西刑事、先ほどカイリたちのドームテントへ到着した。

 西刑事は白木と赤井の取り調べを任されていると、ここに入ってくるなり言っていたのだが、白木にうまくそそのかされて(?)推理大会が行われようとしていた。


「わぁ。何だか、ワクワクしますね。本職の刑事さんの推理が聞けるなんて」

「ああ、場数もたくさん踏んできたんでしょう?」

「まあ、俺っちは大阪府警に配属になってからというもの、数えきれない山をだな――」

 気が大きくなった西刑事。

 南条がいないからか、得意げに何でも話してしまいそうだ。

 この山はまだ解決していない。

 なのに、捜査機密をべらべらと喋ってしまうと厄介だ。

 カイリが西刑事を止めようとした、その時。

「くっ……に、西刑、事……!」

 カイリの身体が傾いた!


「おっと! 間に合ったか! カイリ? 大丈夫か?」

 北堂が様子を見に来て、カイリを抱き留める。

「わっ! パジャマ、どうした!?」

 それに気が付き、西刑事も駆け寄った。

「白木、お前医者だろう? 見てやれよ」

「貧血ですか?」

 一歩出遅れた白木が、カイリの側にしゃがみ込む。

「いや、睡眠障害や。大丈夫、俺が運ぶわ」

 王子が姫を抱きかかえ……もとい。

 北堂がカイリを抱きかかえ、奥のベッドまで運んでいく。

 その途中、北堂が西刑事を振り返り、こう言った。

「西、捜査情報は言うたらアカンで。れみさんにチクるからな」

 西刑事は、しゃべりすぎないように両手で、自分の口をふさいだ。


 ベッドへとカイリをおろす、北堂。

 まだ、カイリの意識はあった。

「ごめん。いつき……薬を取ってくれるか?」

「アカン。少し寝たほうがええ」

「せやけど、まだ何もつかめてない……」

「それでも寝るんや。朝、起こしたる……で、起きたら捜査会議しよ」

「わ……かっ、た……」

 カイリは、もう限界だった。

 強制的に目を覚ましておく薬は、普段から少なくても十四時間ほど寝ている身体にはかなりのダメージがあるようだ。

 北堂の言葉を信じて、カイリは深い深い深海へと沈んでいくように意識を手放した。



※次はfile2の5話です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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謎解きは夢の中で 大阪淀屋橋・東伯カイリ探偵事務所 パジャマ探偵の事件ファイル 西門 檀 @happy4mayu

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