file2 グランピング婚活殺人事件 3話
激しく水の落ちる音は、捜査員の会話をいとも簡単に消し去った。
現場にいる皆の声は自然と大きくなった。
「それで、第一発見者は?」
「こちらの沢渡ご夫婦です」
五十代半ばの夫婦が、南条に一礼をする。
南条も夫婦に一礼を返し発見当時のことを聞くことにした。
「もう一度、発見当時のことを教えて頂けますか?」
「はい……たしか今朝、七時半ごろでした。ね、あなた――」
仲の良さそうな沢渡夫婦は、当時の状況を話し始め、カイリたちはそれを聞き逃すまいと真剣に聞き入った。
夫婦は、六時すぎにこの金引きの滝の駐車場へと到着したそうだ。自宅から車で一時間ほどの距離のこの場所に、よく二人で訪れているのだと話す。
暗いうちに車を走らせて、明るくなった頃に到着して、車内で自家製のサンドイッチと珈琲で食事を済ませ、七時半ごろこの滝までは徒歩でやってきた。
「最初は、何か白っぽい物が置かれているなぁと思ったんです」
「この人、目が悪いものですから……あんなところにベンチでもできたのか? なんていうんですよ。私が目を凝らして見ると人じゃないですか……驚いちゃって」
「どの辺りから見つけられたんでしょう?」
カイリが夫婦に訊ねると、夫婦は「あの辺りかしら」と指をさして教えてくれる。
カイリはその教えてもらった場所へと立ってみた。
「この辺りですか?」
「そうよね、あなた?」
「ああ。確かにその辺です」
立ってみると……沢渡夫人の言う通り、ここから死体が置かれている辺りは良く見える。カイリのところまで北堂も足を運ぶ。
「ここ滝行体験なんかもできるらしいで」
「へぇ……」
辺りを見渡し、カイリは沢渡夫婦にニコリと笑いかけ頭を下げた。
ご遺体は先ほど水から引き上げられ、シルバーのシートがかぶせられている。
カイリたちはご遺体が知った顔だったため、ご遺体の移動より先に現場とご遺体の状態を確認していた。
「沢渡夫婦はご遺体には面識がないそうです」
羽佐間の報告に、南条は北堂を見た。
「さて。そろそろ、あいつらに確認をしてもらうか?」
「……あいつらって……言うか普通……」
「では、容疑者かもしれない連中でいいか?」
「おいおい……れみさん」
南条と北堂がどうでもいい話をする中、カイリはマイルーペを手に持ち、辺りをうろついていた。
「羽佐間、では念のため身元の確認をしてもらってくれ」
「わかりました!」
「あ、女子たちには刺激が強いかもしれへんから、撮影した画像でもええで」
「あの程度なら直接見ても大丈夫だろう?」
「女子がみーんな、れみさんみたいやと楽やねんけどな。そうもいけへん。れみさんはもう少し配慮という言葉を覚えた方がええんとちゃうか」
「いつき。お前にだけは言われたくない」
ふわぁぁと欠伸をひとつして、南条はカイリの下へと歩み寄った。
「何かわかったか?」
「……さあ。でも、心中ではないことは確かかな」
心中したかのような二体のご遺体。
だけどそこには不可解な事がたくさん混在している。
「今の時点でいい。パジャマ男が思うことを教えてくれ」
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「それで、南条さんには何て答えたの?」
ここはもう一人の僕がいる夢の中。
古いオールディーズがかかるアメリカンスタイルのバーだ。
僕ともう一人の僕は、テーブルに向かい合って事件の話を始めたばかり……
「まず、遺体の状態のことかなぁ。男女の片方ずつの腕は紐で繋がれていた」
「ふうん……」
何とも興味のなさげなもう一人の僕。
前々から感じていたけれど、こいつはご遺体より犯行の方法や犯人の話の方が好きなようだ。
「仮に二人で心中したとして、どうやって紐を結ぶ?」
と僕は彼に問う。
「……二人で協力してもできないんじゃないかと思ってるの?」
彼は不敵な笑みを浮かべて僕に問い返した。僕は考え事をするために椅子から立ち上がる。続けて彼は、まるで僕を挑発するかのように仰ぎ見て手を差し出した。その彼の手にはいつの間にか紐が握られている。
「引っ張ると締まる結び方とかあるんだよ? 何か方法があるはずだ」
そんな結び方があるのか、起きたらネットで調べてみよう。と思いつつ、ご遺体を見た時に感じた違和感。その原因を探すために記憶をたどる。するともう一人の僕が大きなため息をついた。
「帰って、もう一度情報を集めておいでよ。まったく、つまんないなぁ」
彼の面倒くさそうな声が……顔が……遠のいていく。
そして、僕は目が覚めた。
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「う……ん……」
カイリが身じろぐ。
「おっ? カイリ、起きたんか?」
いつきの声でカイリは瞼を開けた。
「今、何時や?」
機嫌が悪そうだといつきはきっと思っている。
にこやかにカイリへと返事をする辺り、がそれを物語っていた。
「倒れてからまだ六時間しか経ってない。珍しく早起きやな」
「うん……」
朝起きたのが七時。
それから青田のドームテントへ行き、そこからパトカーを見て迎えがきてからの捜査……午前十一時ごろ滝つぼ確認中のカイリが突然眠りについて、それから六時間。
「まだ夕方の五時やで? そんなんで大丈夫なんか?」
「……薬のせいやろ。いつも飲んだ時はあまり寝れへん」
少し離れた所で中戸が二人の会話を聞いていた。
ここはカイリたちのドームテント。
ここには目が覚めたカイリと、北堂と中戸しかいない。
「カイリさん、紅茶でも飲みます?」
中戸がたずねるとカイリは「園子さん、ありがとう」と言って北堂に眠ってから捜査はどうなったのかを聞き始めた。
中戸が淹れた紅茶の湯気が、ゆらりとティーカップから立ちのぼる。
施設にある簡素なティーカップでも、茶葉は探偵事務所から持ってきたカイリお気に入りのものだ。
カイリたちが確認した仏さんは、やはりあの七人のうちの二人だった。
長い間、滝の水に打たれていたため、顔色が変わってはいたが看護師の桃山はるか二十四歳と浅黄康太二十八歳だと判明した。
「まさか、途中で帰ってしもた税理士さんの浅黄康太が、看護師の桃山さんと亡くなってしもうてるやなんてなぁ」
「……それで、もう一人いなくなっている青田さんの行方は?」
「今、みんなが血眼になって探しとる」
警察はどうやら殺人で動き出したようだった。
北堂の話によると、他五人は事情聴取を終え、一旦はドームテントへ戻っているとのこと。
「そういえば、黒沢さんがお弁当を頼んで下さってるので取りに行ってきますね」
事が事だけに、施設長の黒沢さんも大変だ。
中戸がカイリと北堂に声をかけると、ドームテントを出ていった。
「だけどなぁ……おかしないか?」
北堂が、紅茶を飲むカイリに話しかける。
「おかしいなぁ……」
「お前もそう思うか!?」
「ああ。思う……」
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「すみませーん。お弁当取りに来ましたぁ」
ヴィラ・コローレの受付へとやってきたのは、緑川と紫野だ。そのあとすぐに中戸がやってきた。
「あ、どうも。緑川さんたちもお弁当を?」
「そうです。だって、十七時ごろに取りに来てほしいって連絡があったから。でも黒沢さんいないのかなぁ……」
三人で顔を見合わせて首をかしげる。
「お弁当取りに行ってはるんとちゃう?」
「じゃあ、少し待ちますか」
「そうですね」
受付の側にあるロビーのソファーに三人が座ると、紫野が中戸に話しかけた。
「……中戸さん、アイドルのマネージャーさんやなんて、嘘やったんですね。ほんまのこと言うてたんは北堂さんだけどした。なんであんな嘘を?」
「本当ですよ。カイリくんがアイドルのタマゴじゃなかったなんて……」
中戸はくすりと笑って、二人に話始めた。
「すみません。私はカイリさんに合わせただけなので、本当のところはわからないのですが……たぶん、北堂さんは本当の事しか言わない人なので、それを踏まえてカイリさんが気を使ったのかと思います。楽しむために皆さん来られているのに、警察や刑事、探偵なんて物騒で楽しめないでしょ? 私が思うに、皆さんに気を使っての事かと」
「嘘も方便ということやったんですね。ここで楽しい時間を過ごすための……」
「ええ。あっさりとバレてしまいましたけど」
外はすっかりと薄暗くなったようで、ヴィラ・コローレの受付のある建物の外にも灯りがつく。そんな様子を窓から見ていた緑川が中戸と紫野に声をかけた。
「車が入ってきた……黒沢さんかな? 私、ちょっと手伝ってくる。荷物多いだろうし」
「あ、私も手伝います」
中戸がソファーを立ち上がろうとすると「大丈夫ですよ。私一人で」緑川はそう言って、一人外へと出ていく。
緑川が出ていったのを目視したあと、紫野は中戸へと距離を詰めた。
「ところで。カイリさんってあのパジャマ探偵なんでしょう?」
「あの? とは?」
中戸はまだ知らないのだが、カイリは知る人ぞ知る有名人である。
作家である彼女、紫野もどうやら噂は知っているようだ。
だけど、中戸からすれば頭の中は『?』マークがたくさん浮かんでいることだろう。
「ごめんなさい。そのパジャマ探偵? 私、助手になりたてで知らないんです」
こういうのを潔いというのだろうか。中戸はごまかすわけでも、知ったふうに装うこともなく紫野にそう応えた。
「そうなんですね。では私が話すことでもありませんね」
紫野はそう言って微笑む。
その後、沈黙が続くのだが十分経っても緑川が戻ってこない。
「やっぱり、私手伝ってきます」
中戸は紫野に声をかけると、外へと向かおうとしたその時。
施設の入り口のドアが開く。
「すみません! お待たせしちゃって」
入ってきたのは黒沢だった。
「あの、今、緑川さんが手伝いに出たと思うんですけど……」
黒沢の後から誰も入ってこないのを中戸は確認する。
黒沢は『ん?』と首をかしげて、中戸を見た。
「緑川さん? いや、誰も来ていませんよ?」
「え……?」
中戸は外へと飛び出していた。
「緑川さんは一体、どこへ?」
中戸を追いかけてきた紫野が、溜息を一つ吐いて中戸にぼやいた。
「あの人、そういうところがありはるんです。どうせ、先にドームテントに戻ってたりするんやと思います。気にしはらなくてもええですよ」
その言葉には少しの棘があるなと中戸は思う。
中戸と紫野は黒沢からお弁当を受け取ると、各々のドームテントへと戻っていった。
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「お弁当、お待たせしました!」
中戸がカイリたちのドームテントへと戻ってくると、南条も戻っていた。
「中戸、悪い……一人で取りに行かせて。ったく、ここの男共は……」
「いいんですよ。お弁当十個とかなら困りますけど、四つですし」
南条がそういうところを気づいてくれるなんて、中戸は嬉しかったのかニヤついている。
そこへ、外からカイリたちを呼ぶ声が聞こえた。
入口のドアを開けると、向かいのドームテントの赤井、白木、紫野が立っていた。
「どうしたんや?」
顔を出した北堂に、三人が押し迫る。
「俺らもここで弁当食べていいですか?」
と覇気のない赤井が北堂に言う。
「……三人なのか?」
南条が問うと、紫野が中戸をちらりと見て話し始めた。
「緑川さんが戻ってこないんです」
「浅黄と桃山が亡くなって、青田は行方不明……その上、緑川がいなくなったというじゃないですか……私たちを警護してもらえませんか?」
一番冷静そうな白木が南条にそうもちかける。
「わかった。とりあえず入れ」
南条がそう三人を迎え入れると、カイリも顔を出す。
「腹が減っては何とやら。まずは食事をしてから、話を聞かせてください」
三人は顔を見合わせて、カイリたちのドームテントへと入った。
南条は先に、宮津県警へと連絡を入れる。
すると宮城県警にいる西刑事から一つ報告が入った。
夕方、この街のポリボックスに、事件関連だと思われる一本の電話があった。
西刑事は、その情報を南条に知らせるため、ちょうど電話しようと思っていたところだったという。
その電話を受けた警察官の報告によると、『また誰かが死ぬ……誰かあの子を止めて』という内容で、変声機が使われていて電話口の人間の性別すらわからなかったという。
西刑事の報告の後。
すぐに、緑川が消えた付近を北堂と南条が見てくると、テントを出ていった。
中戸は三人とカイリにお茶を淹れると、残された皆で小さなテーブルを囲んで食事をし始めた。
「緑川さん、一人で青田を探しに行ったのかも」
そう白木が言うと、紫野は「まさか」と話す。
「だって、彼女……青田の元カノだろう? 今でも好きだったりするんじゃない?」
「お弁当を取りに行った時、どこへ行くとか聞かなかったのか?」
赤井も紫野に話を聞きたそうだ。
だけど、紫野はだんまりをきめている。
「話はあとにして、食べましょう?」
「食欲なんかねぇよ」
「赤井さん、でも今食べておいた方がいい。空腹は苛立ちも増幅させますから」
カイリの言葉は妙にストンと落ちたようで、赤井も白木も箸を手にして食事を始めた。
しかし、三十分後――
血相を変えた北堂がドームテントへ戻ってくることになる。
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