file2 グランピング婚活殺人事件 2話
オレンジに染まりだした空は、すぐに深いネイビーのベールが追いかけて来る。
黄昏時、このグランピング施設のあちこちにはランタンが灯り、非日常的な景色を造り出していた。
「えー、それでは先に僕たちの自己紹介から始めますね。僕の名は
「え? この集まりって……婚活なんですか?」
婚活と聞いて、驚いた中戸がつい口に出してしまう。
「適齢期の男女を集めるのには、一番いい企画の名称でしょう?」
青田はウインクを飛ばして、中戸へと答えた。
まあ、確かに男だけでグランピングを楽しむこともできるが、何となく侘びしさが漂うことになる。男女で愉しんだ方が交流も深まるというもの。
「まあ、婚活というのは名ばかりで美味しいものを食べる会になりつつあるよなぁ! 俺は
カイリはにこやかにそれに応じたが、すぐ赤井がカイリの出で立ちに対して質問を投げた。
「で、どうしてパジャマなんだい? 寝る支度には早くない?」
南条と中戸、北堂は「そうなるだろうな」と思っていたんだろう。カイリが答える前に南条が青田たちの自己紹介を先にすすめるよう促した。
青田、赤井ときて次は、南条の前に来た男が自己紹介を始める。
「僕は
『医者』というところがやけに強調された気がしたが、それに対して南条はあまり興味なさげだった。
「私は
どうやら婚活組の男性陣は皆の挨拶が終わった様子。すぐに青田が一人の女性に声をかける。
「じゃあ、女子は
「はい。私は京都でしがない物書きをしております。
しっとりとした自己紹介が終わると、次は元気そうな女性が顔を出した。
「私は
「わ、私は……看護師の
とようやく七名の紹介が終わる。すると……
「なんや、女の子が一人少ないからこっちに声をかけたんかいな」
とぼそり、北堂が青田をジト目で見遣った。
「おい。いつき聞こえるぞ」
南条の制止も虚しく、カイリはあっけらかんと「まあ、聞こえてもええんちゃうか」とのたまう。空気を察した中戸が「では、今度はこちらも自己紹介をしますか」と北堂を見る。
そこへ、イベントプランナーの緑川がカイリの隣にやってきてカイリの自己紹介を求めた。
「僕は東伯カイリ、職業はた……」
「た?」
「タ、レントや」
どうして、嘘をつくんだろうと中戸が眉間にしわを寄せている。それを見たカイリが中戸の肩に手を置いて、「で、これが僕のマネージャーやねん。これから売り出す予定や。な、中戸マネージャー?」
ここは合わせておかないといけないのは察知したようで、中戸もカイリに話を合わせた。
「え、ええ。そうなんですよ」
「へぇ~ どこの事務所なの?」
と緑川がつっこむと、カイリが「小さな個人事務所やから、言うてもわからんと思うわぁ」と関西訛りで答える。
「そこの美人さんは?」と医者の白木がここぞとばかりに南条れみに、にこやかに促す。
「自分は、南条れみだ。職業は公務員……だ」
公務員。間違ってはいないがさすがの南条も少しだけ動揺してみえる。
もちろん、小さなことに気が付きもしないのに、他男性陣たちは南条に興味津々といったところ。
「れみさんかぁ。そのかっちりとした雰囲気は……教師って感じかな?」
「おい、公務員と言ってもいろいろな職があるだろ? れみさん、その……お仕事は制服ですか?」
「制服、いいねぇ~ どんな制服でもお似合いになるだろうなぁ」
青木、赤井、白木は南条の周りに陣取って、南条と話をした気だ。
「俺、れみさんになら叱られたいかも~」
そんな様子を緑川や桃山は呆れた様子で見ている。
そこへ紫野が北堂に「あなたは?」と話しかけた。
北堂は姿勢を正して紫野に笑顔でこう答える。
「……俺は、北堂いつき。職業は警察官や」
その瞬間、カイリと中戸、南条が渋い顔をしていたことは容易に予想がついたことだろう。しかし、少しお酒も入って寛容な雰囲気だったこともあり男性陣は、あまり気にしてはいないようだ。
「まあ、警察官! 私、物書きなもので、お話聞いてもええですか?」
紫野なんて興味津々な様子を醸し出すくらいには。
それに対して緑川と桃山は、若干北堂を見る目が変わったようにみえた。
婚活組七名とカイリたち四名は、その後、青田が追加していた肉を焼き、グランピング施設長・黒沢から差し入れのあった海鮮を堪能した。
夜も更けて。
気が付けば近くの宮津湾から波の音が、ここヴィラ・コローレまで聞こえてくる。
「はー、お腹いっぱい!」
食べることに集中していた中戸が、辺りを見渡す。
状況はあまり変化がない。南条を囲む男性陣と北堂と紫野は楽し気に話しているし、カイリは緑川からの質問攻めにあっていた。
「ねえねえ、そのパジャマすごく高そうだよね? どこのブランドなの?」
「言っても知らんと思う」
「さっきから、なんか感じ悪いですね」
「さっきから? 最初からの間違いちゃう?」
カイリと緑川の不毛な会話を耳に、中戸は何かに気が付いたようだ。
そう、先ほどまでこの場にいたはずの桃山はるかと青田桐生がいない。
中戸は北堂と紫野のところへ近寄って、尋ねた。
「ねえ、桃山さんと青田さんがいないようなんだけど……」
「もう休んだんとちゃうんか?」
適当な北堂の答えに、中戸は少々ムッとする。そこへ紫野が話に入ってきた。
「青田さん、今回は桃山さんのこと狙っていはったんやわ」
その言葉に、中戸も「あぁ……」そういうことかと納得をした声を出す。
「今回は? ちゅーことは前回は違ってたんか?」
「ええ……」
紫野の視線が緑川へと向く。
それだけで紫野が何を言わんとしているのかが、中戸と北堂にも理解できた。
「明日の朝、私が朝ヨガをレクチャーするんだけどカイリくんもくれば?」
「それは……ええなぁ……」
「カイリくん?」
緑川はどうやらカイリが気に入ったようで、しなだれかかるようにカイリの隣を陣取っていたが、どうもカイリの様子がおかしいことに気が付く――
離れていた北堂もそれに気が付いて、すぐにカイリの側に駆けつけた。
北堂はカイリを支える。
「大丈夫か?」
「いつき……悪い」
「薬、持ってきてるか?」
「ああ……ポケット……だ」
ぐったりとしたカイリのガウンポケットから、北堂は薬を出すと水でそれをカイリに飲ませる。
「えっ? な、なにっ? カイリくん、どうしたの!?」
咄嗟の事に驚いている緑川ゆみをよそに、北堂がカイリを抱きかかえた。
「中戸さん! 俺、カイリと向こうに戻ってるわ」
「わかりました!」
何度かカイリが北堂によって運ばれている様子を中戸は見てきたので耐性があるが、初めて見た緑川は打ち震えている。
「すみません、あの子ちょっと体調悪くて」
と中戸はマネージャーになりきった。
「こんな時に桃山がいないなんて……」
緑川がカイリを心配してそう言ったのだろう。桃山は看護師だ。
「桃山さん、どこに行ったんですかね。それじゃ、そろそろ片づけて私も戻ろうかな……」
中戸はそう言うと立ち上がり、目の前の皿などを重ね始めたが、その時、中戸の腕をつかむ緑川がキラキラとした瞳を中戸へと向ける。
「え……何か?」
「ねえ、マネージャーさん!! カイリくんと北堂さんってどういう関係なんですか!?」
彼女の勢いに圧倒される中戸。
「ど、どういう関係って……幼なじみだけど?」
「はうっ! 幼なじみぃ? 何それ、尊い!」
どうやら、何か違う地雷が作動してしまったらしい。
そうこうしているうちに、今夜の食事会はお開きとなった。
翌朝。
緑川から朝ヨガに誘われていたカイリは、北堂と中戸と南条を連れ、青田たちのドームテントへと訪れた。
「おはようございます。昨日はご心配かけました」
爽やかな笑顔で、カイリが緑川へ声をかけると緑川は急に瞳をキラキラとさせる。
「カイリくん、もう大丈夫なの?」
「はい、薬を飲んで寝たらスッキリしたんですよ」
「はっ、北堂さんも!? 二人で朝ヨガ……あぁ……ヨガ始まりますのでどうぞどうぞ!」
北堂が、緑川の様子に疑問を抱いて中戸へとこっそり問う。
「……緑川さん、どうしてもうたんや?」
「さあ……ははは。北堂さんもヨガしてください」
北堂の背中を押しながら、カイリ、北堂、中戸、南条の順で大型ドームテントへと入ることにした。
中へ入ると……
「北堂さん、おはようございます」と北堂には紫野が声をかけて近寄ってくる。
続いて、南条にも白木と赤井が声をかけてきた。
中戸が辺りを見渡す。
そう、昨日の夜に居なくなっていた桃山と青田、他にも浅黄の姿が見えない。
「昨日あの後、桃山さんと青田さんは戻ってこられたんですか?」
中戸は紫野へそう尋ねると、紫野は小首をかしげながら「わかりません」と答える。
「まあ、みんな大人だし……よろしくやってるんじゃないのー?」と赤井は気にすることも無さげに笑っていた。
「あ、浅黄さんは深夜に、何だか急に仕事が入ったとかで帰ったんですよ」
緑川がそう話す。
「皆さ~ん! おはようございます。珈琲と焼きたてのパンをお持ちしました!」
ドームテントの外から元気な黒沢さんの声が聞こえる。
「はい! どうぞ~!」
赤井が声をかけると、黒沢さんはドームテントの中へと入ってきた。
「おや? 中戸さんたちもこちらにいたんですね。パン、足りるかな?」
持ってきたバスケットの中を確認する黒沢に緑川が言う。
「今いる人だけで頂くからいいですよ」
「そうそう、たぶん戻ってこないだろうし」
戻ってこない、と言った赤井にカイリは少し違和感を覚えた。
「せっかくだから、カイリくんたちも一緒にどうぞ。もちろん朝ヨガの後ですけど。さあ、始めましょう」
緑川ゆみは参加者にヨガマットを配ると、スマホにスピーカーをつけてすがすがしい朝に合うようなクラッシックをかけた。
朝ヨガが三十分ほどで終わり――
皆がテラスで先ほど黒沢が持ってきていたパンと珈琲を楽しんでいると、施設裏からサイレンの音がけたたましく響いてくる。テラス席からでも、幹線道路を数台のパトカーが宮津市内へと向かって走っていくのが見える。
「なんやなんや? なんかあったんか?」
興味深く北堂が、席を立ちあがりパトカーの行く手を見守った。
「宮津駅の方かな? 大手川を上っていくようですね」
「大手川?」
「はい。今パトカーが走っていった178号線を市内中心部へと向かうと、大手川というここでは大きい川があって。手前の川沿いの宮津街道に入ったんじゃないかな」
そこへ、南条の携帯が鳴った。
「南条だ。ああ、西か。何? 金引きの滝で男女の死体!?」
**************************************
大阪府警にいる西刑事から電話があった数分後、ヴィラ・コローレに宮津市警から覆面パトカー一台とバンが一台到着した。カイリたちはそのパトカーに乗り込み、現場へと向かう。
昨夜から行方不明になっている青田と桃山に連絡が取れないこともあり……
念のため金引きの滝で見つかった若い男女の死体の身元確認のために、赤井、白木、紫野、緑川、黒沢にも同行してもらうことになった。
「大阪府警の南条だ」
到着した現場。
緑の木々に囲まれた金引きの滝は、ひんやりとした空気に包まれている。滝つぼを取り囲むように、木々と木々を結び黄色いバリケードテープが張り巡らされていた。一人の警察官がカイリたちへと走り寄ってくる。
「お疲れさまです! 宮津市警の羽佐間です! この度は捜査のご協力に感謝します!」
「礼には及ばない。私たちだけ楽しいのが許せなかった西刑事の陰謀だ。気にするな」
「は、はぁ?」
首を傾ける羽佐間に、北堂がにこりと警察手帳を見せた。
「ま、そういうことや。で、仏さんは?」
「あちらです」
木漏れ日が差し込み、大量の水と共に勢いよく流れ落ちる滝つぼには、寝かされたままの二体のご遺体。その悲惨な光景は、奇しくもとても美しくみえた。
「心中か」
「いや、まだわからんで……」
その様子を見てカイリはマイルーペを出す。
「そういう子道具は持ってきているんだな」
「当たり前でしょう。探偵なのですから」
「大阪弁が抜けたな」
南条は鼻で「ふん」と笑うと、ご遺体の身元を確認すべく連れて来たグランピング施設で一緒だった面々を、羽佐間へと引き継いだ。
「ひとまず、ご遺体の撮影が終わったら、滝つぼから出して身元の確認をしてもらってくれ。駐車場のバンに中戸という捜査協力者が数名連れて待機してもらっている」
「わかりました!」
ご遺体を遠目で見て、知った顔のような気がするカイリと北堂と南条。
おそらく長い間、水流のきつい『男滝』の水に打たれ続けていたのだろうから、知った顔と似て見えているだけかもしれない。
仏さんが知った顔ではないことを願いながら、三人はご遺体へと歩み寄った。
「これ……なんや変な事になってきよった気がせぇへんか?」
「それより、パジャマ男のパジャマが濡れるぞ」
冷静な南条。
「ホンマやっ、濡れてまう!」
「しゃーないなぁ……ほれ」
しゃがんだ北堂が、カイリのパジャマの足元のすそを捲り上げる。
「いつきサンキュー」
その後、ご遺体に近づいていく三人は、何だか言い知れぬ胸騒ぎがしていた。
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