file2 グランピング婚活殺人事件 1話
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
京都市北部、宮津市滝馬の
早朝、観光で訪れた初老の夫婦が男女の死体を見つけたのだ。
男女は死んでも離れないようにとの意思の表れなのか、互いの手首を紐でしっかりと縛ってあり浅い滝つぼの中、並んで仰向けに横たわっている。張り出した岩の上からは、次から次へと死体の上に水が勢いよく流れ落ちてきていた。
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二日前。
世間ではゴールデンウイークが終わったばかりという頃。
連休中はビジネス街である大阪淀屋橋も人が少なく場所によっては閑散としていたが、連休が明けた今朝は久しぶりに多くの人々が行き交っている。
そんなビジネスマンたちをしり目に、カイリと中戸、北堂と南条は車で京都府北部へと向かっていた。
時期をずらし休暇を取ったのだ。
四人が向かうのは、天橋立にできたばかりのグランピング施設。
「しっかし、中戸さんがグランピングに興味があるやなんて知らんかったわ~」
運転中の北堂が、助手席の中戸へと話しかけた。
「そ、そうですか? 今流行ってるんですよ。女子としては一度経験してみたいというか……ねえ、南条さんも興味ありますよね?」
と何故か少し焦った様子の中戸は、話を後部座席の南条へと振る。
「……いや。興味はない」
「えぇっ……。あ、でもカイリさんも事務所で寝てばかりだから、たまには新鮮な空気を吸うのもいいですよね……って、カイリさん??」
あっさりと南条が興味がないことを知り、次はカイリへと話を振ったのだが、
「寝ているぞ」と南条からカイリの様子の報告が返ってきた。
実は、中戸もそんなにグランピングに興味があるわけではない。しかし、今回のグランピングに誘ったのは彼女。その背景には、ある人物の働きかけがあった。
時をゴールデンウイーク前まで少し戻そう。
五月に入る少し前、中戸はカイリのことを報告するために、カイリの伯父で精神科医の
大阪市東住吉区にある長居公園から歩いてすぐのところに、東伯信の病院はある。こじんまりとした白壁の洋館で水色の窓枠が可愛らしい建物に『精神科・心療内科 東伯病院』と看板がつけられていて、おまけに白い薔薇のアーチが美しく何とも心に良さそうな雰囲気を醸し出していた。
「やあ、わざわざここまで来てもらって悪いですね」
「いいえ、とんでもないです。なかなか報告が出来なくてすみません」
中戸が通された医院長室では、信の淹れる珈琲の香りが中戸の鼻をくすぐった。
「それで、カイリはどうしていますか?」
「そうですね、一日に二十時間は寝ていたいといつも言われていますけど……十七時間くらいで目が覚めてしまうようです」
「ほう。薬は飲んでいる様子ですか?」
きっと信が処方しているのだろう。中戸は東伯探偵事務所に来て、かれこれ二カ月になろうとしている記憶を思い起こす。
「……薬? そういえば事件の調査をしていた時は何か薬を飲んでいましたが、普段は飲まれていません」
先日の風間勝彦転落事件捜査協力の際に、起きてすぐ何か薬を飲んでいたカイリを思い出す中戸。
「そうですか。いやはや、毎日飲んでほしいんですけどね」
信は中戸の前に真っ白なリチャードジノリの珈琲カップを置くと、「どうぞ」と中戸に勧めた。
中戸は珈琲を一口味わうと、以前気になっていたことを信に聞く。
「あの……カイリさん、急に倒れてしまうようなんです。私は実際に見てはいないんですが、北堂さんがよくおぶって帰ってくるのを見てて……あれって、大丈夫なのでしょうか?」
「頻度にもよりますね」
「頻度?」
「はい、頻繁に倒れるようでしたら検査入院も必要かと」
結構、大変なことを口にした信は軽く瞼を伏せ、優雅に珈琲カップを口元へと運ぶ。その様子は、カイリの食事をする姿にとても良く似ていた。
「ところで。もうすぐゴールデンウイークですね」
「? ……そうですね」
突然、彼女の耳に入ってきたワード。
中戸にはあまり関係のない休暇の話がこれから始まるのかと、話題を濁してしまいたいのか彼女は珈琲カップを持ち上げて顔を半分隠してしまう。
「ほら、今若い人の間で流行っているでしょう? おしゃれなキャンプ……あれ、楽しそうですよね。カイリも自然の中でのんびりすれば、症状も少しは改善するかと思うんですけれど」
「……そういうものですか?」
「そういうものです。中戸さん、カイリとそのおしゃれなキャンプに行ってきてください」
あわや、口に含んだ珈琲が出てしまいそうになった中戸。
「な、なんで私がカイリさんと行かなければならないんですか!」
と少しムキになる。
「誰も二人っきりで行けとは言っていません。いつきくんと他にも誰か誘って、たまには自然界の美味しい空気を吸わせてやってほしいんですよ」
「……自然界の空気、ですか? まあ、確かに。気分転換も必要ですよね……」
カイリの事務所は大阪の淀屋橋にある。近くには御堂筋が走り、交通量も多いので空気が良いとは言えない環境下。
もっともらしいことを精神科医が言うので、中戸も納得したようだ。
しかし、彼女には懸念点もあるようで……
「ですが、私が行こうと言ってもカイリさんが行くと言うかどうか……」
と困惑そうに眉を寄せて信を見た。察した信は中戸に一枚のチケットを渡す。
「これは何ですか?」
「最近、天橋立にできたグランピング施設の招待券です。四名迄使えます。宿泊費はそれで無料になるようですから……若い人たちでぜひ愉しんできてください」
満面の笑みでそう言われると、中戸は「はい」と頷くしかない。
チケットをよくよく見て、中戸はパッと笑顔になった。
「ホントだ……宿泊費無料って書いてます!」
「チケットがあると誘いやすいでしょう? まあ、いつきくんに先に声をかけたらうまくいくと思いますよ」
中戸は信の言葉になるほどと頷き、まんざらでもない様子。チケットに書かれている注意事項の隅々まで目を通している。
「うーん……そうですよね、わかりました。気分転換は大切です!」
「そうでしょう?」
半ば、中戸が気分転換をしたいようにも見受けられるが、それは信にとって好都合だった。
――という経緯で、健康的でおしゃれな体験を四人でするために、一路天橋立へと向かっているのである。
「しかし、コイツこんな時までパジャマなんだな」
と、南条の肩を枕代わりに眠るカイリに呆れる南条。
「せやけど、いつも革靴やのに今日はスニーカー履いて、これでもちゃんとしとる方です」
「どこがちゃんとしているというんだ? 前々から思ってはいたが、いつきはパジャマ男に理解がありすぎる」
確かにと思った中戸が、ふふふっと笑みをこぼす。
「それより南条さんも北堂さんも、よく急にお休みが取れましたね」
「有給というものがあるんだ。こんな時に使わなくてどうする」
「そうやで。有休をちゃぁんと使わな、後輩にも示しがつかんしな」
公務員という職業なので、福利厚生はちゃんとあるハズなのだが……日々、事件を追っているとなかなか有給を使うということはないらしい。使う者も少ない福利厚生。
事件の件数もここ数年、とても増えているのも関係しているのだろうが。職場の人間にはブーブー言われて休暇を取ったと語る南条。北堂も同じくブーブー言われていた。
「そうそう西がめっちゃ悔しがってましたわ。『俺っちも行きたかったぁ!』って」
「西は今、一つ山を抱えているからな。どうあがいても休暇を取るのはムリだ」
この車に乗っているだけで、大阪府警本部の事情に詳しくなりそうだ。
大阪市内から、有料道路をいくつか乗り継いでおおよそ二時間。
途中、食料なども買い込んでようやくグランピング施設『ヴィラ・コローレ』へと到着した。到着してすぐに、カイリは目を覚ましている。
「遠いところ、よく来られました。私ヴィラ・コローレの施設長、黒沢と申します」
と施設事務所内のカウンターに立つ、すらりとした五十代半ばの男性が頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
中戸がチケットを出し、挨拶をすると黒沢はチケットを受け取り申込書を出す。
「お手数ですがこちらの用紙へご利用される皆様分の記入をお願いしています」
「わかりました」
申込書を書き終えた四人。
「じゃあ、本日お泊りいただくドームテントへご案内しますね。どうぞ」
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敷地内を案内されて歩いていくと――
大きな乳白色のドームテントが、小さなバンガロータイプの小屋と併設されて建ち並んでいた。歩いていると目の前の宮津湾の風が心地よく抜けるよう、工夫された並びになっているのもわかった。
「ここは前は海、後ろは山でしょ。土壌がいいから海産物は特に美味しいものがたくさんあるんですよ。ちょうどいい一夜干しが入ったので、あとで持ってきます。さあ、こちらです」
施設事務所から歩くこと五分。
一番奥のひと際大きい大人数用のドームテントの手前に、そのドームテントはあった。
「あの大きなドームテントは、何人くらいまで泊まれるんですか?」
気になったのか、中戸が黒沢に訊ねた。
「ああ、あのドームテントは最大十二名まで宿泊が可能です。本日は婚活パーティーとかで七名様がご利用中ですが」
そのように説明されると、少し興味がわいたのかその巨大ドームテントへと視線が移る四人。ちょうど数名がわいわいとウッドデッキへと出て、バーベキューの準備をしている様子だった。
巨大ドームテントを利用している中の一人が、こちらの様子に気が付いて出てくる……黒沢は、それに気が付きカイリ達に少し待つように伝え、出てきた背が高く見栄えのする男性の下へと駆け寄った。
「黒沢さん、今、施設事務所に行こうかと思っていたんですよ。あの、肉を追加したいんですけど」
「わかりました。どれくらい必要ですか?」
と質問した黒沢施設長を通り過ぎた男性。
「……あれ? あ、すみません。ご案内中だったんですね」
少し白々しい気もするが、出てきた男はカイリ達に気が付いて近寄ってくる。
そして、南条れみの前に立つとにこやかに話しかけた。
「はじめまして。あちらのドームテントで幹事をしている青田といいます。そちらは……二組のカップル?」
「ち、違います!」と慌てて南条の隣にいた中戸が声をあげた。
「良かった。もし良ければですがこの後の食事を一緒にいかがですか?」
何が良かったのか、さっぱりわからないといった顔の北堂とカイリ、それに
中戸と南条だったが、その青田という男はどうも南条を誘っているらしいことは何となく理解が出来た。
「私は、こいつらと来ているので悪いな」
南条は青田にそういうと、その場から立ち去ろうとする。
青田は南条の行こうとする前へと立ちはだかった。
「も、もちろん。皆さんも……ほら、食事は大勢の方が楽しいでしょうし」
それを見かねた施設長が間に入る。
「青田さん、他のお客様へのご迷惑になることは……」
と話が終息しかけた時。
「別にええんちゃうか。俺らあんまり人との出逢いないやろ? これはチャンスや」
「……いつき。お前、ただ単に食事の準備が面倒くさいだけなんやないんか?」
ジト目のカイリに、仰け反る北堂。冷たい視線は中戸と南条からも送られている。
「ご迷惑じゃなければ、どうぞ。歓迎します!」
話がまとまれば、黒沢施設長も問題はない。
「まあ、この四人だと話題も同じだしな。わかった、後程邪魔をする」
南条が青田にそう告げると、青田はカイリ達の分も肉を追加するように黒沢に伝え自分のドームテントへと戻っていった。
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この時の青田の様子を見ている人物がいた。
「青田さん、戻って来たわ」
「ねえ、本当にするの?」
「あんた、このままで悔しくないの?」
「悔しいけど……ね、やっぱ止めよう?」
「だめよ。こんな機会を逃すなんて絶対にだめ……今夜決行するわ」
二人の女性が、戻ってきた青田のところへと出向く。
「青田さん、お肉の追加できましたか?」
「ああ、できたよ。それと、今夜は四人お隣のドームテントの方たちも誘ったんだ。人数は多い方がいいだろう?」
「え……そんな急に……」
「ダメだったかな?」
「だめじゃないけど」
女が青田と話していると、ドームテントの中から男性の声が響く。青田を呼ぶ声だ。
「あおたー、ちょっと来てくれ!」
「わかった! と、んじゃそういうことで女子たちに言っておいて」
青田はそう言うと、この女性の前から立ち去った。
女性はただ湧き上がってくる怒りを、我慢している様子だった。
※不定期更新ですみません。
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