最終話.秘密

 真斗たちと別れた後、買い物をして戻ってきた駅は帰宅する人たちでごった返していた。


 往来する人々を避け、架純と亮一はホームの端で身を寄せ合っている。その二人の手はわずかに触れ合っている程度。


 もう少し、いやもっとがっつり手をつなぎたいところだが、そんなはしたないこと女性からはできないと架純は我慢をしていた。ただ、今はこんな些細なつながりでもとても幸せ。


「うーん、じゃあ、どうする? 水族館とかは?」


「あっ、いいですね。水族館、大好きです!」


 週末のデートの行き先などを話していると、ポケットに入れている架純のスマホが不意に鳴った。メッセージを受信した際の通知音。


 それを聞いて亮一は、どうぞとばかりに微笑みながら少し離れると自分のスマホをいじり始めた。架純は「ごめんなさい」と一言声をかけスマホを取り出す。


真斗

『うまくやってるみたいで安心したよ』


 ロック画面上に表示されているメッセージは真斗から。お人好しの彼は陽菜と付き合い始めた後も、たまにこうしてメッセージを送ってくる。


 ちらりと亮一の様子を確認し、ロックを解除するとメッセージを返した。


架純

『はい、おかげさまで』


真斗

『お互い無事に付き合えてよかったな』


架純

『本当に。苦労した分、今この幸せを噛みしめています』


 自分で送ったメッセージの言葉に酔いしれ架純は思わず微笑んだ。


 この、亮一には見せられない真斗との『秘密』のやり取り。始まったのはあの時、半年前のことだった。



 真斗から佳代の付きまといの話を聞いた架純は、少し考えたあと彼に提案をする。


「真斗君。一緒にこの仲良し四人組を壊しませんか?」


 友情を壊すだなんて冗談にしても過激な発言。それにもかかわらず、彼女は今まで見せたことがないほど真剣な顔をしていた。


◇◇◇◇


 今では難関大を目指す特進コースのクラスにいる架純だが、小学校までは勉強があまり得意な子ではなかった。学校の授業も親に付けられた家庭教師の説明も半分も理解できない。


 そのため、テストではいつも平均点を大きく下回る結果。そのことを両親からきつく叱られ、また出来の良い兄弟にはいつも馬鹿にされていた。


 その頃は、そんな家族も勉強のできない自分も本当に嫌いで、生来の大人しい性格も相まって、いつも下を向いて歩いているような暗い子だった。


 ところが、中学に上がり転機が訪れる。


 入学してしばらく経った頃、架純は更に難しくなった授業に頭を悩ませ、いつものようにお昼休みに勉強しようと図書室に向かった。すると、そこでたまたま亮一と居合わせる。


 クラスは違うが同じ陸上部の顔見知り。何度か顔を合わせるうちに話をするようになり、そして一緒に勉強するようになった。


 簡単な問題はまだしも、少し難易度が上がるとすぐに手が止まる架純。そんな様子を見かねてか、亮一が声をかける。


「あっ、その問題って難しいよね。僕も最初悩んだんだけど、こことここだけ覚えておけば――」


 今にして思えば、彼にとっては簡単な問題だったんだと思う。きっと気を遣って、さりげなく教えようとしていたのだろう。


「うん、そうそう。ほら解けたでしょ?」


 そう言って亮一はにこりと微笑んだ。


「はい、驚くほど簡単に……」


 教え方がうまかったのか、それとも架純に合っていたのか、とにかく今までぐちゃぐちゃに絡み合っていた思考がするりとほどけていくように理解できるようになった。


 その後も亮一との勉強は続き、平均点以下だった成績は一年後には上位に食い込むほどに。元々真面目な性格で、欠かさず勉強し続けたことも成績を後押ししていたところもある。


 成績が上がるにつれ家族との関係は改善。両親は自慢の娘だと喜び、兄弟は尊敬の眼差しを向けた。すると、いつもうつむきがちだった架純は何事にも自信を持てるようになる。そして生徒会長にまで登り詰めた。


 そんな架純にとって亮一は救世主、まさに白馬に乗った王子様。架純が亮一に恋心を抱くのは自然なことだった。


 早く交際してキスをし体を重ねたい、結婚し子供をもうけ家庭を築きたい、そう夢見るほどに。そして、それを叶えるため必死に勉強し彼と同じ高校へ進学する。


 ところが、架純の強い想いとは裏腹に、亮一はなによりも四人の絆を大切にしていた。そのため、嫌われてしまうのではないかと思い、自分から告白しその和を乱すようなことはできない。


 最高の仲間であるはずの仲良し四人組、しかし架純にとっては自分の恋路を邪魔する足枷あしかせでもあった。


 そこで、真斗から佳代の付きまといについて話を聞いた架純は思いついた。この問題に乗じて、仲良し四人組を壊してしまえばいいのではないかと。


 一度壊れてしまえば亮一もそれほど四人組にこだわらなくなるはず。そして、その原因は佳代という外的要因が最適だった。そこで架純は真斗に彼女役をやると提案をしたのである。


 真斗と交際宣言をすることによって仲良し四人組を崩壊させ、また同時に亮一の気持ちを確かめるという目的もあった。


 交際宣言をし、もし自分への好意を示すような反応が見られたら、佳代の問題が解決した後にすぐに亮一に告白、逆に好意が感じられなかった場合は、もう四人の和なんて気にせず積極的にアプローチしていけばいい、そう考えていた。


 架純はお人好しの真斗ならきっと協力してくれるはずと、この自分の考えを正直に彼に伝えている。ところが真斗は難色を示した。


「いや、お前の気持ちも分かるけど、亮一たちに話さないのはさすがにまずいって」


「大丈夫ですよ。すぐに解決するでしょうし。それに亮一君たちの態度から、私たちが偽のカップルだとバレてしまうかもしれませんよ」


「まぁ、確かにそうだけど……」


 真斗は仲間の恋愛を応援したいとは思うが、親友を騙すことには否定的だった。しかし悩んだ末、彼は架純の提案を受け入れることに。真斗は陽菜に対し同じように悩みを抱えていた。



 高校に入って少し経った頃、真斗は中学から付き合っていた恋人と破局を迎える。告白され、好きではなかったがなんとなく付き合った彼女。そのせいか、亮一たちとつるむことが多く、彼女を放っておくことが多かった。そんな真斗に愛想をつかした彼女からの別れである。


 そして、その恋人と別れた頃から、陽菜からの好意をなんとなく感じるようになった。前以上にボディタッチやメッセージの頻度が増え、また遊びに誘われ二人で出掛けることも多くなる。


 最初は恋人と別れた自分を元気づけようとしてくれているのかと思ったが、彼女の自分に対する態度は前に元カノから向けられていた視線や仕草そのもの。陽菜が自分に好意があることを察する。


 陽菜とは元カレと交際する前からの付き合いで、今までは架純と同様に仲間としてしか捉えていなかった。ところが、一度気になり始めるとなんとなく意識してしまう。


 陽菜とは気が合うし、性格や考え方も近い。一緒にいて楽しいし、改めて見ると、みんなが言うだけのことはあって可愛いくスタイルも良い。


 そして、いつしか陽菜のことを好きだとはっきり認識するようになり、真斗は頃合いを見て交際を申し込もうと考えていた。


 ところがそんな折、佳代の付きまといが始まる。陽菜に告白するとか付き合うとか、それどころではなくなった。そしてその頃から、何故か陽菜からの好意もあまり感じられなくなる。そのため、他に好きな男が出来たのではないかと真斗は焦り、架純の提案に乗ったのである。



 そして、佳代の撃退と恋の成就という二つの秘密の計画は実行された。うまくいけばGW前には架純は亮一と、真斗は陽菜と交際をしている予定だった。


 亮一と陽菜の前で交際宣言をし、解散した後の帰り道でのこと。


「亮一のあの狼狽えよう、ありゃあ絶対にお前に気があるだろ。よかったな」


「はい! もう天にも昇る気持ちです。でも、傷付けてしまったようで心が痛いですね。陽菜さんもすごく落ち込んでいましたし」


「そうだな。あんな陽菜の姿、初めて見たよ。心配した俺が馬鹿だった。よし、亮一にも悪いことしたし、早く佳代ちゃんの件を終わらせてお互い告白しよう!」


「はい!」


 ところが、現実は思い描いたようには進まない。


 一番の原因は佳代。彼女は思ったよりも諦めが悪く、付きまといを解決するのに時間が掛かり過ぎてしまった。


 真斗が親に相談したことも架純にとっては想定外で、警察の介入により佳代のことを関係者以外の人に気軽に話せなくなってしまった。当然、完全に解決するまでは亮一たちには打ち明けられない。


 架純は佳代を恋の成就に利用していたものの、彼女の付きまといをやめさせることが最も優先すべきことだと認識していた。なので、口止めされているのを破ってまで、亮一たちに真相を打ち明けようとはしなかった。


 そして、亮一たちに話せないままずるずると時間だけが過ぎ、結局話ができるようになったが三ヶ月後の一学期の最終日となったわけである。



 久しぶりに亮一と話せることに喜んでいた架純だったが、すぐに彼の態度で絶望することになる。亮一は明らかに自分に興味のない態度だった。時間を掛け過ぎたことで、自分から気持ちが離れてしまったことをすぐに察する。それは真斗にとって陽菜も同じ。


 そこで架純と真斗は作戦会議を開き、まずは架純は亮一と、真斗は陽菜と二人きりになる機会を増やすそうということになった。この夏休みで絆を取り戻す作戦である。


 架純はすでに申し込んでいた予備校には行かず、急遽学校の夏期講習に参加した。もちろん受ける講義は亮一と同じ。


 真斗は真斗でアルバイトで稼いだお金で色んなゲームを購入し、それを持って陽菜の家に遊びに行った。三時頃まで夏期講習で亮一たちがいないのも都合が良かった。


 ところが、なかなか成果が出ない。二人ともなんとなく余所余所よそよそしい。お盆期間中に真斗は陽菜と二人で出掛けたり、架純は亮一と美術館デートなど色々と画策したが、あまり距離は縮まらなかった。


 夏休みも残りあとわずか。業を煮やした真斗は、架純が止めるのも聞かず勝手に陽菜に告白してしまう。


 時期尚早だと思われた真斗の告白。ところが予想外にもこれが成功し、それにより架純と亮一は二人きりになった。そして急速に距離を縮め、また架純からの積極的なアプローチもあり、最終的には亮一からの告白を勝ち取ることに成功したのである。


 こうして最初の思惑通り、架純は亮一と、真斗は陽菜と結ばれることになった。


架純

『私たちの計画は絶対に秘密ですよ!』


真斗

『わかってるって。大丈夫、バレやしないさ』


架純

『お願いしますね。それではお互いお幸せに』


 架純はメッセージを閉じスマホをポケットに仕舞った。


「どうしたの?」


 画面を見ながら微笑んでいた架純を見て、何か面白い動画でも送られてきたのかと思い亮一は尋ねた。


「いえ、なんでもありません。弟から今日のお夕飯がカレーだとメッセージが来て、まだまだあの子も子供だなと思いまして」


「フフッ、そうなんだ。架純の家は今夜はカレーなんだね。うちは何だろ」


 すると電車の到着を告げるアナウンスがホームに響いた。入ってきた電車のドアが開くと、亮一はエスコートするように彼女に手を差し出す。彼の意外な行動に一瞬驚くも、架純はあふれんばかりの笑顔でその手を取った。



 同じ頃、ショッピングモール内のトイレの前。先にトイレから出てきた真斗はすぐ近くのベンチに座り架純にメッセージを打っていた。しばらくして、ハンカチで手を拭きながら陽菜がトイレから出てくる。


「真斗、お待たせ」


 スマホを仕舞い顔を上げた。


「おう!」


 立ち上がろうとする真斗に向けて陽菜が手を差し出した。思えば彼女の方から手をつないでくるのは初めてのこと。彼女の意外な行動に一瞬驚くも、真斗は大きな笑顔でその手を取った。


 それぞれの恋が叶い幸せいっぱいの架純と真斗。


 しかし、二人は露程も思っていなかった。まさか自分たちの恋が皮肉にも亮一と陽菜を深く結び付けいたことを。


 そして、そのことは決して語られることはない、亮一と陽菜の二人だけの『』である。

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僕らの秘密 瀬戸 夢 @Setoyume

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