第12話.不器用

 夏休みが終わり二学期初日の朝。亮一が駅前広場まで来ると、いつものベンチに架純の姿はなかった。時計を見る。いつもよりかなり早い。


 仕方なくベンチに腰を下ろすと、亮一の目の前を通学や通勤の人が次々と通り過ぎていく。こうして一番乗りで待つというのも新鮮な感じだ。


「おはようございます」


「あっ、架純。おはよう」


「亮一君、今朝は早いですね」


「うーん、いつもと同じ時間に出たんだけど、陽菜と待合せない分、早く着き過ぎちゃったみたいでさ」


 陽菜の家は同じ方面とはいえ、彼女との待ち合わせ場所は亮一にとっては少し遠回り。それに、陽菜はなんだかんだでいつも遅れ気味だった。


 二人は揃って駅舎に向かって歩き出した。真斗と陽菜の姿はなく、また二人を待つ様子もない。


「あの二人、一本早い電車で行ったのかな?」


「うーん、どうでしょう。一学期、真斗君は最初は私と同じ一本早い電車に乗っていましたが、そのうちに朝起きれなくなって、逆に一本遅い電車になっていましたから」


 それを聞いて亮一はクククッと笑う。真斗らしいと思った。



 昨日、夏休み最終日にいつものようにみんなで集まった。最後のシメに思いっきり遊ぼうということで、朝からアミューズメント施設で様々なアトラクションを楽しんだ後、プリクラを撮りカラオケに行ってカフェでお茶をした。


 そして西日が差す頃、駅前広場まで戻って来ると、解散する直前に真斗から告げられた。


 ――陽菜と付き合うことになったと。


 まるで、あの日の再現のよう。


 架純は「まぁ!」と喜びの声を上げ、亮一は「おめでとう」と親友を祝福。真斗は苦笑いで頭の後を掻き、そんな彼を揶揄からかうように陽菜が「なに照れてんのよ!」と笑顔で彼の脇を小突いた。


 あの日と同じく幸せそうな二人。でも、あの日と違うのは、みんな笑顔だったこと。


「突然のことでビックリしちゃいましたが、お二人は息がぴったりですし、本当にお似合いですね」


 そう言って架純は笑みを浮かべる。


 亮一は事前に陽菜から真斗の告白を受けることをメッセージで聞いていた。『ごめん。真斗と付き合うことにする。本当にごめんなさい』そう綴られていた彼女の言葉に対し『了解』とだけ返した。色々と言葉は浮かんでいたが、何度も書いては消し結局それしか残らなかった。


「……うん、そうだね」


「本当に羨ましいくらい。亮一君はどうですか? 彼女が欲しいとかって」


「えっ!? うん、まぁ、そりゃあ彼女がいたらいいなぁとは思うよ。でも、僕のことなんて好きになってくれるは、いないんじゃないのかな」


「そ、そんなことないと思いますよ! 亮一君の良さが分かる人は必ずいます!!」


 そう言って力強い目で握り拳を作る。きっと仲間を気遣っているのだろう。彼女の気遣いはありがたいが、美少女で人気者の彼女から言われても説得力はないなと渋い顔で小さくため息をついた。



 あの頃と同じように残された形で二人きりになった亮一と架純。たまに真斗たちと連絡は取り合うが、それでも色んな意味で寂しい。顔には出さないようにしているが、亮一はそれなりに落ち込んでいた。


 架純は思ったより平気そう。きっと二人の交際を心から喜んでいるのだろう。それでも亮一が気落ちしていることをなんとなく感じるのか、架純は心を重ねるように彼に寄り添うようになった。


 登下校だけでなく、お昼休みは架純特製のお弁当を二人で食べ、土日は図書館で一緒に勉強をしたり遊びや買い物などで二人で出掛けることも増えた。


 夜も勉強が終わった後は、いつも寝るまでメッセージでやり取りをしている。たまに電話することもある。


 こうして二人は急速に距離を縮め、冬を前に交際することに。そのことを報告するため、真斗と陽菜に連絡を取った。



 校門の脇には以前と同じように二人の姿。そして、亮一たちを見つけた陽菜が声を上げる。


「あっ、おーい! おーい!」


 陽菜がゆるふわの髪と大きな胸を揺らしながら、ピョンピョンと跳ねて手を振っている。相変わらずの光景がなんだか懐かしい。


「元気そうだな!」


 そう言って真斗が肩を組んできた。このうざ絡みも久しぶりだ。架純と陽菜も久しぶりの再会に早速お喋りを始めている。


 お互い変わらないことを確認し合うと、以前と同じのように駅に向けて揃って歩き出した。今日の話題はもちろん亮一と架純。早速、真斗が質問を始める。


「しっかし、お前らやっとか。で、どっちから言ったんだ?」


「ん? まぁ、僕から」


 おずおずと亮一が肩をすくめ小さく手を挙げる。


「はい! 美雲みくも海岸で夕日を眺めながら、に付き合ってくれませんかって言っていただきました!」


 こぼれるような無邪気な笑顔で架純が付け加える。告白のシチュエーションと台詞をバラすなんて勘弁してほしい。


「ちょっ、架純!」


「なんだ、お前にしてはロマンチックだな」


 慌てる様子の亮一に、真斗と陽菜は大きな笑い声を上げた。



 その後も根掘り葉掘り訊かれながら駅前まで来ると、不意に真斗がに耳打ちしてくる。


「お前、勉強ばっかしてねえで、架純のこと大切にしろよ」


「うん、わかってるって。真斗こそ陽菜を大切にね。ああ見えて陽菜も不器用なところがあるから真斗が気遣ってあげなよ。前のみたいに放っておいたら駄目だからね」


「アハハハ、耳が痛いな。まぁ、心配すんな。大丈夫だよ」


 一方、陽菜も架純に耳打ちする。


「あの不器用な亮一のことだから、しっかり架純がリードしてあげてね」


「はい、任せてください!」


 グッと握り拳を作り力強い目で応えた。


 そして、真斗と陽菜は「じゃあ、後は若いもの同士で」とニヤニヤしながら去っていく。彼らにも何か予定があるようだ。


 別れ際、陽菜と目が合う。


 彼女は一瞬切なげな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。そして小さくうなずく。これでよかったんだよ、そう言っているような気がした。


 亮一は気持ちを押し込め、笑顔を作ると同じように小さくうなずく。幸せになってほしい、そういう気持ちだった。


 そして、お互い笑顔のまま背を向けると、それぞれの恋人の元へ駆け寄った。


◇◇◇◇


 あの夜、顔を上げた亮一は陽菜に言った。


「陽菜の……、陽菜の好きにすればいいよ」


 そう言った亮一には様々な思いがあった。


 元々陽菜は真斗が好きだった。それにもかかわらず、自分と交際していたのは全てはすれ違いから。自分のことが好きで付き合っていたわけではない。これ以上、彼女を縛ってはいけないと思った。


 それに、真斗は明るく優しいしイケメン。到底、男として自分が太刀打ちできるわけはない。


 それでも亮一は陽菜を、この四ヶ月間ずっと一緒に過ごしてきた時間を信じたかった。彼女の意思で告白を断ってほしい、そう願っていた。


 亮一の言葉を聞いた陽菜は目を伏せると残念そうに顔をしかめた。そして、小さくコクコクとうなずき、ため息混じりに笑いながら言う。


「うん……、わかった」


 良かれと思って言った言葉。しかし、それは明らかに間違いだと彼女の言葉と態度が警告している。二人の関係が終焉に向かって一気に加速したことを亮一は察した。


 ――このままではいけない。


 何か言わなきゃと口を開いた瞬間、突然「ここまででいいよ」と陽菜が走り出す。引き留めようと手を伸ばしたが指先さえも触れることはできず、彼女の姿はすっかり暗くなった夜道に消えていった。


 最後に見えた彼女の横顔。その目は思いを断ち切るかのように強く閉じられていた。それを見て亮一は悟った。彼女が真斗を選んだことを。


 一人残された亮一は呆然と立ち尽くす。しばらくの間、彼女が去っていった道の先をただ眺めていた。



 数百メートル走ったところで角を曲がると陽菜は足を止めた。息が苦しい。昔ならこんな距離を走ったくらいでは息も上がらなかった。


 フーっと大きく息を吐き天を仰ぐと、荒い息遣いのまま振り返った。日が暮れた静かな住宅街の道路。その暗い道の先から亮一が追いかけてくる気配はない。寂しくて悔しくて思わず小さく声を上げ泣く。


 あのままあの場にいたら泣いてしまうかもしれないと咄嗟に走り出したが、結局走っている間に涙がこぼれた。ズズッと鼻をすすり袖で涙を拭う。すると、抱きついた時に付いたのか彼の匂いがした。また涙がこぼれる。


 真斗から想いを伝えられた時、陽菜の気持ちは正直揺れていた。ずっと好きだった相手、未練がないわけじゃない。それに、まっすぐに自分の気持ちをぶつけてきた彼が眩しかった。


 それでも真斗の告白を断るつもりでいた。しかし、亮一との関係は曖昧。好きだと思っているのは私だけ、亮一は無理して私と付き合っている、亮一が本当に好きなのは架純、そんな考えが頭をよぎっていた。


 そして、自分の好きも亮一の好きもどちらも自信が持てず、答えを彼に依存してしまった。一言でいい、別れたくないと、断ってほしいと、どんな言葉でもいいので自分を引き留める言葉が欲しかった。


 ところが彼は言ってはくれなかった。そして悟った。それが彼の答えで現実なのだと。


 涙を拭った陽菜は前に向き直す。そして歩き出した。



 仮初で始まった二人の秘密の交際は、仮初のまま終わりを告げた。


 はじけるようなトキメキも情熱的な恋でもなかった。愛の言葉も一度も交わしていない。しかし、あの時の二人はお互いを必要とし、惹かれ交わる二人の間には愛があった。


 仮初という自らが設けた枠は、最後は障害になったが亮一と陽菜を結びつけたことも確か。ただ、二人はその枠を最後まで外すことができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る