第11話.告白

 二学期を数日後に控えた八月末。亮一は一人、家で勉強をしている。


 午前中は架純と一緒に図書館で勉強をしていたが、午後はみんな予定があるとのことで今はこうして一人机に向かっている。陽菜と真斗はバイト、架純は中学の時の友達に久しぶりに会うと言っていた。


 架純から二学期に向けて少し勉強を教えてほしいと頼まれ、一週間ほど前から午前中は市の図書館で彼女と一緒に勉強することにしている。最初どうしようかと悩んだが、真斗から架純のことを指摘されたこともあり受けることにした。少し自分も意固地すぎたかなと反省している。


 もちろん事前に陽菜に相談し、また、一緒に勉強しないかと誘ったが、苦笑いしながら遠慮しておくと断られてしまった。とはいえ、朝した後にそのまま図書館に付いてくることもある。ただ、雑誌を読んでいるだけで勉強はしていないが。



 一区切りついたところで亮一は顔を上げた。気がつけば外は少し陰り始めている。時計に目をやると五時少し前。夕飯はどうしよう。今日も仕事で遅くなると両親から連絡が入っていた。


 たまに作ることもあるが、こんな日はカレーやパスタなどレトルト物で済ませることが多い。確か、お気に入りのパスタソースがまだあったはず。先日、母親と一緒に買い物に行った際に買い足しておいた。今日はそれでいいかな、そんなこと考えていると不意にスマホが鳴った。見れば陽菜から。


陽菜

『これから行ってもいい?』


 急にどうしたのだろう……。


 今週に入ってから陽菜の生理でずっとしていない。生理が終わったのか、いや、まだ課題が終わっていないのかもしれない。


 先日、課題を手伝ってほしいと言って、陽菜と真斗は二人揃って図書館に現れた。真斗が課題をやっていないことに気づき、見せてもらおうと陽菜に連絡すると彼女も忘れていたことに気づき、二人で分担してやろうということになったが分からないところが多く、そういえば亮一と架純が図書館にいるはず、ということで来たとのこと。


 課題は特進コースの亮一から見れば中学レベルに毛が生えた程度だったが、全部教えるのも大変なので、その日は分からないと言う問題だけ架純と二人で教えることにした。残りは自分でやると言っていたが、おそらくやりきれなかったのだろう。


 ここ数日、生理やら予定が合わなかったりで、二人きりで会えていなかった。なので、勉強ではあるが会えるのは嬉しい。


亮一

『いいよ。待ってる』


陽菜

『ありがとう。じゃあ、すぐに行くね』


 了解と返し待つこと十五分、家の呼び鈴が鳴った。一階に降り玄関のドアを開けると、そこにはどこか浮かない様子で佇む陽菜。元気なく、右手で左腕を抑え伏し目がちにこちらを見ている。


「どうしたの? 大丈夫?」


「別に……、なんでもない」


 元気のなさと機嫌の悪さ、きっとまだ生理が終わっていないのだろう。先月も同じような感じだったので、ある意味学習している。それに、課題が終わっていない苛立ちもあるのかな。


 部屋に上がり、課題の進捗具合を訊こうと振り向くと突然のキス。陽菜は首に手を回し勢いよく唇を押し付けてきた。


 不意のことに驚いたが、久しぶりのキスだったので嬉しい。かかえ上げるように彼女を抱きしめ舌を絡めた。


 しばらく抱き合った後、一旦離れたところで尋ねる。


「生理は終わったの?」


 彼女はそっけなく「うん」と返事をすると素早く脱ぎ始めた。ブラを外し胸が露になると、今度はこちらのボタンに手をかける。


 たまに彼女の方から求めてくる時もあるが、ここまで積極的なのは珍しい。彼女の様子に少し違和感を感じながらも、久しぶりだからなのかなと自分を納得させた。それに亮一も久しぶりで興奮している。


 お互い体を貪り合った後、上に跨った彼女が手を添えた。それを見て、慌てて声をかける。


「陽菜。ちょっと待って」


 亮一は上半身をひるがえしベッドの下に手を伸ばした。ゴムはそこに隠してある。


「いいの。今日は大丈夫な日だから……、んんっ!」


 そう言うと彼女は躊躇なく一気に腰を下ろした。着けないでするのは初めて。今までにない感触が亮一を包む。その刺激とスリルで駄目だと思いつつも拒むことができない。


 二人は汗だくになりながら激しく体を重ね続けた。陽菜は大きな声で絶頂し、亮一は彼女の中で何度も果てる。不安だとか心配だとかそんな理性は頭の奥に押し込めて。



 し始めてから二時間近く、さすがに疲れぐったりと二人して横になっている。お互い、まさに性も根も尽きた状態。


 ちらりと時計を見ると七時過ぎ。彼女の家は特に門限はないが、暗黙の了解で遅くとも九時には帰るようにしている。


 気だるい身体をどうにか動かし、べとべとになった体を洗い流すため二人して浴室に向かった。疲れているにもかかわらず、シャワーを浴びながら再度する。


 二人してゆっくり湯船に浸かり、出た後お腹が空いたと陽菜が言うので一緒にパスタを食べた。洗い物を終えた頃には八時半。彼女を送っていくことに。



 夏の夜道、日が落ちてかなり経ったというのにまだ蒸し暑い。それでも八月の終わり。少しずつ季節の変化が感じられるようになってきた。


 結局、陽菜は何をしに来たのか。ただするためだけにしてはいつもと様子が違った。


 そんなことを考えながら、隣を歩く彼女の顔色をちらちらとうかがう。相変わらず何か考え事でもあるのか、どこか虚ろな感じ。


 目の前の十字路を車が横切り、再び歩き出したところで陽菜が口を開いた。


「パスタ……」


「ん?」


「パスタ、美味しかったね。ご馳走様でした」


 そう言いながら、うっすらと浮かべた笑みに少し安堵する。


「フフッ、なら良かった。あれ、僕のお気に入りなんだよね」


「へー、そうなんだ。今度うちでも買ってみようかな」


「駅前のスーパーで売ってるよ」


「そっか、わかった……」


 それきり言葉はなく、再び沈黙が流れようとする。正直話題は何でもよかった。会話をつなげようと亮一は尋ねる。


「あの、ところで課題は終わったの?」


 すると彼女はビクッと反応する。親に叱られた子供のよう。きっとまだ終わっていないのだろう。


「課題は……、終わったよ」


 そうぽつりと彼女は答えた。


 あれ? 終わった?


 予想外の答えに亮一は首をかしげる。


「課題はね、課題は終わったんだけど……」


 そこまで言うと彼女は黙り込み立ち止まった。亮一も立ち止まり振り向くと、彼女は暗い表情でうつむいている。街灯に照らされたその姿はなんとなく弱々しい。そして、彼女は言葉を置くように話し始めた。


「今日ね……」


「うん」


「今日、真斗からバイト終わりに課題を一緒にやらないかってメッセージが来てね」


「うん」


「それで、バイトが終わった後、真斗の家で課題を一緒にやったんだけど……」


 うつむいていた陽菜は更に深く頭を下げた。こちらからは表情はうかがえない。嫌な予感がする。


 この先を聞くことに少し躊躇ためらいがあったが、聞きたい衝動を抑えることができず返事をする。


「……うん」


「課題を終わらせた後にね……、真斗にずっと好きだったって、付き合ってほしいって言われた」


 ……。


 一瞬意味が分からなかった。思考が停止した亮一の頭にぼんやりと真斗の顔が浮かんでくる。


「えっ!? 真斗が?」


 思わず声を上げると、彼女はこくんとうなずいた。


 一体どういうことなのか。彼女の態度からして、きっと嘘や冗談ではないことは分かる。とはいえ疑問も。


「いやでも、真斗は大人っぽいが好きだって……」


「うん、私もそう思って訊いたの。そしたら、そのことを言った時にね、近くに付きまとってたがいたらしくて。それで、そのに聞こえるように、そして諦めるように、そのとは真逆のタイプを言ったんだって」


「そんな……」


「うん。そんな、だよね。なんでこうなっちゃったんだろ……」


 彼女はため息混じりに薄く笑いながら言う。残念そうなその言い方に亮一は胸が苦しくなった。


 元々、陽菜と真斗は両思いだった、いや、今でも両思いだと言えるのかもしれない。


 亮一の胸の中で漠然とした不安が疼き始める。


「で……、陽菜はなんて答えたの?」


 すがるように尋ねた。すると、彼女はうつむいたままブンブンと首を横に振る。


「少し考えたいって言って……」


 亮一は反射的にホッとしていた。それは他の雄に自分の雌を取られたくないという、雄の本能のようなものだったのかもしれない。その相手がたとえ親友であったとしても。


 うつむいていた陽菜は暗い表情のまま顔を上げた。こちらを見るその瞳は不安そうに揺らめいている。


「亮一は……、どうしたらいいと思う?」


 二人は仮初の恋人。更に最近では普通にデートもできず、体を重ねるだけのセフレのような関係。とはいえ、きちんと合意したうえでの交際。お互い別れを口にしたわけでもなく、まだ亮一は陽菜の彼氏であり陽菜は亮一の彼女である。


 仮初のままここまできてしまったが、いつかははっきりさせなければいけないと思っていた。思わぬ形で訪れたが今がその時なのかもしれない。


 亮一は強く目をつむった。様々な考えや想いが交差し、答えを出しては消すを繰り返す。そして、しばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。

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