2.6  魔王と呼ばれた 大統領

 少し時を戻る。


 ショイル国の中央政府,第22代大統領。


 魔王ウィリアムこと エディス・ウィリアムソン, おんとし72歳の,公的なかたき。

 実際の政治を担うのは,首相が率いる内閣。中央政府の儀礼的な大統領は,兼西方県共同女王,兼エスターライヒ公,…,として,ショイル国の諸民族を束ねる。


 しかし,雉くんとウーヅ,そしてアルフレッド3世や,ドクダミ庁員として双瑞皇帝に仕える者達は,柔和な言動に対する 本性ほんしょうを知っている。

 (あだ名の魔王ウィリアム, “William the Archenemy”。これは元々,ショイル国内の反対派による非難の為に使われた。しかし本人は気に入り,雉くんやウーヅ,双瑞帝国政府やリスバーン子爵家に送り付ける,樹扶桑語で書いた書簡で署名に用いていた)


 闇魔法などの能力は持っていないけれど,カリスマ性だけで君臨している。

 自身を含めた全ての人間に対する憎悪の原因は不明だが,“紙の地球”を,イウルフ

大陸だけでなく全てを滅ぼすべく,暗躍していた。



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 雉軸んとウーヅや,ティケと精霊イヅーの前に現れる時は必ず,その色にちなんで

“ヴェルデ”と呼ばれている服装。

 文民なのだが軍服を, 深緑ふかみどりのスラックスと長靴ちょうか,カッターシャツと黒のネクタイ,

その上に じょう全軍元帥の階級章と,礼装用の飾緒しょくしょが付いた夏用のコートを直接着た,魔王ウィリアム。 首都ヒートポースの近郊,邸宅の書斎で椅子に腰掛け,ツバにあご紐をのせた軍帽は,机の上に置かれている。


 共和国騎士団 “表” 部隊からの報告は,現地セレンに送り込んだ幻影を介して既に聞いた。

 幻影魔法の術者,復刻者クインとその妻だけが,同じ空間にいる。特に表情を変えたり,

声を荒らげる事も無く,魔王ウィリアムは口にした。


 「先月も言っただろう? 何十回失敗しても構わない,実験なのだから」

 「ありがとうございます。呪いで操った者の中で,王太子だけ勝手に解除され,

しかも消息が不明になっていますから。その捜索を急ぎましょう」


 8月24日の会談と違って,クインが不織布マスクをしていない。

「双瑞帝国の郵便ゆうびんネットワークへ侵入し書簡を見てやるか,列車無線など鉄道の通信を傍受。これらができる魔法・魔道具があれば,楽なのですが」 

 「存在していないし,夫の先祖がのこしてきた資料にも無いから,今新たに作り出す事もできません」


 「うむ。 …表部隊から県王城を監視している時,王太子自ら,牢にいる婚約者を脱出させた。追跡した騎士がいったんは接触したが,逃げられたとの報告があった。私はその場にいた者が気にかかる」

 「えぇ,双瑞帝国の貴族ピット子爵,チャーリー・トリスタン・キーガンですね」

 「クレア王子は,ドクダミ庁の電車による哨戒と合流するべく,何らかの方法で彼と

打ち合わせていたのだろう」

  (※実際は,トリスタン先輩が仕事中に偶然,通りかかっただけ)


 「ピット子爵の独断か,ドクダミ庁上層部が派遣したのか。どっちにしろ,ストリング公爵家の姫君もクレア王子も,表部隊の騎士に追われたのを彼に話しますね」

 「ショイルの住人,特に共和国騎士団,“裏”の騎士達へ,気付かれなければいい。

 これまで通り,双瑞帝国にはこちらから情報を流す,私自身がな。クイン,いいな」

 「重々承知しております」


 魔王ウィリアムが自らの幻影を活動させる事が可能なのは,首都から北へ200km離れたリスバーン領のあたりが限界。より離れている上,ザクロス山脈やポース&バンク丘陵が魔素の流れを遮る西方県や帝国内は,幻影魔法を使うのが難しい。


 「しかし魔王,2日かけても発見できていないという現状を,どうするのですか?」

 妻による質問へクインも頷く。


 「いいや,心当たりならある。東壁の大精霊だ」

 

 クインと妻は顔を見合わせたが,すぐに察した。

 「大精霊の加護の一つ,という形で捜査を,許可の書状を無効にする法律を発動させるつもり,なのでしょうか」

 「可能性がある,というだけだがな。この場合は,ドクダミ庁とディオルート公爵が,

協力か黙認すると思う」

 「白い手のグリンフェンは,既に双瑞帝国へ亡命していますね。

 クレア王子と婚約者ティケにも逃げられたとなると,厄介な事になりますね」

 「西方県王には中央内務省から,引き続きストリング公爵家を領地で軟禁しろと命じてある。裏の騎士達を展開させた内務大臣の名であって,私じゃないが」

 「閣下が儀礼的な存在のはずなのに,実際は権力を握っているのが自国民に知られたら,不逮捕権などを失いかねない。このクインとしても,警戒します」


 続けて詳細な指示を出すと,書斎から退出する二人が右手のひらで挙手の敬礼を

したのに対し,手のひらで挙手の答礼をした。



 見送ってから机に戻ると,魔王ウィリアムは独りごちる。

 「さぁ,白い手のグリンフェンと,呪い子だけの為の勇者よ。

 全ての人間,この私も例外無く愚かで,傷つけ合う。そこから殺し合う,あらゆる争いへ発展しうるのだ…。家族の愛だの好きだの,それがなんだ,特にハンフリー・連味…!?,手出しはしないが……」


 リスバーン子爵に対し,本名の堅朋を言わずにショイル語名の方で呼びかけてから,こう続けた。誰も聞いていないのを承知の上で。


「不幸になるがいい。魔王ウィリアム自身も含めた,全ての人間よ―」

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