2.5 出立 -(ハイフン)の 一(いち)族と
翌,9月26日。正午をまわった頃のセレン乗務区。
総領事館のビルディングに併設されたプラットホームへ,Nsd804編成とNsd13編成
とを連結した4両編成が,研修設備の方から入線してくる。
「回送,ミスト。標識灯よし,―ワンマン表示灯,よし。前面,全てよし…」
入ってきた(先頭車)ソル4804,ひらがなの「へ」の字形をした前面の状態に異常がないかを,トリスタンと雉くんは左手の指で差し,双瑞語で声に出す。
最後に,乗務員室のほぼ真上に搭載された,シングルアームパンタグラフへ人差し指を向け「パンタグラフ,よし」と称呼。そして乗務員室の落とし窓へ近付く。
セレン(総領事館)発ミスト行,上り回送1202列車を担当する運転士・Stokerとの打ち合わせを行って,乗務行路表の運転時刻欄の外へ記入された指示に従い,トリスタンはクレアとティケ(+イヅー)を,雉くんはウーヅを,デハ4871(2両目)の車内に誘導した。
乗務員室仕切りのすぐ後ろにあるロングシートへ,ウーヅを座らせた雉くんが振り向くと,クレアとティケがトリスタンに促されるまま,転換クロスシートに着席するところだった。
先ほどからティケもイヅーも,周りや車内を見回して,そわそわしている。
ここで運転士が,ソル4804の乗務員室落とし窓から列車後方の状況を目視,
ドアスイッチを操作した(手で下に押し込む)。乗降用の両開きドア(引き分け)が
自動的に閉まる。4両中3両,プラットホームへ面した6か所のドアの戸閉め灯(ステンレス車体に埋め込まれている)が,3つ全て消えているのを確認して「ドアよし」と指差称呼。そして,ソル4804運転台の腰掛けに座り直した運転士は
「パイロット点灯,…出発注意」
と口にする。乗降用ドアと,3両目のデホ4013乗務員室の
まずトリスタン,それを見た雉くんも,制服のポケットから取り出していた懐中時計の針を見て,ダイヤグラム通り12時48分0秒に発車したのかを確かめる。
釣りかけの電車に特有な音が,床下から聞こえてきた。
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4000系Nsd804編成(本クチ)の,ドックシャー・
同じ4000系量産車であっても,800番台は貨車(空気ブレーキ)の
救助工作車としてアウトリガーなどを備えた,ソル4800形の乗務員室は片隅式に
なっていて,代わりに奥行きが広く取られている。組成されるデハ4060形800番台の乗務員室内は似たような設計だが,先頭部分の形状の方は,デハ4060形0番台の設計を
このためStokerは,ロングシートの斜め左前に立つ形で乗務する。
1202列車の乗務員二名は,速度制限標識や信号機の現示を双瑞語で指差称呼し続け,安全かつスムーズに,列車を貨物線から本線へと走らせていく。ただし,一定の速度で走行しているうちに60秒経過すると,運転士がマスコンなどを操作していないと判断したEB装置の警報が鳴り,5秒以内に確認ボタンを押す,という事が数回は起きる。
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「ところで,雉軸ん。えぇと,そちらのご令嬢は?…」
だが,女の子のほうは,ティケもイヅーもクレアも初対面だった。
つややかな黒髪に
眉にかかる前髪と,腰まで伸びた後ろ髪ともに金糸のようで,黒縁眼鏡越しに揺らめくインクブルーの瞳と,雪よりも白い肌,という姿を持った彼女は愛らしい。
セレン駅の旅客プラットホームの斜め下を,徐行で通過していく列車内から見上げていたウーヅの肩が跳ねる。ガラス窓から向き直り,手を震わせて立ち上がった。
(「雉くん…,あたし,の,立ち振る舞い……どう,しよう…?」)
(「俺が見ている。だからできる,大丈夫だと思う。
というより,冬雉さんが
左に座っている雉くんは少し遅れて動き,ふらつくウーヅを,クレア王子に声をかけられたから緊張しているのを察し―いつでも支えられる位置に立った。
長いブリオーの裾を震える手でつまんで右足を引くと,左膝を軽く曲げたウーヅ。
「そうですね…,殿下,無礼をお許しください。改めて,挨拶させていただきます。
リスバーン子爵,
姓は連味,戸籍上の本名は“
「なら,わたくし達は “
「ぜひ,そうお呼びください。ありがとうございます,ティケさま,イズールトさま―」
「いやいや,わたしはイヅーだけで呼んでほしいな。…え?,リスバーン子爵家…?」
「はい。父が命じ,双瑞帝国で暮らしています―」
――上り回送1202列車は予定臨(ダイヤグラムにあらかじめスジが引かれている),
王都セレンから帝都瑞歯市を経て,大精霊の
その時間を,公爵家の姫君と子爵令嬢―,どちらもショイル国の貴族だが階級には
大きな違いがある二人と精霊のイヅールトが,打ち解けるため仲良くなるために活用できそうだ。
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トリスタンが乗務員カバンから紙切れを取り出して,広げながら口を挟んだ。
「助役によると,参謀本部から読めと通達されたんだってさ」
「その朝刊が,出発の前に先輩へ渡されたものだったんですか」
座り直すウーヅ,その左へ雉くん。
皆が朝刊の紙面へ注目した。
「西方県の南部が領地のストリング公爵家へ反逆の疑いが浮上した事を理由に,県王家は当主の自宅軟禁を決断,中央政府国防省も西方県宰相の要請により,共和国騎士団をストリング公爵家の所領に展開。一方,これを理由にストリング公爵の娘ティケとの婚約を破棄すると,クレア王太子が内務大臣に申し立てているが,棄却した」
―この声明, ショイル国中央政府大統領,兼西方県の共同女王たる,エディス・
ウィリアムソンの名義(署名がある)で発表されている。
「表部隊の騎士がいたから怪しいと思っていたけど,翌日に早くも声明を出したって事は,魔王閣下による実験で間違いないね」
トリスタンが双瑞語で言い,雉くんも双瑞語で答える。
「事前に用意していなければ,次の日に声明が掲載され出てくる訳がありません」
「いったい,…まさか,僕らは魔王に使われた,のか?」
「クレア,それだけじゃないよ。肩書きは大統領の方を用いている」
「それはいったい?,ウィリアムソン大統領と,わたくしが見た魔王ウィリアムとは,名前が似ているだけで―」
雉くんが説明を始める前に,彼の膝の上にウーヅが崩れ落ちた。眼鏡をかけたまま,
頭を
「(きゃーーー!?,)いっ,嫌ぁあっ!?,
魔王に聞かされた呪いの言葉の記憶へ
ショイル語で悲鳴を
「心へ限界が来たか…」
雉くんは慌てずに,ウーヅを樹扶桑語で
リスバーン子爵家の城で,同じような発作に見まわれた時に冬雉や堅朋,まれに朋雉がそうしたように。
「閣下,離して, ごめんなさいっ……!, お母さま助けて……!」
「冬雉さんじゃないけど,俺だよ,心配しなくていいんだ…」
ウーヅがロングシートから床へ転がり落ちそうになるのを,雉くんが支える。
やがて息づかいは荒いままだが,目を開けたウーヅは,幼馴染の腕の中でわずかに起き上がる。
「お,お話を,あたし…,ぐすっ……,話を止めて,ご―」
「謝るな謝るな」
「…はい…」
もともと白い肌から血の気が失われ,ウーヅの顔が蒼白になるのを見ていたティケは,意を決したように転換クロスシートから立ち上がり,歩み寄った。そして
「雉ちゃん…,驚かせてごめんなさい。
「いえ…,いえ…!,お見苦しいところを…,ティケさまは,優しいのですね……」
ティケのコアフに前髪が当たりそうな勢いで,首を左右に振るウーヅであった。
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2024年1月27日に,第1章5話Cへ出てくる定期列車の形式を書き間違えていた事に
気が付いて,訂正しました。
直す前の“CET3系”は,実際はショイル国から双瑞国鉄線へ乗り入れる車両(3番目のCommuter EMU Train,という意味)と設定したもので,正しくは“601系”となります。
失礼いたしました。
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