11.5D

 15時からじゅうがわ参謀総長は二つ質問をしたが,ウーヅは葛側の事を見ていなかった。


 魔王の幻影の長い白髪,声色に反して悪意に満ちた質問と重なる。葛側が魔王よりも年下で双瑞帝国民なのは,分かっている。けれども,制帽から出ている髪の白さ,口調も,そして葛側が魔王と同じく女性である事,それらがウーヅの瞳には魔王ウィリアムと重なって―。


 「ひっ……ぁうっ……」

 悲鳴をこぼしながら,それでもドクダミ庁参謀総長の質問を,二つとも肯定した。


 「以上です。質問の内容以前に,私の話し方や髪が,グリンフェンさまへの負担をいていましたね。怖がらせてしまい,申し訳ありません」

 「いえ,お見苦しいところをお見せしました…ごめんなさい……」


 「雉軸ん,立ってグリンフェンさまをから支えてくれ」

 隆倉大臣が息子へ指示すると,即座に雉くんは立ち上がってパイプ椅子をどける。 

 そして,背中を丸めたウーヅが座っているほうのパイプ椅子の,右へ立った。眼鏡のレンズとフレームまでも涙に濡れた幼馴染の肩へ,ケープの上から両手を置いた。


 「ぁふっ……」

 「ここに貴女あなたを傷付ける者などいない,落ち着こうか―」

 「……はぃ」

 「貴女はもう,このままじゃ消えてしまいそう……だからこそ,そのままでいい。

 大臣閣下,このままで会議を再開しましょう」


 息子の意図を察した大臣は,応接室の空気を読んでも無視する事を決めた。

 アルフレッド3世の秘書官に話を交代,皇帝の考えと,既に列車の中で葛側が進言した事を合わせて伝える。―俯いたまま,そっと耳を,傾けるウーヅ,相変わらず無言で涙ぐんでいたが,それは恐怖と悲しみから,いつの間にか嬉し泣きになっていると,雉くんは気が付いた。


 

 ―双瑞帝国政府から,ショイル国の中央政府と西方県政府のどちらも通さずに,リスバーン子爵家へ直接提案するというのは,外交的なトラブルを起こしかねなかった。

 ドクダミ庁が魔王と対抗する為の手段を選ばないという,アルフレッド3世の考えによるものだった。あとは勅令という形をとり,連味 隆倉ドクダミ相を含めた内閣が,閣議で承認すれば実行できるはず。


 ここで問題になったのは,リスバーン子爵家の承諾を得られるか,という点だった。

 しかし,ロジャー・今泉がここで挙手し発言の許可を求めてきた。


 「その点は,心配無いと思います。私は2日前に子爵の城へ立ち寄り世間せけん話をしたのですが,グリンフェンさまの話題を振ると,“きっかけさえあれば,すぐにでも城から出してやるからな”,と口にしておりました」

 ウーヅが顔を上げる。

 それは娘を嫌っているという事なのか,と秘書官が問うたのに対して,ロジャーと雉くんが同時に答えようとした時,応接室の扉が3回叩かれた。「入ってくれ」と大臣が許可をすると,一度は退出していた八皓車庫の助役が現れた。


 「失礼します,先ほど子爵家の馬車が,八皓駅の駅舎前に到着しました。ご令嬢を迎えに来たと思われます。応接室へお通ししますか,大臣閣下」

 「いや、我々のほうが外に出る。今泉君と雉軸んは,乗務員カバンを置いていけ。」

 「了解……お嬢様,では失礼つかまつる」

 「…はい…あたしを必ず,連れていってく……」

 まず隆倉大臣と参謀総長,その副官と護衛の騎士,続いて秘書官と護衛の騎士,最後は雉くんが横抱きにして運ぶウーヅ,助役とロジャーの順で,応接室から出ていった。



 八皓車庫の建物と,2番線側に建つ八皓駅舎をつなぐ,八皓1号踏切の電しょう式警報機をウーヅが見上げながら,一行は駅舎の前に立った。営業列車が八皓口に向けて発車した後で,民間人は幸いな事にいなくなっていた。広場に止まっている馬車からは,リスバーン子爵の連味 かたとも,妻の冬,二人の息子の朋雉ともきが既に降りていて,冷たい眼差しをウーヅへと向けてくる。

 雉くんは構わず馬車の方へ足を進める。地面へ目を落とすとコンクリートの上に,ウーヅがで使うサンダルが置かれていた。わざわざ持ち込んできた子爵家の面々の視線を浴びながらも,そこへ令嬢をいざなった雉軸んは,サンダルの上へ立たせるような形で下ろした。続いて,彼は両手でウーヅの眼鏡をひょいっと外した。

 「何のつもりですの?」と聞く余裕もなく,ウーヅは蒼白な顔で全身をこわばらせて,それでも家族の前に立った。ここで雉くんの右肘から手を離し,


(「あたし,最低だ…それにきらわれたくない……しかられたくない―だけどせめて,謝る…そして罰せられよう……」) と,頭を深々と下げる。


 「勝手にいなくなって,ごめんなさい……どうかお許しを……」

 言い終わらないうちに―。

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