後編

 二連休を終え、仕事場所である異世界へとやってきた。


 休み明けで少しだけ体が怠いが、気合を入れて俺は早速調査できていない生態や自然などを探していく。だが……


「君が噂の子かねぇ」


 牙の生えた老婆に声をかけられる。


 肉を簡単にちぎりそうな鋭利な歯に俺は少し恐怖したが、老婆が言っていた噂というのが気になり恐る恐る質問すると……「調査隊とやらがやってきたらしいじゃないかねぇ」と、おばあちゃん特有の優しい声で言われた。



 どうやら、調査隊の事がこの世界に広まっているらしい。


 俺としても理解してもらえるのは仕事の進捗が捗るので嬉しい。


 老婆の他に双子の鬼の姉弟や魚人のおじさん、珍しいものであれば天使など、十種類くらいの生物が俺の辺りに集まってきた。


 初日とは正反対の大人気ぶりで、少し困惑したが、ひとりずつ髪の毛や爪など体の一部分をもらう。


 遺伝子解析はパソコン必須なので、貰ったものを大切に保管。皆に感謝を述べて次なる調査に向かったが……最初が好調すぎたのか、何も発見できず、この日の仕事は終わった。


 家に帰り、鬼、魚人、天使について解析。鬼は人間とは違う脳細胞の作りをしており、感情をあまり感じない種族であるとわかり、魚人は遺伝子自体は人間に一番近く、そこへ水中生物にみられる器官を備えた種族である事がわかった。


 だが、肝心の珍種──天使は『エラー』の表記が出てしまう。もしかしたらまだこの現代文明でも解明できていない未知なるものなのかもしれない。もしくは、本当に別次元の生き物なのかもしれない。


 解析に夢中で気がつけば二時を軽く超えていた。このままでは明日の仕事に支障がでてしまう。おとなしく癒しの空間へと入り、夢の世界へと飛び込んだ。


 次の日、ウトウトする眼を擦り、俺は気合いでベッドから起き上がる。今日は目を刺激する程の陽光が照らされる快晴だった。


 少しびっくりしたが、俺は仕事へと赴く。


 俺もこの一週間でこちらの世界は色々知ってきたつもりだ。しかし、調査できていないところはまだたくさんある。世界は謎で満ちているのだと痛感させられ、同時にこの仕事への楽しさも感じられた。


 昨日の出来事のおかげで生態系の調査はかなり捗った。なので、今日は自然調査のノルマをクリアしようと思い、鉱物などに狙いを絞る。


 今日の目標も決まり、出発……と思っていると、急に肩を叩かれた。


 誰だろうと思い、振り返ると……黒服を着た強面の男が立っていた。その上、筋肉隆々でもあり、強そうだ。いずれにしろ、俺にとっては縁遠い存在である事には変わりない。


 異世界でこの男と遭遇した事により、俺は恐怖が込み上げてきた。体の芯が震えているのがわかり、一歩も動けそうにない。


 そんな俺を見て男は強引に抱える。そして、近くに停車してあった馬車へと連れられる。


 ────誘拐? 嘘だろ……


 そんな事を思いながらもパニックで言葉には出せない。心臓がバクバクになり、これからどう対処するかを思考していく。最悪、魔法陣で現実に戻る手もあるが、陣さえ経由すれば誰でも通れる代物なので、隙を見て使わないと現実まで追われるハメになる。


 しかし、帰還意外には助かる方法が思いつかない。隙を見て瓶を割ろうとしたその時、


「心配しないでも大丈夫よ。悪い事はしないから」


 女の声が俺の耳に入った。


 カールを巻いた赤毛の女──ランは隣に座っていて、平常心であれば気づけたのだろうが、それすらも視界に入らなかった。俺は自分が思う程に焦っていたのだと実感する。


 それでも俺の恐怖は収まらなかった。

 いくら変な事をしないと言われても、なぜ俺なんかを連れ去ったのかという疑問が残る。それが解消されない事には彼女たちを信じる事などできない。


「はー、まだ緊張してる。やっぱ、疑ってるね」


 ────当たり前だ。疑われたくなかったら、怪しいものじゃないって証明しろよ。


 俺は強気で当たってしまった。怖かったからだろう。こうでもしていないと気がおかしくなりそうだったからでもある。


 感情をただぶつけるだけの俺の話を聞いた彼女は、


「私は貴族だよ。それも王都一のね。チョウサタイ? っている変な事してるお前に頼があるんだ。こんな真似した事については悪かった」


 ────仕事? 


「あぁ、そうだよ」


 ランの力強い一言を聞けて、俺は一気に緊張感が解けた。それならそうと早く言って欲しい。


 馬車は彼女の住む屋敷へと進んで行く。道中、特に何もなく、十五分くらいして何事もなく屋敷へ到着。中へと案内される。


「こっちだ来てくれ」


 ロビーのような所に案内され、ひとつの絵画を見せられる。


 書かれているのは二人の人が争っている物だ。


 これに何か意味があるのかと思いながら見ていた俺だが、彼女が「魔族との抗争を描いた絵」だと教えてくれた。


 およそ四百年前、まだ多種族が存在していなかった頃、この世界には人間と魔族しかいなかったらしい。


 人間と魔族の間では思想が違い、争いに発展する事はしばしば。この絵画は最終決戦を描いたもので、彼女の先祖が魔族を討ち滅ぼしたと伝えられているらしいが……


「どうやら魔族の生き残りがいるらしい」


 ────えっ!


 意外な一言を聞かされ、思わず声を漏らしていた。


「厳密には魔族の血を引いている人間らしいが……私は彼らを救ってやりたいのだ。だが、確証もなく魔族を安全だと言っても、民は信じん。だから、お前に力を貸して欲しい。魔族の謎を解明して、民に彼らも私たちと同じで仲良くできる存在なのだと証明して欲しいのだ」


 魔族の血を引いた末裔が生きていると知った民は、自らの安全を保証するために、山奥へと彼らを迫害したらしい。


 しかし、ここ数百年魔族による国を危機に陥れる行為はなされていないと彼女は教えてくれた。もし、本当に生き残りがいるのだとしたら、彼らは意図して民を襲わず、ひっそりと暮らしているという事になる。


 それは彼らが安全であるという何よりの証明になるはずだ。


 彼女は頭を下げ、「頼む! この通りだ」と言ってきた。


 この行為に背くのであれば、調査隊として……男として失格だ。俺はこの件を了承した。それと、調査隊としても未知の存在を調査するべきだと思ったし……


「じゃあ、早速出発しようか。もちろん、私も同行するがな……」


 他にも男の人が四人入ってきて、俺へと頭を下げてくれる。


「こちら護衛部隊──パラディン。一応、危険地帯に行くから精鋭だけを選んで同行させる」


 ────お気遣いありがとうございます!


 一礼して一行は魔族の住む洞窟へと出発した。


 途中までは馬車で向かったのだが、塗装の悪さ、傾斜の酷さなどが原因で徒歩で進む事を余儀なくされる。


 道は険しく、化け物級のモンスターも襲いかかってくる。


 モンスターに至っては護衛の男達が一掃してくれ、俺はノーダメージでいられた。


 そんな険しい道中を乗り越え、俺達は魔族が住むと言われている洞窟の最奥部に到着した。しかし……肝心の魔族と思しき人は、木でできた椅子に座り、左手にりんご、右手に本を持ち、趣味に興じていた。


 その姿を見た俺は拍子抜け。思わず声を出してしまった。


 椅子に座っている人が振り返る。


「誰? 君たち」


 魔族と言われて想像するような外見ではなく、ただの少女。特に、白髪のストレートロングなんかは、魔族というよりかは天使と呼ぶに値するほど美しかった。


 ────本当に魔族の血を引いてるの?


 それが第一印象だった。


 だが、護衛やランは警戒心を募らせており、いつ一触即発になってもおかしくない雰囲気を醸し出していた。


 ヤバくね? 


 その考えはすぐに現実になった。


 護衛が剣を持っていた事により、全てを察した魔族の女が攻撃を仕掛けてきたのだ。彼女の行動に響きは腰を抜かすが、ランや護衛達は見事に反応。しかし、少しだけ遅れ、軽いダメージを食らってしまう。


「こんなものなのかな?」


 魔神が素早い攻撃を仕掛けてきて、護衛達は防戦一方になる。


「待って!」


 攻撃を仕掛けてきている魔族にランが声をかける。


「私達は戦いに来たわけじゃないの。だから、話し合いをしない? お互いにメリットになるかもしれない話があるから」


 ランは説得をしていこうとするが、俺の知っている魔族はこんなものに心を揺さぶられない。何故なら、奴らは破壊を悦楽とし、人間をゴミとしか見ていない印象だからだ。もしかしたら和解できるのではと思っていたが、彼女を見て考えが甘かったと思う。


 必死に頑張っているランに無意味である事を伝えようとしていく俺だが……


「なーんだ。それなら早く言ってよ。私、アナタを殺しちゃうところだったじゃない!」


 ────はい? 


 あっさりと快諾してくれた。


「それで話し合いって?」


 白髪の女がランの言っていた事に反応する。


「そう。それなんだけど、君達に居住地を提供しようかと思って……山を降りて皆と一緒に生活しない?」


 ランの言葉を聞いた女は目を見開き驚きを見せたが、すぐに冷淡な声で言葉を紡ぐ。


「そんな事……無理だよ。山をひとつ越えた先に集落がある。そこにどれだけの魔族の血を引いた者が住んでると思ってるの? 私のように物好きばっかりじゃないんだよ」


 難しい現実を提唱し、彼らの提案を断ろうとしていく。その時の顔には悲しさが現れていた。でも、


「大丈夫!」


「えっ!」


 ランの自信満々な表情に魔族の女はまたも目を見張る。


「この人が君達の安全性を証明してくれるから」


「どうやって……」


「なんか髪の毛か何かをもらうだけでいいんだって。不思議だよね」


 科学という文化がないこの世界では、俺のやっている事は妖術の類に分類されるのだろう。


 彼女の期待に応える為に、俺はランの言っている事は本当だと伝える。


 俺の話を聞いた彼女は突然涙を流し、膝から崩れ落ちた。


「ありがとう、ありがとう」


 と、何度も呟き、未知の魔族調査は終わりを迎えた。


 魔族の女は仲間にこの事実を伝える為、集落へと戻っていく。俺達は山を降り、王都へと無事に帰って来れた。


 スマホが鳴る。その音を聞いて俺は、「もう時間だから」と言って、お礼を述べた後、ランと別れの挨拶を交わした。


 都市を離れ、持っていた瓶を割り、魔法陣を展開させる。


 無事に家に帰宅でき、パソコンを起動。魔族のDNAを解析した。すると……


 俺はこの一週間の進捗を上司に報告した。前代未聞の種族調査をした俺は、上司からの評価が上がり、新人での出世レースでは、上位に躍り出た。


 次の日。魔族のDNA解析の結果を伝えるべく、あの世界へと飛び立っていく。だが、昨日出た結果より、共存ができるのかも気になっていた。そう……魔族の遺伝子が全ての人間の起点になっているという結果に。


 ────って事は俺もって事になるんだよな……


 世界が違えば、彼女と同じ目に遭っていたのは自分になったかもしれない。


 その事実を胸に刻みながら、俺は仕事へと向かっていく。いつの日かこの世界の全てが解明される日が来る事を願いながら。

 

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俺の仕事は異世界遠征 新田光 @dopM390uy

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