俺の仕事は異世界遠征

新田光

前編

 異世界。それは現実とはかけ離れた別次元の世界である。現実の常識は通用せず、我々が過ごしている世界の法則は一切通用しない。


 もし、そんな世界の自然、生態系などを解明できたとしたら? 現実世界はもっと発展するのではないのだろうか。


 そう思い、俺──本堂ひびきは異世界調査隊に入社した。


 そんな俺の初出勤は雲ひとつない澄んだ快晴の日だった。


 内定時にもらった異世界に行ける魔法陣で、自宅から異世界へと飛んでいく。余談だが、これは異世界に召喚された英雄があちら側の技術を踏襲して作り上げた物質らしい。


 始めての中世ヨーロッパ風の街並み。歴史好きの俺としては、とても心がワクワクした。


 現実では味わえない古風な街並み、見たこともない種族の人達。それだけでもこの仕事に楽しさを感じる事ができた。


 まず初めにノルマである異世界人の調査から始めていこう。


「あのー」「すいません」「ちょっといいですか?」


 色々と声をかけていく。話を聞いてくれる人はいたのだが、無論、体の一部を渡すという条件を呑んでくれる人は誰ひとりいなく、肝心の生態調査の方ができない。


 このままでは埒が開かないと思い、方向性を変更。もうひとつのノルマである自然調査の方へと行く事にしよう。


 1日目。調査する項目は、この世界にしかない物資や元素を調べて、現代科学に落とし込めるかどうかを判断するというものだ。


 俺はひとつだけ物珍しい鉱石を発見し、検査キットで調べていくが、現実にある物と大差がない事がわかり、今回の調査ではいい結果は得られない。


 スマホが鳴る。仕事が終わりだとわかり、俺は家路に着いた。


 今日一日、思ったようにいかなかったので、かなりネガティブな感情になった。


 日が昇り、また異世界に赴く。


 今日こそは生態調査のノルマをクリアしてやる! 俺は意気込みを心に刻み、今日も仕事に取り掛かっていく。だが、結果は昨日と同じ。どうしても異種族に怖がられてしまう。そんな時……


「お兄ちゃん!」


 また誰かに話しかけられた。


 どうせお喋りな暇人でしょと思い、ため息を吐きながら、仕方なく付き合ってあげる事にする……しかし、そこには犬の耳や尻尾の生えている女の子がいた。外見的に十二歳前後だろう。


「変わった服してるねー。髪も他の人とは違う感じ。あたちが見てきた人間とは雰囲気も違うし……なんか気になっちゃって。ほら、必死に何かしようとしてたでしょ?」


 見ている人はいるんだなと痛感させられる。


 ダメ元でこの子にも髪の毛をくれないか頼んでみた。どうせ、嫌悪感を覚えられるだろうと思ったが……少女は「何に使うの?」と好奇心旺盛な瞳で食いついてくる。正直に話すと、「面白そう!」と言って、なんの躊躇いもなく、自分の髪の毛を与える。


 意外とあっさりとしていたので、喜びよりも驚愕が勝った。


 素直にお礼を言い、犬族の髪の毛を検査キットに入れていく。結果は家のパソコンで解明しないといけないので、お預けだ。


 少女が「あたちも同行していい?」と聞いてきた。正直邪魔になるので無理とハッキリと言うと、泣き出しそうな顔を見せる。意外と繊細らしい。


 心が痛んだが、これは遊びではないので、何かお礼をしてあげると言う形でなんとかこの場を収め、彼女の行きたい場所に行き、食べたいものを食べるのに付き合った。


 結局一日中付き合わされて気づくと定時になってしまった。彼女とお別れして自宅に戻り、採取した髪の毛から生態調査を始める。獣の遺伝子と人間の遺伝子が上手く統合できているという結果がわかった。


 特に獣の方が強く、力や嗅覚は人間の倍あるのではないかという仮説も立てれた。だが、体の中にマナあり、この異常な生態系を可能にしている事柄もわかり、現代では反映させるのは難しい遺伝子配分だ。


 こうなったらマナについても研究する必要が出てきた。俺は明日、マナ調査に目標を設定し、この日はベッドに入った。


 三日目。今日は朝から雨が降り、ジメジメしていた。気分が落ち込んでいるが……異世界は晴れていますよに! 祈りながら、異世界へと到着する。


 瞳を刺激するようなギラギラと光る太陽が出ている。願いが届いてよかった。

 今日の目標はマナなので、自然調査へ向かう。


 色々な人にマナについて聞いていくと、長寿の老女から有効な情報を手に入れられた。


 どうやら、神秘の谷という場所がマナのルーツなのではと言われ、迷わないように目的の場所を目指す。しかし、思ったよりも道が険しく、手入れされていない雑草で歩きにくいわ、変な虫には刺されたりするわで、踏んだり蹴ったりだ。


 少し疲れたので、休もうと脇道に逸れると……神秘的な少女を視界に捉える。何やら小動物と戯れているらしく、遠くからでも笑顔が眩しいのがわかる。


 彼女の美しさに惹かれ、俺は彼女に話しかけていた。


 突然の介入で黒髪ポニーの少女は驚き、リスのような生き物も怯えてどこかにいってしまった。それを見て、少女は大切何かを無くしてしまったかのような顔を浮かべる。


 悪い事をしてしまった。俺は謝り、少女は「いいよ。別に」と言ってくれたが、その声に心がこもってないように感じられた。


 本当にごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 心の中で泣きながら何度も謝る。


 しゃがんでいた少女が立ち上がり、俺の方に近寄ってくる。


 現実でもそうそうお目にかかれない美しさだ。しかも、高身長であるところもポイントが高い。でも、怒ってそうで怖い。


 ブルブルと震えながら、女の次の言葉を待つ俺だったが、意外にも優しい声で「あなたは動物が好きでしょうか?」と言われた。


 ────好きです! 大好きです! 


「フフッ! そんな必死にならなくても、怒ってないですよ。動物は気まぐれですから、よくある事です」


 少女に温かな声をかけてもらえ、話しかけた方としても助かった。


 そのまま話していると、少女の話が止まらなくなり、気づけばかなりの時間が経過していた。


「ごめんなさい! 私ったらいつもの癖で……」


 我にかえった少女は頭を下げ、「よかったらお詫びでも」と言ってきたので、俺は彼女の種族について質問してみた。案の定、エルフである事がわかったので、髪の毛を一本もらえるか提案。彼女は「それくらいなら」と簡単に了承してくれた。


 少女と別れ、目的であった神秘の谷を目指し、無事に到着する事ができた。


 そこで、マナの源となる物質を探したのだが、この場所にあるものではどれも検査キットに引っ掛からなかった。


 どういうこと?


 俺は疑問が湧いてきて改めて色々と検査をしていくと、どの物質にも微量なマナに似た粒子が発見できた。この事から俺はマナとは空気と同じようにこの世界だけに存在している物質なのではないかと仮説を立てた。


 ────現実でマナは無意味なものになるんだろうな。


 スマホが鳴る。俺は魔法陣が入っている瓶を投げ、そこから家路へと着き、エルフの生態についても調べた。


 ベースは人間に近いが、本来、人が持っていない染色体が発見できた。それにより、より強固な体の構造になり、平均寿命も伸びるのではないかという事がわかった。


 一仕事を終えた俺は、明日休みなのを良いことに晩酌をして寝た。

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