第4話

「あ、れーくんおはよ」


 朝、駅のホームで背後から声をかけられた。


「……?」


 振り返ると、ニコニコしながら俺の顔を見上げる女子高生。俺の知り合いにこんなかわいい子いたっけ? と素で思ってしまったが、その朗らかな笑みを見てやっと朝日あさひだとわかった。


「れーくん? どうかしたの?」

「いや。火曜日も女装するんだなと思って」

「毎日これだよ! 女装でもないし!」


 ……昨日は幼馴染と10年ぶりに再会できたというただ一点の事実が衝撃すぎて霞んでいたが、そもそも10年もの間、俺の中で朝日のイメージはよれよれのマッ〇ハウスTシャツを着たスポーツ刈りの少年だったのだ。

 それが今こうなっているという事実。下心への誓いを抜きにして、正直すぐには受け止めきれるわけない。


「れーくんと一緒に登校なんてほんとに久々だよね」

「10年ぶり、だよな」


 朝日は「うん!」と楽しそうに笑いながら、俺の隣に並ぶ。


 ホームにアナウンスが流れ、まもなく乗る電車がやってきた。


「うわあ、けっこう混んでるね」

「ああ。満員電車が本領発揮してきたな」


 昨日は入学式で、新入生の登校時間は10時だったこともあり、車内はそこまで混んでいなかったが、今日は平常登校なのですし詰め状態だ。

 小学校は徒歩、中学は自転車で通っていたから、朝の通勤通学ラッシュにぶち当たるのはこれが人生で初めてだ。


 俺たちは乗車し、そのまま車内中ほどまで進む。


 朝日はぐいんと腕を伸ばして吊り革を掴み、囁き声で言う。


「ほら! ボク手届くようになったんだよ」

「ほーん? ま、俺はその上の突っ張り棒を掴めるけどな。低身長な男は苦労するぞー?」

「男じゃないからいいもん!」


 ガタン、と電車が大きめに揺れる。


「わっ!?」


 吊り革をギリギリで掴んでいた朝日は宙ぶらりんになるような形でバランスを崩す。


「おっ……と危ない」


 途端に俺は片腕を伸ばし、朝日を抱きかかえる。


「あっ、ありがと」

「……おう」


 朝日の肩は想像以上に華奢だった。こんなんで教科書詰めたカバンとかちゃんと持てるのかと心配になるほどに。


「…………」

「…………」

「……あのさ、ずっとそうしてるつもり?」


 言われて、自分が朝日を抱いたままだったことに気づき、慌てて手を離す。


「わ、悪い。誰か見てたらホモだと思われるもんな」

「いや、そういうことじゃなくて……。思われないはずなんだけどなあ……」


 俺は2つの吊り革を両手でそれぞれ掴み、左腕の肘をブラブラさせて言った。


「ほら、こっちの腕つかまれよ。吊り革の延長だと思ってさ」

「……あ、ありがと」


 朝日は俺の左腕を掴む。成長を見越して買ったであろう少しぶかぶかな制服の袖から、細い指先がぴょこんと出ている。


「ひょっとしてそれ萌え袖ってやつか?」

「ん? あっ、そうだね。偶然だけど。……もしかして、かわいいとか思っちゃった?」


 しめた、とでも言うように朝日はニヤリと微笑んでみせた。


「い、いやあ? 男なら袖を肩まで全部まくった燃え袖にすべきだろ」

「何その概念」

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