第2話

「はい、これで今日はおしまいですね。みなさんおつかれさまでした」


 今日は入学式なので、簡単なオリエンテーションを済ませたのち、午前中で解散となった。

 途端にクラスがわいわいと賑やかになる。


「れーくん」


 隣の席から朝日あさひの声がした。


「どうした」

「悪いけどボク女の子だし、女の子と帰るつもりだから。またね!」

「誰が女装趣味の変態を女子グループの輪に入れるんだよ」

「またそんなこと言って! これからボクが自然に女子の輪に入って、女の子だって証明してみせるから! 見とくといいよ!」


 そう宣言すると、朝日は周囲をぐるりと見渡した。


「よーし、あの子たちにしよ!」


 近くにいた女子3人組に照準を定め、声をかけようとする。


「あのっ……!」


 そんな朝日を見て、3人組はコソコソと何か相談しはじめた。


(……この子、さっき女装趣味とか変態とか言ってなかった……?)

(……それ大丈夫? 入学早々トラブルになんか巻き込まれたくないよ、私……)

(……そ、そうだよね……)


 なんてやり取りのあと、1人が朝日に向かって申し訳なさそうな顔で言う。


「ご、ごめんね? 私たち、ちょっと女装趣味? とか、へんたい? とかあんまりわかんなくて! あっもうこんな時間だ! またね!!」

「えっ!? ちょっと待ってよ! それ言ってたのボクじゃなくて……」


 朝日が呼び止めようとするも虚しく、3人組は足早に教室を出ていってしまった。誤解が解けるには少し時間がかかりそうだ。


「…………」

「…………」


 朝日は俺の方を振り返り、瞳にハイライトが入ってないタイプの微笑でじっと見つめてきた。無言の圧力。


「……あの、よかったらお昼ご飯など、奢らせていただきます……」


それが俺にできるせめてもの贖罪だった。




 ☆☆☆




 そんなこんなで学校を出ると、俺と朝日は駅前の某高級イタリアンレストランに寄った。壁や天井にルネッサンスな絵画が飾られている、あのチェーン店だ。


 朝日は店に着くまで若干ムスッとしていたが、店内を漂う香ばしい香りをかいですっかりいつもの調子を取り戻したようだった。


「奢るは奢るけどさ、俺金欠だし、ミラノ風ドリアとドリンクバー程度にしてくれよ」

「けっちいなー、れーくんは。まあボク、女の子だからそんなにいっぱいは食べないし、心配はご無用だよ」


 女の子だから、のところだけ語気を強めて朝日は言った。


「そんな戯言言ってるから身長伸びないんだぞ。男は肉を食え!」

「じゃあお肉奢ってくれるの?」

「……男はミラノ風ドリアを食え!」

「はいはい。じゃあお言葉に甘えて。れーくんは何食べるの」

「うーむ……悩み中」


 いつもはミラノ風ドリアを頼んでいるが、無事に進学もしたことだし、なんらかの新しい料理を頼んでみてもいいかもしれない。


 グランドメニューをめくりながら注文を決めあぐねていると、手持ち無沙汰になった朝日はテーブル上のお子様用メニューを手に取る。これの表紙にはまちがいさがしが載っており、大人がやっても激ムズだとよく話題になる。


「……まちがいさがしのイラストはルネッサンス絵画じゃないんだね」

「お子様メニューに全裸の神々が描いてあったら嫌だろ……」

「たーしかに」

「……よし、決めた」

「お、何にするの?」

「お前と同じやつ」

「えっ? ミラノ風ドリア?」

「そうそう」


 悩んだ末、結局普段どおりのものを注文することにした。


 ……これは俺が変わってるのか、意外と誰しもがそうなのかはわからないが、色々と真新しいものに目移りしても、なんだかんだで決まって最後は昔から馴染んできた『いつもの』に落ち着いてしまう性分なのだ。


「もう、あんなに悩んでたのはなんだったの! ふふっ」


 朝日はあの頃みたいに楽しげに笑う。

 だがそれでいて、昔とは違う、何か上品さのようなものが垣間見えていた。ほら、笑うとき手で口元なんかおさえちゃって。


「朝日、キレイになったよな」

「……ふぇっ!?」

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