第8話

 俺の名前はタロウ。アリエルスという町で、雑貨商店ラデンの店長をしている。

 家族は嫁さんのアニタと、十歳と八歳になる女の子が二人。それと、今は隠居して店に顔を出すことはないが嫁さんの両親がいる。

 俺自身の家族はこっちにはいない。


 なぜなら俺は、十八歳の時にこっちの世界に転生してきた、いわゆる異世界転生者だからだ。

 着の身着のままでこっちの世界にきてから、三十年と少しの時間が経った。俺は四十九歳になり、最近は腰の痛みが悩みの種になってきた。

 神様から貰ったチートでステータスを全部最高にして貰ったけど、腰の痛みは関係ないらしい。


 チートがあっても、老いには勝てないということか。

 なんだかそう考えると、チートも大したことないなと思ってしまう。



「……そうか、もうそんな経つんだなぁ」



 ここにきてもう三十年以上経ったことに、感慨深くなって思わずつぶやく。

 店を継いでから今日まで、がむしゃらに頑張ってきたせいか、あまり実感が湧いていなかった。そのことに気付いて、少しおかしくなってしまう。


 気付いたら五十手前のオッサンになって、美人の嫁さんと子供がいるなんて、昔の俺が聞いたら信じられないだろうな。

 そんなことを思っていると、店の棚の整理をしていた嫁さん――アニタが、俺のつぶやきに反応して振り向いた。



「何か言った? タロウ」


「いや、何でもないよ。ひとりごと」



 アニタは俺と同じ年なのだが、今でも昔と変わらず若々しく美人だ。

 娘二人もアニタに似て美少女で、近所では評判の美人母娘である。おかげでアニタと娘目当ての男たちが、こぞってこの店を訪れてくれるので、ありがたく金を落としてもらっている。


 もちろん娘に色目を使うような奴は、こっそり釘をさしておくけどな。

 まだまだ娘は嫁にやれんよ、特に冒険者なんて危ない仕事してる奴にはな!



「なんて、俺も昔は冒険者になろうと思ってたんだっけな」



 この店で働きだした時の目的――市民証を獲得して、冒険者として金を稼ぐ。それを思い出し、今となっては冒険者になるなんて考えもつかないなと、若かった自分を振り返る。 



 ◇◇◇◇◇



「おめぇ、アニタと結婚する気はねぇか?」


「えっ」



 店長からの提案に、俺は本気で驚いた。

 なにせアニタさんと結婚するということは、つまりこの店の後継ぎになるということでもある。

 店長から信頼されているのは、帳簿を任されるようになったことからもわかっていた。でもまさか、この店の跡取りとして見られるほど信頼されていたとは思ってもいなかった。


 だからこそ俺は、冒険者になるためにこの店を辞めるかどうか悩んでいたのだ。

 それが店を継がせてもらえる、しかも美人のアニタさんを嫁に貰えたうえで……である。



「い、いいんですか?」


「悪かったらそもそもこんな提案しねぇよ」



 ぶっきらぼうに告げる店長。こんな態度をしている時は、たいていが照れているだけだと、三年付き合っていれば嫌でもわかる。

 つまり店長自身が、俺にこの店を継がせてもいいと考えてくれているということだ。

 三年間この店の店員として働いてきて、その働きをしっかりと評価してくれた……。


 これが嬉しくないわけがない。



「お、俺で良ければ喜んでっ!」



 思わず椅子から立ち上がり、身を乗り出すようにして叫んでしまった。

 突然立ち上がった俺に驚いのか、店長はあっけにとられた顔をしていたが、しかしすぐに元の何ともいえない仏頂面になって口を開く。



「アニタを嫁に貰うって意味、分かって言ってんだな?」


「もちろんです! 俺っ、店長が俺のことそこまで評価してくれたなんて思わなくて……!」



 喋りながら、思わずに涙が溢れてしまう。自分が頑張ってきたことを認められるって、こんな嬉しいものなんだな。

 涙をぬぐっている間に、この三年間のことがまるで走馬灯のように頭を駆け巡る。

 時には店長に殴られたりしながらも、それでも今日まで頑張ってきて、本当に良かった。



「……あ」



 と、そこでふと疑問に思ったことがあり、店長に尋ねてみた。



「店長。俺はいいんですけど、その……アニタさんは?」



 そう。俺自身はアニタさん自身のことは普通に好きで、嫁に貰えるとなれば嫌なわけがない。けどアニタさんの方の気持ちはどうなんだろうか。

 店長の娘ってことで、本人の意思を無視して……という感じなら、さすがにちょっと遠慮したい。

 だってこれから長く夫婦としてやっていくんだから、本人が嫌がってるのを無理にってのはさすがにね?



「……おめぇ、それ本気で言ってんなら後でアニタにぶん殴られるぞ」


「えっ」


「アニタが嫌がるなら、いくら優秀だって俺がこんなこと言うわけねぇだろ。察せ、そのくらい」


「えっ!?」



 ということはつまり、そういうことだよな!?

 店長の言葉に、俺のテンションは右肩上がり、思わずアニタさんを探して駆け出しそうになるのを、必死に抑える。

 そんな俺の様子に気付いたのか、店長は深くため息を吐いた。



「はぁ~……ホントにこんな奴のどこがいいんだか。ほら、話は終わりだ。

 アニタは倉庫の方にいるだろうから、さっさと行ってこい」


「わ、わかりましたー!」



 店長が言い終わるかどうかぐらいのタイミングで、俺は部屋を飛び出してアニタさんのもとへと向かったのだった。



 ◇◇◇◇◇



 あの後、アニタを突然抱きしめてビンタされたのもいい思い出だ。

 あれから三十年、こうして無事に店を繁盛させてこれたのも、アニタの献身あってこそ。俺はいい嫁さんを貰った。

 異世界転生して、チートを活かして働いて、そして美少女を嫁に貰って幸せな生活をおくる。


 かーっ! やっぱ異世界転生してよかったわ!

 異世界転生バンザイ!!













「ん?」



 そこでふと、何かひっかかるものがあった。

 何のことかハッキリとはわからないが、何か大切なことを忘れてる気がする。



「んー……」



 うなり声を上げつつどこが引っ掛かったのか、記憶をさかのぼる。引っ掛かったのは「なぜ俺ががっぽりと金を稼ごうとしたのか」ということだ。

 稼ぎたいという思いがあったからこそ、今日までがむしゃらに働いてきた。けど、どうして三十年前の俺は、そこまで金を稼ごうと思ったんだろう?


 たしか何か、目的があったような気がしたんだが……。



「…………あっ!」



 記憶の底から引っ張りあげた、三十年前の俺が目指した目標。

 それを思い出し、思わずあげた驚きの声は、誰に聞かれることなく店の中へと消えていった。





◇◇◇◇◇





 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 『異世界転生したので美少女奴隷を買おうとした、とある少年のお話。』これにて完結です。

 タロウ君、美少女奴隷は買えませんでしたが、ある意味それ以上の勝ち組になれました。

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異世界転生したので美少女奴隷を買おうとした、とある少年のお話。 ラモン @hutu-zin

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