第7話

 その後、俺は仕事を紹介してくれると言った男性――ガールさんと一緒に商業ギルドを訪れ、ガールさんの紹介という形で仕事を斡旋してもらうことになった。


 商業ギルドでは、市民証を持っていない相手にも仕事の斡旋をしているらしい。

 といっても、誰でもいいワケではなく、市民証を持った人からの紹介がなくてはダメらしいが。


 そして俺が読み書き計算ができると申告すると、とある雑貨商店――つまりラデン商店の下働きを紹介して貰った。

 当然ながらこっちで使われている文字は日本語ではないのだが、そこは神様からチートでちゃんと読み書きができるようにして貰ってある。

 ありがとう神様、おかげで仕事にありつけました。


 そういった経緯もあって、俺は今この商店で住み込みの下働きとして働いている。

 住み込みってのは非常にありがたい。なにせ宿代を節約することができるので、そのぶんお金を貯めやすいからだ。


 市民証のためにお金を少しでも多く貯めたい俺にとって、この仕事はまさにうってつけの仕事だった。

 店では基本的に荷物運びや商品の陳列や整理を任されているが、そのうち帳簿の整理にも参加させてくれるらしい。


 計算ができると重宝されるという、変なところで小説やアニメの設定に沿った部分を発見してちょっと驚いた。



「おい新入り! ポーションの在庫、倉庫まで運んどいてくれや!」


「了解です! すぐやっときまーす!」



 店を仕切っている親父さん――ゴルドさんに言われ、俺はカウンターの内側に置かれた木箱を三つ、肩に担いだ。

 ポーションは結構な重量があるのだが、今の俺にはまったく問題ない。

 ステータスを全部最高にして貰ったおかげで、どんだけ重い荷物でもラクラク運べるのだ。


 今働いているラデン商店は個人商店なので、従業員も俺の他には、店長の奥さんと娘さんだけ。

 男手が足らないこともあり、どんな重い荷物でもラクラク運べる俺は、非常に重宝されている。



「よいせ、っと」



 あっという間に倉庫にたどり着いた俺は、肩に担いだポーション入りの木箱を倉庫に下ろし、一息つく。

 別に疲れたりはしていないけど、なんかこういう時って一息ついちゃうよね。



「お疲れ様ー。ごめんね? いつもいつも」


「あっ、アニタさん。いや全然平気ッスよ!」



 そんな俺に声をかけてきたのは、三つ編みにした金色の髪と、クリっとした大きな緑の瞳が可愛らしい美少女。

 店長の娘さんの、アニタさんである。


 店長はコワモテで人一人くらい殺してそうな顔立ちなんだが、アニタさんはお母さんのルーシーさんに似てめちゃくちゃ美少女。


 店長の遺伝子が頑張らなくてホント良かった。

 この店の美人母娘は近所でも評判で、二人を目当てに店に通う輩も少なくない。

 まあ、大体は店長に睨まれてスゴスゴ退散していくんだけど。



「君がウチに来てくれてホント助かってるよー。お父さんももう年で、荷物運びキツそうだったからね」


「ははっ、店長に聞かれたら怒られますよ」


「確かに。俺はまだまだ現役だーって言いそう」



 全然似てない店長のモノマネをするアニタさんに、思わず笑ってしまう。

 アニタさんも俺につられて笑いだし、倉庫内に俺たちの笑い声が響く。こんな美少女と二人っきりで、こんな楽しい時間を過ごせるとか最高かよ。


 日本にいた時は、あんま女子と絡むとかなかったからなぁ。

 こんな美少女と楽しく話せるだけで、こっちにきて良かったと思えてしまう。我ながら単純だなぁ。



「あ、そうだ。お父さんが、荷物運びが終わったら商品の陳列やってくれって」


「了解です。そんじゃアニタさん、また後で」


「うん、またねー」



 アニタさんに手を振ってそういえば、アニタさんも笑顔で手を振り返してくれる。

 なんだろう、美少女奴隷を買うっていう不純な動機からはじまったこの仕事だけど、今すっげぇ充実してる!

 俺は足取りも軽く、倉庫から店内へと向かうのであった。



 ◇◇◇◇◇



 そんなこんなで、あっという間に三年が経った。

 俺はといえば特に変わったこともなく、無難に働いてこの三年を過ごしていた。突然盗賊が町を襲うということもなく、伝説の魔物が襲い掛かってくるということもない、いたって平和な三年間。


 真面目に雑貨商店の一員として働き、税金を三年間おさめてつい先日、無事に市民証を発行して貰えた。

 あとは冒険者ギルドに登録して、ステータスを頼りにモンスターを討伐しまくって稼ぎまくる……といきたいところだが。

 ここでひとつ問題がある。


 当然だが、冒険者になるためには今働いているこの雑貨商店を辞めなくてはいけないわけで。

 三年間働いてきた店を辞めるのは心苦しい……というか、普通に仕事が楽しいので辞めたくない。

 最近は帳簿も任されているから給料も増え、貯金もかなり増えてきている。


 店長やその家族とも仲良くやってきたし、この店の常連になっている人たちとも顔見知りになり、休日にちょっと遊ぶような人たちもいる。

 冒険者になれば、きっとそういった人たちとの時間も減っていくだろう。

 それはちょっと、いやかなり寂しいものがある。


 そういう気持ちもあって、どうしたものかと市民証を貰ってからの二週間、ずっと悩んでいる。


 そんなある日のことだった。

 俺は仕事が終わったあと、店長に呼ばれて店の奥――店長専用の部屋に呼ばれた。

 随分と真面目な顔をしていた店長に、なんか失敗したっけかなと恐る恐る部屋へと入る俺。



「……おう、来たか。店の方はちゃんと閉めてきたか?」


「はい。商品棚の残りも、きちんとしまってきました」


「よしよし……んじゃ、そこ座れ」



 どこか難しそうな顔をした店長に促され、部屋の隅にある椅子を持ってきて座る。

 こんな真面目な顔をしている店長、今まで働いてきてほとんど見たことが無い。そして大体見た時は俺が何かしらやらかした時とか、怒られる時なのですごい緊張する。


 最近はやらかした記憶はないんだけど、と思いつつ店長の言葉を待つ。

 すると店長は、どこか憂鬱そうな表情で口を開いた。



「おめぇ、ウチで働いてどのくらいだ?」


「三年です店長。ついこないだ、市民証貰えたって言ったじゃないですか」


「そうだな……そうだったな」



 なんだかすごい歯切れが悪い、こんな店長はじめてだ。

 何を言われるのかとヒヤヒヤしている俺の前で、店長は大きく息を吐いてから何かを決意した顔になり、俺のことを抹消面から見つめ、そして――



「おめぇ、アニタと結婚する気はねぇか?」


「えっ」



 ――そんな、思ってもみない爆弾発言をしたのだった。





◇◇◇◇◇





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