第6話

「おーい、新入り! こっちの箱を全部倉庫に入れといてくれ!」


「わかりましたー!」



 野太い声の店長から出された指示に、こちらも大きな声で返事をする。

 俺が今いる場所は、ラデン商店の倉庫の手前、荷馬車から荷物を受け取る裏口だ。

 なんでそんな場所にいるのかと言われれば、俺はここの従業員として雇われたからなのである!



「新入り! ボサっとしてねぇでさっさと運べ! 荷物はまだまだ来るんだぞ!」


「っとと、すいません! 今やりまーす!」



 いけないいけない、働けたという事実が嬉しくてつい噛みしめてしまった。

 俺は店長の指示に従って、荷物が入った箱を四つ、肩に担いで倉庫の方へと走っていく。

 ここで働き始めてはや数ヶ月、すでに倉庫の場所や荷物の並べ方は把握済みだ。


 どうやって俺がここで働けるようになったのか、知りたい奴もいるだろう。

 それを語るには、数ヶ月前まで時間を遡る必要がある。



 ◇◇◇◇◇



「あ、貴方はさっき冒険者ギルドにいた……」



 情報を集めようと意気込んで立ち上がった俺に、背後から声をかけてきた人物。

 それは、冒険者ギルドで談笑していた人たちの一人だった。


 赤い短髪と良く日に焼けた肌、そして鍛えられているのが分かる筋肉のついた大柄な体のその男性が俺を見つめている。

 なんだろう、冒険者ギルドで会った時に何かやらかした記憶はないんだが。

 いや俺の世間知らずさを見せたって意味では、かなりやらかしてるんだけど。



「兄ちゃん仕事探してんだろ? 俺が紹介してやるよ」


「えっ、本当ですか! お願いしま……」



 何の用だろうと構えている俺に向かって、男性が突然そんなことを言いだした。

 思わず了承しそうになった俺だが、慌てて思い直す。顔見知りとすら言えないこの人に、俺に仕事を紹介する理由なんてないはずだ。


 ならなんでこんな提案をしてきたのか。

 考えられる可能性は二つ。


 ひとつは、本当にこの人が俺に仕事を紹介してくれようとしている。

 ここまで出会った人たちは、親切にさまざまなことを教えてくれた。なら仕事を紹介してくれる人だっていておかしいことはないだろう。


 そしてもうひとつの可能性……それは、何かしら悪意があっての提案じゃないかというものだ。

 さっきのやり取りで、俺が市民証を持っていないこと、そしてこの町に来たばかりということは分かっているはず。

 そんな俺を人気のない場所に呼び出して、身ぐるみ剥いでしまおう……と考えてもおかしくはない。



「……なんで、そんな提案を?」



 いつでも逃げられるようにやや警戒しながら、男性に尋ねてみる。

 すると、男性は苦笑して肩をすくめて俺の問いに答えた。



「そんな警戒すんなって。これも冒険者の仕事なんだよ」


「仕事?」


「そう」



 男性の説明をまとめると、俺は冒険者ギルドから出た後、ずっとこの男性に尾行されていたらしい。

 その理由は俺の人となりを確かめて、この町で仕事をするに値するかどうかを見分けるため。


 田舎から出てきて、俺みたいにギルドに登録できないことを知った人間の中には、やけになって暴れる奴も少なくないようだ。だから、そういった奴ならすぐに取り押さえて町から追放。


 そしてもし、俺のようにどうやったら働けるのかを考える――つまり前向きに頑張れる人物だと分かったら、仕事を紹介する。そういったシステムが、この町にあるギルドで取り決められているらしい。

 冒険者に依頼するのは、いざという時に取り押さえる役割も求められるから、腕っぷしの強い冒険者に頼むんだそうだ。



「つまり、俺はその審査に合格したから、貴方が仕事を紹介してくれる……ということですか?」


「まあな。兄ちゃんは町の奴らにものを聞く時も丁寧だったし、自分であれこれ考える学もありそうだ。

 それなら町を追い出したりせず、町のために働いてもらった方がいいだろう?」


「……まあ、はい」



 尾行されていたってのは気になるが、そういった事情なら仕方ないとも思う。

 やはり冒険者ギルドを出てからの行動そのものこそ、就職試験だったというわけだ。



「ちなみに兄ちゃん、田舎から出てきたって言ったけど、あれ嘘だろ?」


「うえっ!?」



 バレてる!? 異世界から来たって言っても信じられないだろうから、そういう事にしておいたのに!

 そんな考えが表情に出ていたのか、男性はおかしそうに笑いながら話を続ける。



「だってよ、田舎から出てきた割には町中でキョロキョロしねぇんだもん。

 普通、田舎から出てきたばっかりなら、もっと物珍しそうにキョロキョロするもんさ」


「う……」


「それに兄ちゃん、結構金持ってるよな? 途中で何回か人に話を聞く時に金渡してたもんな。

 田舎から出てきた奴が、そんな裕福なわけねーんだよ」


「うぅ……」



 自分なりにバレないように立ち回っていたつもりだったが、はたから見ればバレバレだったらしい。

 結構うまくごまかせてると思ってから、ちょっと恥ずかしい。



「ま、兄ちゃんがどこ出身でも構わんさ。仕事先に迷惑かけるようなら処罰されるけど、そこは自己責任だしな」



 うわぁ、もし俺に何かしら後ろ暗いことがあったら処罰されるかもしれなかったのか。

 良かった……異世界から来た人間だから、特に後ろ暗いところはもちろん、何のしがらみも無いからな俺は。そういう意味では一番安全な人間だと言えるだろう。


 てか今の物言いだと、相手が家出した貴族の子供とかでも処罰されるんだろうか。

 だとしたら、ある意味平等な決まりがあるってことか。この世界の常識はまだわからんが、もしそうだとすればかなり過ごしやすい世界ってことになるな。



「それじゃあ兄ちゃん付いてきな、仕事先を紹介してやるからよ」


「あ、はい!」



 そんなことを考えているうちに、男性は俺に声をかけ、背を向けて歩き出した。

 俺は慌てて男性の背中を追いかける。そういえばこの人の名前はなんだろう、行く途中で聞いたら怒られるかな、なんてことを考えながら。





◇◇◇◇◇





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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