第5話

「終わった……」



 俺は再び町の中央にある噴水の縁に腰かけ、空を仰いで呟いた。

 冒険者ギルドを出る時、談笑していた冒険者の人たちが、温かい笑顔を浮かべて見送ってくれたのを思い出し、もはやどん底だと思っていた気分がさらに落ち込んでいく。


 あの後、冒険者ギルドを後にした俺は何とかその辺の人たちに聞きこんで、市民証をどうやったら獲得できるかを聞いてみた。

 それで分かったことだが、市民証を手に入れるためには三年間、毎年銀貨三百枚を税金として納める必要があるらしい。


 そうすることで、この町に定住する意思があり、また収入も安定していると認められて市民証が発行されるとのこと。

 市民証を得る方法がわかったのは嬉しいが……。



「どうやって金を稼げばええんや……」



 俺がこうして落ち込んでいる原因は、まさにそれである。

 これも聞きこんでわかったことだが、効率よく大金を稼ぎたいなら、やはり何かしらのギルドに入る必要があるらしい。

 でもギルドに入るには市民証が必要で……という負のループ。


 もちろん、ギルドに入らなくても普通に仕事はある。

 けれどそれは現代日本でいえばアルバイトみたいなもので、生活するための金は稼げても、金貨を得るなんて夢のまた夢。


 つまり俺の美少女奴隷を買ってイチャイチャするという夢は、叶えようとするなら早くても三年経って市民証を得て、冒険者ギルドに入ってからという話になる。


 長すぎんよ!

 三年後までせっせと働いて、それからギルドに登録して稼いでとか、合計で何年かかるんや!



「今の俺が十八だから、市民証を得られるのが早くて二十一歳。

 そこから無理せず稼いで……三年かかるとすれば二十四歳。ならまぁマシか?」



 いやいや、ここで楽観的に考えてはいけない。

 なにせことここに至るまで、俺は何度も裏切られてきたじゃないか。もう小説とかアニメのテンプレ展開なんて、ここでは起きないと考えなきゃだめだ。


 となると最低でも十年くらいは見積もる必要があるだろう。

 そうなると三十歳前後がゴールと考える方がいいか。



「うーん、なんかさすがに十年先ともなるとピンとこないなぁ」



 当たり前だ。なにせここは異世界で、日本の常識なんか通じない。

 それこそ明日のことだって分からないのに、どうして十年先のことなんて考えられるだろうか。


 とにかく今は、どうやって市民証を貰うための金を稼ぐかを考えなきゃならない。

 ギルドに登録するためにも、最低でも定収入のある普通の仕事を見つけなきゃならない。



「たぶんステータス的に肉体労働は問題ない……と思うけど、そもそもどこで就職斡旋してるんだ?」



 その辺の店に入って、いきなり「ここで雇ってください」と言って了承されるわけもないだろう。

 身元がはっきりしない奴を雇うなんて、普通ならしないしな。

 むしろ、雇ってくれたとしたら絶対ヤバイところだろ。


 ただ、市民証を手に入れる条件が「三年間税金を納めること」である以上、この町の外から来た人間でも、仕事に就くことはできるはず。

 でも、仕事の見つけ方がわからない。



「詰んだ……」



 ゆえに俺は、こうして空を見上げて絶望するしかないのであった。

 勝手にモンスター討伐はするなって釘も刺されてるし、金にならないならそもそもやる意味がない。


 いや、ちょっとモンスター相手に無双してみたいなとは思うよ?

 でもそれをした結果、お尋ね者になるかもしれないと考えれば無双する楽しさなんて二の次になるだろう。


 瞬間移動で逃げられるとして、手配犯になってしまえばそのうち逃げる場所もなくなる。

 美少女奴隷との出会いを自らの手で台無しにする行為に、意味なんて無いのだ。



「うーん、とりあえずはまた

情報収集するところからかぁ?」



 さっき町の人に聞いて回った結果、とりあえずギルドは冒険者ギルドをはじめとして複数存在することが分かった。

 商人ギルドや奴隷商ギルドなどなど、この町だけでも相当数のギルドが存在しているようだ。


 なら、そのうちのいくつかには俺みたいな市民証を持っていない奴向けに、仕事の斡旋をしているギルドもあるはず。

 そうじゃなきゃ、ギルドの人が言っていた「田舎から出てきた人」が、一生市民証を得ることができないからだ。



「でも町の人に聞いて回った時に、それらしいことは教えて貰えなかったんだよなぁ」



 なんでか分からないが、町の人に聞いても詳しいことは教えてくれなかった。

 皆口をそろえて頑張れよと応援はしてくれるが、どこで仕事を斡旋しているのか、どこなら働けるのかはまったく教えてくれないのだ。



「うーん……。はっ! まてよ?」



 そこで俺の頭にひらめきが走った。

 もしかすると、こうして仕事を探す時点から、すでに採用試験の一環だとすれば……?


 真面目に働く気があるのかどうか、そしてどのくらい使える奴なのかを見るために、あえて町全体で仕事について答えないようにしているのではなかろうか。

 そう考えれば、町の人たちのあのそっけない態度にも納得がいく。


 田舎から出てきた人(だと思われている)俺の素行について、正直誰も分からないのが現状だ。

 もしかしたら意欲があるように見せかけているだけで、本当はサボり魔かもしれない。

 ちょっとしたことですぐキレて、周囲の人に当たり散らすやべぇヤツかもしれない。


 そういった俺のひととなりを、あえて確かな情報を与えないことで確かめようとしているのではないか。



「だとしたら、慎重にいかなきゃいけないな」



 やる気もあるし、多少の困難だってくじけない奴だってところを見せれば、ワンチャン働き口を紹介して貰えるかもしれない。

 いや完全に俺の勝手な予想で、実際はただ教えてくれなかっただけかもしれないけど、それは考えない。


 そうと決まればやることは一つ、再び足を使って聞き込みだ。

 町の人たちにやる気のあるところをアピールしつつ、どこか仕事を斡旋してくれるギルドはないか聞いてみよう。



「よし、行くか!」


「ちょっと待った」


「うぉっ!?」



 自分に気合を入れるようにそう言って立ち上がった瞬間、背後から声をかけられる。

 驚いてそちらを振り返ると、そこには俺の方を見て笑っている男性が立っていた。





◇◇◇◇◇





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