第4話

「それでは、市民証を見せてくださいますか?」


「はい! ……えっ?」



 市民証。なにそれ聞いたこともないんですけど。

 思わず笑顔のまま固まってしまった俺を見て、受付のお姉さんは首を傾げ、切れ長の赤い瞳で不思議そうに俺を見る。

 もしかして市民証を持ってるのって常識なんだろうか。


 でも、奴隷商ではそんなの見せてとは言われなかったし、この町に来てから買い物をする時も、別に不都合はなかった。

 だから突然そんなものを見せろと言われても、当たり前だが俺は持っていない。



「……もしかして、市民証を持っていらっしゃらない?」


「はい」



 問いかけられて、素直に頷く。

 だってそんなのこの町に入ってから、ここに来るまで一回も必要じゃなかったもん。

 すると、今まで笑顔だったお姉さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。



「そうなると、申し訳ありませんが冒険者としての登録はできないですね」


「そうなんですか!?」



 なんとなく雰囲気で察していたが、面と向かって言われて思わず叫んでしまった。

 だって小説やアニメで描かれている冒険者ギルドといえば、それこそ出自問わず誰でも登録できていた。


 わざわざ市民証とかそういう手続きが必要なんて描写は一切なかったし、出自不明な主人公だってあっさりと登録できている作品ばかりだった。

 だから俺も、冒険者ギルドは誰でも気軽に登録できるものだとばかり思っていた。


 まさか市民証なるものの提示を求められ、あげくそれがないと登録できないなんて想像もしてねぇよ!

 思わずそのまま詰め寄ってしまいそうになったが、後ろで談笑していた人たちが俺の方を見ているのを見て思いとどまる。



「えっ……と、冒険者ギルドって、誰でも登録できるわけではないんですか?」



 焦って早口になりそうなのをこらえ、おそるおそるお姉さんに聞いてみる。

 いや、既に答えはわかっているけど聞かずにはいられない。だって異世界モノでお金を稼ぐといえば、何をおいても冒険者ギルドだと思っていたから。

 その手段が取れないという事実は、どうしても受け入れられなかった。



「まさか! 冒険者ギルドへの登録は、市民証を持っている犯罪歴の無い人に限られています」



 だが、現実は非情だった。

 俺の言葉に少し大げさなくらいに驚いて、お姉さんはきっぱりと俺の希望を否定してくれた。

 気持ちいいくらいきっぱりと否定されたので、俺はもはや言葉もなくバカみたいに口を開けて呆然としてしまう。



「あの、もしかして地方の村から出てきたばかりですか?」



 そんな俺を見かねてか、それとも何か気付いたことがあったのか、お姉さんがそんなことを聞いてくる。



「え? えぇまぁ、そんなもんです」



 突然の問いかけに戸惑いつつ、とりあえずあいまいに返事をしておく。実際は異世界から転生して来たわけなんだけど、それを面と向かって言ったとして信じてもらえるとは思えない。

 なら、田舎から出てきたばかりを装った方がいいだろう。


 これから冒険者として登録するのに、わざわざ職員に不審がられる言動をする理由はない。

 いや登録できないっぽいんだけどさ。



「なるほど……地方の村ではギルドがありませんものね。

 よくあることですから、恥ずかしがらなくていいですよ」



 俺の返事に納得したのか、お姉さんは慈愛にあふれた笑顔になってそう言ってくれた。

 どうやら俺のことを、田舎から出てきたばかりで何も知らない無知な子供だと思ってくれたらしい。

 間違ってはいないけど、そう思われているのが分かるとすごいショックだ。



「ちょうど今は暇な時間帯ですし、よろしければギルドについて簡単に説明しましょうか?」


「は、はい。お願いします」



 お姉さんの申し出に、奴隷商の時みたいに小さくなって答える。

 この感じ、奴隷商で店主のオッサンに説教された時とおんなじじゃないか。

 美人のお姉さんにマンツーマンで指導してもらえるっていう、言葉だけは極上のシチュエーションなのにちっとも嬉しくねぇ!


 むしろオッサンに説教されてた時よりもいたたまれない気持ちでいっぱいだ。

 後ろで談笑してた人らも、どうやら俺がギルドのことを知らない田舎者だというのが分かったらしく、にやにやしながらこっちを見ている。


 やめろよ! そうやって生暖かい目を向けるな!

 ちくしょうまさか冒険者ギルドでまでこうなるなんて!



「いいですか? ギルドというのは、言ってしまえば街全体の有力者に支援されている団体です。

 依頼もほとんど、街の有力者たちや他のギルドを通して回ってきます」



 人差し指を立てて、先生みたいな口調で喋るお姉さん。

 美人だからそんな仕草もサマになっている……という感想は置いといて。


 なるほど、冒険者ギルドは独立した勢力ではなく、あくまで街の中の一組織という立ち位置らしい。

 日本で言うところの組合みたいなものだろうか。



「ですから、当然依頼を任せる冒険者というのは、身元がしっかりした人でないといけません。

 仮に依頼を請けた冒険者が何か不祥事を起こせば、それはギルドの責任になりますからね」


「だから、冒険者として登録するからには身分がしっかりしていて、犯罪歴の無い安心できる人物でないと無理、と」



 俺がお姉さんの言葉に続けてそう言うと、すんなり理解したことに驚いたのか少しだけ目を丸くするお姉さん。

 もしかして田舎の方だと、教育もあんまり進んでいないのかもしれない。



「理解が早くて助かります。ですから、市民証を持っていないと登録はできないんですよ」


「わかりました……説明ありがとうございます。お手数かけました」



 反論したくても、筋が通りすぎていて何も言えない俺は、お礼と謝罪を告げて、座っていた椅子から立ち上がりお姉さんに背を向ける。

 そのままトボトボと歩き出そうとした俺の背に向けて、お姉さんが「そういえば」と声をかけてきた。


 まさか冒険者ギルドに登録できる裏技でもあるんですか!?

 そう期待して振り返った俺だったが――



「勝手にモンスターの討伐はしないでくださいね。ギルドに所属していない人が討伐した場合、禁固刑になりますから」



 ――そんな淡い期待も、お姉さんの親切心によってあっさりと裏切られてしまうのだった。





◇◇◇◇◇





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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