第3話

「おぉ……」



 めっちゃ綺麗。

 冒険者ギルドのドアを開けた俺の第一印象は、まさにそれだった。


 物があちこちに置かれ、結構汚れているような場所をイメージしていたが、実際には綺麗に整頓されて床も綺麗に磨かれている。

 この町に来た時、服とかを売るために立ち寄った雑貨店よりも、下手したら綺麗かもしれない。


 カウンター席が奥にあり、そこには受付と思われる人たちが五人ほど横並びになっている。

 そしてそれ以外の場所には丸テーブルと椅子が置かれ、俺が着ているのと同じような――つまり一般の人が着るような服の人たちが座って談笑しているのが見える。



「なんか、冒険者ギルドって感じはしないよな」



 そんな風に呟いてしまうくらいには、想像と違う光景だった。

 良く見れば端の方には書類とかを記入するだろう場所もあって、なんというか市役所という方がしっくりくるような気がする。


 俺が想像していた冒険者ギルドは、鎧とかを着込んだ人が大勢いて、冒険者同士のケンカがあちこちで起きて騒がしく、床なんかも汚れ放題という感じだった。


 しかし今俺がいる場所は、話している人たちの声はするものの静かで清潔。

 およそ想像していた冒険者ギルドからは程遠い空間だった。

 

 談笑している人たちだって、体が鍛えられているのは遠目からでも分かるが、普通の服を着ているから冒険者っぽくはない。

 肉体労働をしている人だと言われれば、そうなんだと思ってしまうだろう。



「やっぱ違うんだなぁ……」



 この世界に来てから何度目になるかわからない小説と現実の違いに驚きつつ、小声でそんなことを呟く。

 まあいいか、別に俺だってコワモテのオッサンに絡まれたいわけじゃない。他の人たちも俺のことは気にしていないようだし、とりあえずギルドに登録してしまおう。


 そう考えてカウンター席へと向かう。

 途中、談笑していた人たちの会話が耳に入ってきた。



「いやぁ、前回のホーンシープ討伐は大成功だったな」


「予定していた数の倍だったもんな。あれのおかげで暫く無理に仕事しなくてもよくなったしよ」


「ま、とはいえ腕をなまらせるわけにもいかないし、今度は明後日あたりにどうだ?」



 おお。もしかしたら普通に町の人かと思ったけど、冒険者ギルドにいるだけあってやっぱり冒険者だったんだ。

 会話の内容から今日は休日っぽいし、単純にここで待ち合わせて今後の相談をしているわけか。



「そろそろ俺らも銅から銀に上がりたいし、次はスケイルウルフを目標にしてみるか?」


「なら前衛がもう一人は欲しいところだな。やっぱ俺一人だと後ろに漏らしちまいそうだ」



 やべー、凄いそれっぽい会話してるよ。俺も冒険者になったら、仲間とここでこんな会話するのかな。

 自分が戦えるのかとかは置いといて、想像はどんどん膨らんでいく。渋いオッサン戦士や、同い年の天才剣士とか、そんな仲間たちと討伐するモンスターについて話す俺……いい!


 冒険者としての自分を想像して、俺のテンションは爆上がり。

 ここに入った時はおっかなびっくりという感じだった足取りも、受付につく頃には自信たっぷりなものに変わっていた。



(そうさ、ここで怖気づいてどうする! 胸を張っていこうぜ俺!)



 なにせ俺は神様からチートスキルをもらった男!

 これから冒険者として活躍し、お金を稼いで美少女奴隷とイチャイチャ生活を送る男なのだ!


 そんな男が、登録するためにおっかなびっくり歩いていては格好がつかない。だから俺は、意識して大股で歩いて受付のもとへと向かっていく。



「すいません」



 そして堂々と、若干胸を張って受付に座っていた女性に声をかけた。

 女性は俺が来るのを見ていたので驚きはせず、肩口で短く揃えられた金髪を揺らし、眼鏡を軽く手で持ち上げながら切れ長の赤い目を細めて笑いながら口を開く。



「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ、何か御用ですか?」



 あ、笑うと凄い綺麗。美人度が五割増しくらいになるな。

 年齢イコール彼女いない歴だった俺は、思わず見とれてしまいそうになるがぐっと我慢。

 そしてカウンター席に腰を下ろしながら、お姉さんに尋ねてみた。



「あの、冒険者の登録ってここでできますか?」


「はい、できますよ」



 にこやかに笑って答えてくれるお姉さん。

 その答えを聞いて、がぜんテンションが上がって勢い任せに喋りそうになるが、ここは焦らず一呼吸を置く。

 よし言うぞ、憧れだったあのセリフを……!



「……冒険者として登録しに来ました」



 くぅ~っ! 自分で言っておいてなんだけど、このセリフを言うことになる日がくるとは。

 感慨深くて思わずもう一度言いたくなってしまうが、さすがにそれは頭がおかしい奴なので我慢。

 すると、受付嬢の美人さんは笑顔のまま「そうですか」と頷き、言葉を続ける。



「それでは、市民証を見せてくださいますか?」


「はい! ……えっ?」



 聞きなれない単語に、俺は奴隷商の時と同じようなすっとんきょうな声を上げてしまった。





◇◇◇◇◇





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