第2話
俺がこの世界――ファーブラウ大陸へとやってきたのは数日前のこと。
横断歩道を渡っている時に突っ込んできたトラックに撥ねられ、気付いたら神様と二人きりの空間にいた。
あとはまぁ、その手のテンプレ通りチートスキルを貰って異世界へ転生ってことになったわけだ。
異世界モノの小説は飽きるほど読んできたから、正直自分が死んだって事実よりも、小説で読んで憧れてた展開が自分に訪れたってことへのワクワクの方が強かった。
そして肉体と服や荷物はそのままに、俺はこの大陸へとやってきた。
ちなみに神様から貰ったチートスキルは「瞬間移動」で、俺自身はもちろん半径二十メートル以内なら、何でも一緒に移動させることができる。
移動できる距離も、地図などで場所さえわかればどこでも行けるって言うんだから便利極まりない。
ついでにステータスも全部最高値にして貰って、まさに万全の体制で俺はこの世界に転移した。
神様の計らいで、かなり平和な町――アリエルスの近くに送られた俺。
その後はテンプレ通り着ている服や荷物を全部売っぱらのだが、ここで手に入れた資金が銀貨百八十枚。
この時、店主に「凄いですねぇ。暫く遊んで暮らせますよ」と言われたのが、今になって思うと俺の不幸だったかもしれない。
ここで「遊んで暮らせるだけの金を手に入れた」と聞いて気が大きくなった俺。
生活費として三十枚を手元に残し、残った百五十枚を持って夢だった美少女奴隷を買おうと、奴隷商のある町へと向かったのである。
◇◇◇◇◇
「……それで、このザマだもんなぁ」
俺は途中にあった露天で買ったパンを食べつつ、町の中央にある噴水の近くで腰を下ろしてため息を吐いていた。
確かに相場も調べず、手に入れた金を大金だと思い込み、意気揚々と店に乗り込んだ俺も悪い。
「でもあんな言い方されたら、大金持ちになったと思うじゃんかよぉ……」
しばらく遊んで暮らせる額なんて言われて、大金持ちになったと思わない奴がいるだろうか。
いやね? 今になって思えば、あんなのお客様に対するお世辞というか、リップサービスなんだってわかる。
でもこちとらテンプレ通り異世界にきて、そしてこれまたテンプレ通り衣服や物を売って金にするっていう、その手の小説が大好きなヤツにはたまらないシチュエーションを経験したばかりだったわけで。
そりゃ嬉しくて興奮してるから、細かいことなんて考えられないよね。
「とはいえ、それであんな恥ずかしい思いするとは思わんかったわ」
田舎から出てきたばかりの若者を諭すような、そんな店主の表情を思い出すだけで顔から火が出そうになる。
まあ、もっとデカい失敗をするより先に、現実と小説は違うということを学べたと思えば多少はマシだろうか。
つーかそうでも思わないとやってられない。
「それより問題は、ここからどうするかだよな」
そう。手持ちのお金では奴隷が買えないということは分かったし、相場もどのくらいか分かった。
ならここからどうするかが次の問題だ。お金を貯めて再び奴隷商に向かうのか、それとも諦めるのか。
ぶっちゃけチート能力もあるから、路地裏で奴隷を売ってた奴らをぶちのめして、奴隷の子を助けるのもありかなと思ったりする。
問題になるかもしれないけど、瞬間移動で遠くまで逃げれば何とかなるだろう。
それにそういう展開で女の子に惚れられるってのも、テンプレっぽくていいよね。
「……いや、ないな」
さっき現実は小説とは違うって思い知ったばかりだろう、と自分を戒める。
普通に考えて、誘拐犯とはいえ目の前で人を平然とボコボコにしたヤツに惚れるなんてありえないだろ。
自分に置き換えて考えてみれば、そんなヤツ怖すぎて関わりたいと思えるわけがない。
しかも、ヤバイ病気持ちの可能性もあると店主は言っていた。
俺のチート能力は瞬間移動だから、もし不治の病とかだったらどうしようもない。
仮にどこかの医者に見せるとして、その治療費だってかかるだろう。
どのみち、今の俺ではどうしようもないのだ。
「やっぱ普通にお金貯めるのが一番かなぁ」
奴隷を買うということに、自分でもなぜこんなにこだわるのかは分からない。
やっぱそういう小説を読んで、可哀想な美少女奴隷を救ってあげるというシチュエーションに憧れていたからだろうか。
諦めるという選択肢は、本当にどうしようもなくなった場合以外では選びたくなかった。
となると、何とかしてお金を貯めて再び奴隷商に行くというのが無難な選択肢。
そしてお金を貯めるとなれば……。
◇◇◇◇◇
「やっぱここだよな。冒険者ギルド!」
俺は町の中央から、少し入り組んだ場所にある冒険者ギルドの前へとやってきた。
異世界モノでお金を貯めるといえば、やっぱりここしかないよな。
こうして少し入り組んだ路地裏にあるあたり、なんというか、いかにも俺が小説を読みながら想像していた冒険者ギルドって感じでワクワクする。
きっと中にはコワモテのオッサンたちがたむろしてて、入ってきた俺に「何だあのヒョロそうな奴は」という感じの視線を向けてくるんだろうなぁ。
「ふっ、見た目で判断しない方がいいぞ。怪我するぜ……」
その時のことを想像し、扉の前で少しばかりカッコつける練習をしてみる。
いや、多分実際に同じ場面になったら怖くて何も言えず終わりそうだけど、想像するのは自由だ。
でも本当にコワモテのオッサンたちに睨まれたら怖いから、心の準備をするためにいったん冒険者ギルドのドアから離れて深呼吸。
「しかし、なんかすげー静かだな」
冒険者ギルドといえば荒くれものの巣窟というイメージがあったから、それこそ中で喧嘩とか酒を飲んで大騒ぎしてる声が聞こえてくると思っていたんだが、ドアの向こうからはそれらしい声は聞こえてこない。
それにドアもかなり綺麗で、場末の酒場みたいなイメージを持っていた俺からすると違和感を感じる。
うーん、冒険者ギルドも奴隷商と同じで小説とは違うんだろうか。
そう思っておいた方がよさそうな感じがするなぁ……と思いつつ、ようやく心の準備ができた俺は、いよいよ冒険者ギルドのドアを開いた。
◇◇◇◇◇
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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