異世界転生したので美少女奴隷を買おうとした、とある少年のお話。
ラモン
第1話
「いや、そんな程度の金額で売れる奴隷なんていないよ」
「えっ」
俺は目の前に座っている無精ひげを生やしたハゲ頭のおっさん――この奴隷商の店主である――の言葉に、思わず耳を疑った。
店主と俺の間にある机には、俺が奴隷を買うための予算として提示した百五十枚の銀貨が置かれている。当面の生活費をのぞけば、今の俺が出せる全財産と言えるだろう。
それを自信満々に奴隷商の店主へと提示した結果が、さっきの言葉だ。
ちなみに銀貨百五十枚というのは、この世界の基準で言えば一般市民が半年働いて貯められくらいの額だそうだ。
だから俺も、これなら奴隷なんて余裕で買えるだろうと思ったんだが……。
「えっ、これだめなんですか?」
「駄目だよ。ウチで扱っている女奴隷は、どれも最低でも金貨一枚からが相場さ。兄ちゃん知らないのかい?」
確認するために尋ねてみると、何を当たり前のことを聞いてんだといった顔をされた。
ちなみに銀貨千枚で金貨一枚である。そんな額、ポンと出せるのなんて、それこそ貴族とか豪商とかくらいじゃないか?
「いやでも奴隷ですよね? しかもほら、俺が指名したのはこう……アッチ方面の奴隷ですし」
「オイオイ、兄ちゃん本当に素人なんだな……。仕方ない、教えてやるよ」
俺の言葉に心底呆れたといった表情になった店主は、子供に言い聞かせるような口調で説明し始めた。
「いいかい? ウチみたいな店で扱ってる女の奴隷はな、もともと娼館に売る予定で仕入れてるんだ。
器量が良いのはもちろん、病気を持ってない、こっちの言うことに従順と色んな基準で選んで仕入れてきた奴らさ」
何で俺は美少女奴隷を買うために奴隷商に来ているのに、そこでむさ苦しいオッサンに説教されてるんだろう。
なんだかすごく自分が情けない奴に思えてきて、俺は身体を小さくしながら店主の説明を聞く。
「娼館に売るためには、もちろん健康でなきゃいけねぇ。定期的に医者に見せてるし、風呂だって毎日じゃねぇが小まめに入れてやってる。
そうやって品質管理に金をかけんだよ」
そう言われると、なるほど金貨一枚は妥当な値段に思えてくる。
店主が言うには、奴隷商で扱っている女性の奴隷は基本的に同じくらいの値段が相場とのことだ。どの奴隷商も、同じように品質管理に金をかけているんだから、当然といえば当然か。
あれ、ということは俺ってもしかしてだいぶ恥ずかしいことをしたんじゃなかろうか。
この店に入ってから、ついさっきまで大金に見えていた銀貨百五十枚が、今ではまるで子供のおこづかいに見えてくる。
「兄ちゃんだって、女を抱く以上見た目が悪かったり、病気持ちだったりは嫌だろう?
それに痩せすぎてちゃいけねぇから、食事だってそれなりのモンを与えてる」
「そりゃそうですよね……」
「娼館で働かせるために仕入れた普通の娼婦候補でそれだ、高級娼婦候補ともなりゃ金貨十枚からが相場さ」
途方もない金額を聞いて気が遠くなってきた。
金貨十枚とか、それこそ一般市民が十年は働かずに贅沢な暮らしができるくらいの額じゃなかろうか。
どうやら俺は、この世界における奴隷の価値について大きな勘違いをしていたらしい。趣味で読んでた異世界系の小説ではポンポン奴隷を買ってたから、そんなもんだと思ってた……。
が、そこでふと思った。
こういった店を構えている奴隷商の他にも、ここに来る途中の路地裏で奴隷を売っているのも見かけた。
そっちならもっと安い価格で女奴隷を売っているんじゃなかろうか、俺のこの銀貨百五十枚でも買えるくらいの。
「ああそれと、そこら辺の道端で売られてる奴隷は買わない方がいいぞ」
「えっ」
考えていたことを読まれたのか、店主が真面目な顔で釘を刺してきた。
思わず驚いた俺を見て「やっぱり考えてたか」と大きくため息を吐かれる。なんだろう、俺またなんかやっちゃいました?
「いいか兄ちゃん? あんたは仮にも俺の店を選んでくれた客だ。だから客へのサービスとして忠告してやる」
「は、はい……」
もうなんだかいたたまれなさ過ぎて、俺はただただ下を向いて返事をするしかできない。
ちくしょう、俺はただ女の子の奴隷を買ってあれこれしたいと思っただけなのに、何でこんなことに。俺がどんな悪いことをしたっていうんだ。
「道端で売られてる奴隷なんてのはな、十中八九非合法に仕入れてきたもんなんだ」
基本的に奴隷商の奴隷は、ギルドを通して正式な書面を交わして買われている。
だから購入したかどうかは書面として残るため、奴隷商で売られている奴隷は、全員しっかりと売買証書が残っているらしい。
だが、中にはそうして購入する費用をケチるため、誘拐して無理やり奴隷にしてしまう奴らもいるらしい。
そういう奴隷は売買証書がないので、正規の店では当然ながら売ることはできない。
だから路地裏なんかで二束三文で売り捌き、さっさとおさらばする……というのが常套手段とのこと。
そんなところから奴隷を買おうものなら、非合法だと知っていようといまいと、良くて罰金刑、普通なら牢屋行きになるとのことだ。
「ま、大半はすぐに足がついて捕まるのがオチだけどな」
兄ちゃんが見たことある奴らも、今頃は捕まって縛り首だろうよと自分の両手で首を絞めるジェスチャーをしながら語る店主。
よかった、なんか怖いからって関わらないでおいて。
「それにそういう奴らはロクに奴隷の管理をしねぇからな。
買ったのはいいけど、弱りすぎててすぐに死んじまったり、ヤベェ病気にかかってたりもする」
言われて思い返してみれば、確かに並んでいた奴隷は全員痛々しいくらいに痩せていたし、座り込んで動かない子もいた。
俺はてっきり奴隷というのはアレが普通だと思っていたけど、ここにきてとんでもない間違いだと気付いた。
「兄ちゃんみてぇな物知らずはよくカモにされてんだが、運が良かったなぁ兄ちゃん!」
フォローしてくれているつもりなのかも知れないが、こっちとしてはもう顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
つまり俺は、奴隷に対する知識なんて何もないままドヤ顔で奴隷商を訪れて、全然足りない金額を出して奴隷を買いたいと言ったわけだ。
物知らずってレベルじゃねぇぞ!
「悪ぃこた言わねぇ。奴隷を買いたいならもう少し常識を身に付けて、金を稼いでからにしなよ、兄ちゃん!」
「……はぃ。そうします」
ガハハと豪快に笑う店主に見送られ、俺はがっくりと肩を落としながら店を後にするのだった。
◇◇◇◇◇
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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