第六部 須原、燃ゆ

第一章 駒戦棋 其ノ一

 この一月ひとつきの間、小鉄はうんざりしながら七の宮の土蔵に通っている。毎晩行かなくてはならないので、美藤のもとにも、しばらく行けていなかった。

 土蔵の中には音由と春海がいる。春海の仮面顔にも「うんざり」の文字が浮かんでいる。

 音由は酒を飲みながら、自分の周りに積み上げた薬事書を読んでいるのかいないのか、はらはらとめくっていた。

「何をしてる、早く始めろ」

 音由に言われると、小鉄と春海は小さくため息をつきながら「駒戦棋」の盤を挟んで向かい合って座り、駒を並べる。

 毎晩夜更けまで二人は、駒戦棋こませんぎを指させられていた。

 駒戦棋は盤上で行う国取り合戦の遊戯である。盤上には山河、城や砦、都市などをあらわす印を置く。その場所は指し手が合意の上、または指し始める前に第三者が置く決まりとなっており、この場合、いつも音由によって準備がされていた。

 春海と小鉄はそれぞれ赤と黒の漆塗うるしぬりの駒を手に、ぱちり、ぱちりと交互に駒を進める。

 騎兵駒、歩兵駒、弓兵駒、槍駒、工作駒――それぞれの特長によって進められる方向や、続けて指せる手数が違う。相手の大将を取るか、本陣を崩した方が勝ちである。

 須原国では大人も子供もよく知るこの遊びを、小鉄も音由も、春海に教わるまで知らなかった。小鉄には教えてくれる親がなく、成長してからは娯楽よりも盗賊家業に忙しく、音由の育った胡領ではあまり指す者がいなかった。

 この一月の間、毎晩二、三局指し続けているが、小鉄はまだ一度も春海に勝てていない。小鉄が勝つまで指し続けろと、音由は二人に命じていた。

 九条を都から去らせる、少し前の日々のことである。


 須原には再び危機が訪れていた。

 二年前、密使小鉄によって鋳物師いもじと同盟を結び、騰羽とはを退けた際、碧亥は黒波江くろはえにも密使を送っていた。黒波江との同盟を破るのではなく、穏健派が提案していた、須原、鋳物師、黒波江の三国同盟に持ち込んだのである。調和を重んじる碧亥らしい選択であった。

 結果、春になっても騰羽は簡単には須原に手出しが出来なくなった。手を出せば鋳物師だけでなく黒波江が本格的に参戦してくる状況になったからだ。

 雪戸山せつとざん領は戦になり、鋳物師と騰羽の戦争は局地的に続いた。それでも北東側三分の一の国土を平穏に明け渡しただけで、北の騰羽だけでなく、西の雲城国くもじろのくに牽制けんせいできたのは、戦国の世であるにも関わらず軍力が落ちている須原としては、上々であったと言える。

 しかし、二国の傘に頼り切った平安は、長くは続かなかった。黒波江で王位後継者争いを原因とする内乱が起きたのである。桔花の夫の第一王子に対し、王弟派が戦を仕掛けたのだ。黒波江は他国に構う暇がなくなった。

 この期を見逃さなかったのが、須原の西に位置している雲城国だった。

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