第一章 駒戦棋 其ノ二

 夏の終わり、雲城が軍を調えていると使者を送っても、黒波江からは返事がなく、鋳物師からは「騰羽との戦が激化しているため援軍はすぐに送れない」との返答だった。

 そして返答内容を知っているかのように、雲城は攻め込んできた。

 西側国境付近で耐えてはいるものの、雲城軍が都に雪崩れ込んでくるのは時間の問題であった。


「うん?」

「これは……」

 小鉄と春海が同時に声を出した。

「やったんじゃねえか」

「確かに」

「音由! 勝ったぞ!」

 小鉄も春海も、ようやくこれで駒戦棋から開放されると互いにほっとして息をついた。音由が盤をのぞき込むと、赤い駒が三つ、春海の守る本陣、城の印に詰め寄っている。

「赤が小鉄か。へえ、今回はなぜ勝てたのだ」

「あにさんはどこか真っ直ぐすぎる。そこで俺は今回、戦ではなく盗みに入る方法を考えたって訳よ」

「なるほど。確かに隙を突かれ、別の隊に気をとられている間に裏をかかれました」

 表情は変わらないものの声に安堵をにじませ、春海が素直に負けを認めたところで、音由が言った。

「よし。小鉄、あと三回勝て」

 二人がぎょっとして音由を見る。

「その盤ではなくて、この上で戦え」

 そう言って奥から持ち出してきて二人の前に広げたのは、都の地図であった。通りの広さや目印になるような建物の大きさが、精巧に描かれている。その上に薄墨うすずみで駒戦棋用の升目が書かれていた。

「あにさまは鹿央宮を本陣として守れ。小鉄は軍を率いて攻めろ」

 ただの気まぐれや遊びではなく、にわかに現実味を帯びた命令に、小鉄が尋ねた。

「音由、そろそろお前の頭の中にある策について説明してくれ。都で、戦をするってのか」

「戦ではない。小鉄とあにさまで、戦をしているふりをしてみせるのだ」

 と言って、にやりと笑った。

「戦のふりで、俺は傾国になる」

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