第三章 春海 其ノ二

 春海は九条に呼ばれ、音由の部屋の中に入った。九条は音由を長椅子に寝そべらせ、湿布を変えている。ずり下がった着物から見えている肌は、畑仕事で日に焼けた手足と違って透き通るように白い。

「触るな、痛いって!」

「我慢なさいませ」

 春海は入口近くに立って、指示があるのを待つことにした。

「どうせ手当てしても、九条が帰ったら、俺は娘を王家に売りそこなった奴らに殺される」

「売るのではなく、おさめるのです。ご心配なさいますな、近衛が半分残ってお守りいたします」

「その近衛がこんなふうにしたんだろう。まさか昨夜の奴らも残るのか」

「ええ、昨夜の吉備津殿が、奥の宮警護を統括する衛兵長です」

 それを聞いて、音由は湿布を貼る九条の手をよけて、起き上がった。

「おい、ばばあ。てめえは俺を殺したいのか」

「脅しておきましたから。どうか、都に着くまでの辛抱です」

 辛抱する程度で済まされるだろうかと、春海も疑問に思う。音由の腫れ上がったわき腹や、あちこちが赤黒く変色している細い体を見て、いっそ妃にはなれない体になってしまった方が楽なのでは、とすら思う。

「奥の宮に入られましたら、信頼の置ける近衛をご紹介いたしましょう。その中から、音由様を生涯お守りする警護長をお選びなさいませ」

「俺なんかのおりにつきたい奴、いるの」

「ええ。第七妃様の専任警護長です、名誉ある任を希望する者がおりますよ」

 そのような者、いるはずがなかった。

 警護長になれば中将だが、警護する王族に権力がなければ名ばかりだ。男妃など、お祭り騒ぎをして民を笑わせるためだけの存在であり、警護長に任ぜられれば近衛兵としての生涯をどぶに捨てさせられるようなものだ。そしてなぜか、男妃はいつの世でも皆、短命であった。

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