第三章 土蔵会議 其ノ二

「全員覚えているか」

「ああ。覚えている」

「五十人の中に、買ったけれど抱かなかった女は、いたか」

「やる気がえた女か」

 うん、と音由はうなずく。

「いたな」

「どんな女だ」

「臭い奴」

「他には」

「怪我をしていた奴」

「他には」

「酒を飲んでいるうちに泣いた奴」

「他には」

「そのくらいだ。でもなあ、金があったし毎晩のように女を買ったからかもしれねえ。女に飢えていたら、どいつも抱いただろうさ」

「……臭いと怪我は侍女に囲まれているから無理だ。泣き落としは……碧亥あおいの性格にもよるな……」

 何故、小鉄に「女を買え」と大金を渡して放ったのか。その理由をこの二月の間で何となく、小鉄は察していた。

 本当に戻るとは思っていなかったかもしれない。だが、近衛兵に囲まれ、奥の宮に入ったら死ぬまで出られなくなる身としては、行きたい場所に行き、見たいものを見、知りたい事を知る、自分の手足が欲しかったのではないかと思った。

 小鉄には、夜の庭で自分に向かって声を震わせた少年が、強い言葉とは裏腹に泣いているように見えた。

 おりの警備兵と化粧師けわいしの前では、甘えているような言動とは反対に、すさんでいるように見えた。

 年貢姫になどなりたくないと、訴えているように見えた。

 お宮入り行列姿は「嘲笑ちょうしょうは受けない、男であることを捨てはしない」と叫んでいるように見えた。

 最後に門前で振り返った様子は、宮の外の世界に必ず戻ってくると宣言しているように見えた。

「おい、お前は、その……まだ、なのだろう?」

「何が」

「……だからその、国王との床入りは、まだなのだろう」

「ああ、まだだ。会うのも床入りも一月後だ」

 王と新しい妃の対面、そして王が夜に奥の宮へ「お渡り」するのは、側室妃がお宮入りしてから三月後とされていた。

 表向きは、妃が王宮での暮らしや王族としての振る舞いに慣れるためとされているが、実際のところは王宮側が新しい妃を吟味ぎんみする期間と言っていい。

 お渡りまでは残り一月。音由は碧亥と同衾どうきんせずに済む方法を考えており、国王を花街の客に見立て、小鉄の話を参考に追い返そうというのだ。

「そもそも、国王は男好きなのか。他の側室妃はみんな女だろう」

「それがどうしてもわからなかった。侍女たちも近衛兵もそういった噂は聞いたことがないそうだ。でも俺は今、九条に男同士のありとあらゆることを教え込まれている」

 音由は盛大せいだいに嫌な顔をする。ここでようやく小鉄は、音由には男色の気がないのだと知った。

 国王の千治せんじ碧亥あおいは二十五歳。十年連れ添った二つ年上の正妃せいひ桂晶けいしょうと、五人の側室妃との間に子はいない。

 ――陛下には子種がない。

 国中の誰もが、口にはせずともそう思っている。

 碧亥には妹が一人いるだけで、男子の兄弟はいない。六人の妃とその親族一同に、千治家の遠縁筋を担ぎ上げようとする新たな勢力が加わり、後継者争いがいつ明確な形で燃え上がってもおかしくない状況にある奥の宮に、音由は放り込まれた。

「……しかし、ここまで男色の噂がなかった王がお前に手をつけたら、お妃全員の面目が丸つぶれだな」

 ぼそりと言った小鉄を、音由がにらむ。

「それは俺のせいか? もともと両刀なのかもしれないじゃないか」

「世間は簡単に国王が男色好きとは認めねえよ。お前のせいになるだろう」

「ふん。他のお妃の面目や世間のことなど知るか。俺は、俺の尻を守る」

「そうは言ってもよぉ、お前、あの行列はやりすぎたぜ」

 お宮入り行列の音由の美しさは、未だに世間をにぎわしている。着物や髪形の流行も続いていた。

「だって、国中の笑い者になって語りがれるなんて嫌だったんだ!」

「笑い者にはならない、でおさまってねえんだよ。音由なら抱けるって、男もみんな言ってるぜ。王だって、噂を聞いてその気になってるかもしれねえぞ」

「……嘘だろう?」

「嘘じゃねえよ、『女々しい男じゃないからこそ抱ける』って言われているんだぞ、お前」

「……まさか、お前もか」

 音由がわずかに後ずさりする。

「お前、そのためにここへ来たのか」

「馬鹿、俺は女しか抱かねえよ」

 音由はまだ、疑いの目を小鉄に向けている。しかしここで小鉄は二月ふたつきの間、疑問に思い続けていたことを口にした。

「だいたい、客である俺が買った女に対して思うことと、王が側室妃に対して思うことと、違うんじゃねえのか」

「似たようなものだろう、王家は俺の家にとんでもない支度金したくきんを出したのだぞ」

「王家じゃねえ、問題は碧亥だ。碧亥は金を出してお前を買ったとは思っていないと言っているんだ。お前は胡領こりょうの年貢だろう」

「うう……一理あるな。くそう、盗賊のくせに」

 さくの甘さに、第七妃であろうと所詮は自分と一つしか歳の変わらないやからなのだと思う。

「お前の尻を守るために必要なのは、奥の宮の妃をいつでもどれでも好きに抱ける碧亥を好きにさせない方法だろう」

「女を好き放題に抱けるんだ、近い、と思ったのに……」

「買うのとあてがわれるのは、全然違う」

 小さくうなった音由が、ぽんとひざを叩く。

「いや。いるぞ。いつでもどれでも好きな女を抱いている奴が。あいつに、手を出さない、出せない女について聞いてみるとしよう」


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