第三章 土蔵会議 其ノ一
音由のお宮入りから一月半後の、とある昼過ぎ。
小鉄は奥の宮門の、通用口の扉を叩いた。出て来た衛兵に、音由の使いだと伝えると、春海が迎えに来た。縄を引いていた時はちらりとも小鉄を見ようとしなかったが、ここでは小鉄の姿を認めると何か言いたげに数秒、小鉄を見ていた。
「……中にいる方々の姿を直視してはならぬ。私の背中だけを見て追ってこい」
そう言われ、後をついて奥の宮の中に入ったが、春海の背中だけを見ているのは不可能だった。
小鉄の知らない世界が開けていたからである。
磨き上げられた鏡のような池は、高くなった空の青さと、周囲に植えられた木々の緑を映している。近くを歩いた際に
池の幅が狭められた場所には、石造りの
遠目に見えた、長い
池の向こう、塀で囲まれた敷地の中央に大きな真白い御殿がある。
その隣には
奥の宮の建物は全て、壁だけでなく屋根の隙間までが
奥の宮全体の明るさと西側の高い白壁に対し、東側は黒みの強い石垣、その上には漆黒の
奥の宮はまるで、険しい山の
西側の御殿の一つが、七の宮として音由にあてがわれていた。小鉄はその側に建っている土蔵に案内された。鍵を開けた春海に
「中で待っていろ」
と言われ、分厚く重い扉の向こうに足を踏み入れると、春海は扉を閉じ、外から鍵をかけた。
土蔵の中に積み上げられた大小のつづらや木箱を見て、小鉄は「お宝の山の中に盗賊をぶち込んでどうする気だ」と
保存用にあつらえられた箱を見ただけで、一人として生きてはいない兄貴分たちが見たら、大騒ぎするであろう品々ばかりだとわかる。全て、音由のお宮入りの際に、貴族や豪商から贈られた品々だった。
一番手前の小さな木箱の蓋を開けてみると、
外でのさばる残暑を忘れてしまう程に、しんとした空気が心地よかった。天井近くの小窓から差し込む日差しは遠慮がちで、薄暗さが小鉄を包んでいる。
――要するに、場違いな俺はこの中に隠れることができて、ほっとしているのか。
そう気付くと妙におかしくなったが、そのまましばらくの間、小鉄は昼寝を楽しんだ。
ぺちり、と額を叩かれて目を開けると、薄暗さが夜闇になっていた。
黒々とした音由の瞳が、小鉄を不思議なものでも見るかのようにのぞき込んでいる。小さな
「お前、何故来たのだ」
首をかしげながらたずねる音由に、やれやれと体を起こしてあくびと伸びをしながら答える。
「お前が来いと言ったのだろうが」
「言いはしたけれど、まさか本当に来ると思わなかった。何故逃げなかった」
「逃げたら、あのおっかねえあにさんが俺を
「春海あにさまは俺の護衛だ、お前を殺しになんか行く訳ないだろう」
「そんなことはわかってるさ」
「おかしな奴だなあ。どうしようもない
音由はあきれかえって、お宮入り行列の時とは別人のような表情を浮かべた。
小鉄も、自分で自分を阿呆だと思う。
「お前の言うとおり、女を買い続けて二月、金はきれいに使いきったぞ」
「へえ、そうか」
音由は小鉄の側に座り込んだ。二月前の夜の庭での表情とも、女を買えと言った時とも、やはり別人のように見える。
小鉄と一つしか変わらぬ、ただの十七歳の少年がいた。
表情や雰囲気がころころと変わるのは、小鉄が様々な職や土地の者に化けるのとは違って、どれも音由本人なのだと思う。相手によって、場所によって、音由は自分の中の違った表情をごく自然に使い分けているのだろう。
「それで、合計何人の女を買った」
「ざっと五十人」
音由のお宮入り行列を見た後、小鉄は都を出て、音由に放たれた町へ戻った。近隣の花街を転々とし、再び都に戻り、合計すると都の外で一月半、都で半月、音由に言われた通りの日数を女を買いながら過ごし、奥の宮を訪ねたのだった。
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