第二章 お宮入り道中 其の三

 自由に使える金がある。

 となれば命じられるまでもなく、小鉄は花街はなまちで女を買い、酒を飲み、美味い物を食べ、遊んで過ごした。

 だが、髪や頭巾で隠しても片耳がないのは、床ですぐにばれた。

 閻魔えんまくじ上がりの者であるのに金払いがいい、といぶかしがられるので、自然と店も街も転々とすることとなり、気に入った女がいても長く入れ込むことはできず、高い女のいる店では一見いちげん客は断られる。

 自然と音由の言いつけ通り「高すぎず安すぎず、街々で」となるのが、妙に腹立たしかったが、奥の宮へ行く気などはさらさらない。手にした金で初めての都見物でもしてから、春海が追ってこられない異国の彼方まで逃げてやろうと考え、「一月半かけて」という音由の命令を無視して十日後には須原国すばるのくにの都、鹿目かのめきょうに着いていた。


 長く長く続く、牛車が何台も通れる幅の通り。その両端には店が建ち並び、威勢のいい客引きの声に人々が足を止める。看板の字が読めない小鉄は何を売る店なのかわからず、好奇心から次から次へとのぞき込んでいった。

 飯屋や茶屋、大きなたるおけいっぱいの米や豆、酒、反物たんもの、小間物、生活に必要な物で手に入らない物はない。路地に入れば家々が並び、野菜、魚や肉売りが品物を担いでよく通る声を長く響かせる。

 都全体の人の多さと熱気が小鉄の心を躍らせた。これまでの盗賊としての日々がいかに小さな世界での暮らしだったのか思い知らされる。盗賊の頭、赤銅の「須原の王になる」という言葉を思い出すと滑稽こっけいにすら感じた。

 やや北寄りに、須原国王の宮「鹿央宮かおうきゅう」が建っているのがどこからでも見える。

 都に向かう途中の茶屋で、女将に

「都で迷子になったら、あおい陛下のお住まいがどっちに見えるかを確認するといいよ」

 と、教えられた通りだ。本宮の屋根は黒瓦、壁は下見板がくっきりとした黒漆で塗られている。

 しかし小鉄にとっては王の住まいよりも何よりも、花街のあでやかさは格別だった。店々の軒先は小さな提灯ちょうちんがいくつも吊され、三味線を鳴らしながら歩く流しの唄の拍子に、女達が客を呼ぶ猫のような声が絡む。大きく緩い朱格子の向こうに見える女は皆美しく、街を歩くだけで天国に来たような心地となった。

 着いた初日、ふわふわした心地で選んだのは美藤みふじという名の、伏し目がちだが呼び声の優しい女だった。年は小鉄の一つ上だと言う。部屋はほんのりと香がかれており、白粉おしろいの匂いすらもどこか、田舎町の女に比べると垢抜けているように感じた。

「お兄さん来たばかり? じゃあ、お宮入り行列見ていくんだ?」

「何だそりゃ」

「知らないで都にきたのかい。都中の人がみんな一斉に大通りに集まる位の見物だよ。あたしの代わりに見てきておくれよ」

「一体何の行列だ」

「国王陛下の七番目のお妃になる姫様が、奥の宮にお入りになる行列だよ。まあ、今回は男姫様らしいから、みんなきれいなお姿拝みに行くんじゃなくて、女の格好させられた男を眺めて笑い者にするんだけどね」

 と聞いて、小鉄はようやく、音由が奥の宮に入るのに行列が組まれ、都を上げての盛大なお祭り騒ぎになるのだと知った。

「ちょっとかわいそうだけど、どうしたっておかしくてみっともないことになるらしいよ。男姫様っていうのは、そうやって都の民を楽しませるためにお妃になるんだって」

「男だからって、王家の嫁に入る姫を笑いものにして、大丈夫なのか」

「王家もそのつもりで迎えるんだそうだよ。まあ、本当のお妃になるんじゃないもの。お子が生まれる訳じゃあるまいし」

「じゃあ何だ、男姫ってのは笑いものになるためだけに、死ぬまで出られねえ奥の宮に入るのか」

「二十年前の男姫様の行列絵を買ったんだけど、見る?」

 元の絵は二十年前に描かれたものだそうだが、男姫のお宮入りが決まってから再びられ、店頭に並んでいるらしい。花街へは女達を相手にする物売りが持ち込むのだそうだ。

 絵の中央には牛車、そこから一人、王宮へ向かって歩く者が描かれている。

 紅梅や朱色の派手派手しい着物の袖から出た手が、やけに大きい。髪は女結いで、被った傘から流れる軽薄けいはくな桃色の垂れ絹は風にあおられ、めくれ上がっている。中から見えているのは明らかに男の顔で、白粉がはげ、目には涙を浮かべていた。

 大通りの両側を埋める見物人はみな、男を指差して笑い転げている。

 ――これを、あの音由が。

 あの細身の体に馬鹿げた着物を着せられて、嘲笑ちょうしょううずの中一人で宮に入っていくのかと思うと、やりきれないような気持ちになった。

「……ああ。見てやるよ」

 いつの間にかに小鉄はそう、呟いていた。

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