第二章 お宮入り道中 其ノ一
水の入った木桶を抱えた小鉄がふと我に返ると、少年はいなくなっており、代わりに例の若い兵が小鉄の前に
土間へ連れて行かれ、粥を与えられ、風呂に入れと命じられ、垢と泥と、傷に気をつけながら髪にこびりついた血を落とし、こざっぱりとした木綿着を与えられ、屋敷の奥の間へと連れて行かれた。
「失礼いたします」
兵がするりと
部屋の片隅には、小さな
火の光は、月明かりと違い、影を
身のほとんどが影に
「また、そのようなお姿で――」
兵が慌てたように少年に歩み寄り、寝衣を調え、床に落ちていた着物を羽織らせる。
「九条殿がお着きになりました。この者は、いかがしますか」
少年が兵の
「そこに座っていろ」
わずかに眉をひそめた兵に、少年が言う。
「いいでしょう、春海のあにさま。外で飼うけれど、出入りもさせるから九条に見せる」
春海と呼ばれた兵は、小鉄に部屋の隅にいるようにと
「飼うのが外では、逃げやしませんか」
「逃げたなら、あにさまが斬り捨ててくれるだろ」
「それはもちろんですが……」
答えながらも、春海の無表情には再び不機嫌さが加わる。
「――失礼します……」
柔らかく、しわがれた声がして、襖が開いた。
細身の小さな老婆がすっと入ってくる。小さな道具入れと、盆に載った茶器をひと
「
老婆が深々と頭を下げた後、わずかに、不自然な沈黙があった。返事をするべき音由と呼ばれた少年を盗み見ると瞳に、
しかし音由は、目の色とは裏腹に
「……九条、よく来た。くるしゅうない――で、合っている?」
沈黙は一瞬にして、言葉を探していた
「ええ、ええ、上手にお返事されました。ですが、そのお姿はいけません」
上半身は先程より整っているものの、片方の膝を立て、その上に顎を乗せているので、挨拶の言葉と姿がまるで一致していない。
「九条の他には春海のあにさまと小鉄しかいないんだから、いいだろ」
九条が首を振る。
「いないのだからよいでしょう」
「……いないのだから、よいでしょう」
そっくり真似をして返した音由に、九条は再び首を振る。
「いけません。だらしのないお姿の時に、陛下がお渡りくださったらいかがします」
「……どうせ全てお脱ぎになるのだから、陛下も今宵は早く……お……おくつろぎになりませんか、と聞いてみる」
「おうかがいしてみる」
「……おうかがいしてみる」
「
九条は春海が気持ちだけ整えた着物をしっかりと着せてゆく。音由は不満そうに小さく息をつきながらも、されるがままになっていた。
「今夜ここに王が来て
「今宵が初夜でもよいように
「練習って言ったって、一人で寝るだけじゃないか」
「では春海殿か、買ったというその者に、練習のお相手をさせますか?」
「いやだ」
「では、お一人で寝る際も身なりを整えて下さいませ」
粥だけではまだ空腹でめまいがしそうだが、小鉄はようやく、少年が何者なのか気付いた。
――こいつは、
須原国ではごく
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