第7話



 小学生も高学年になった。昭和五十年代後半、西暦では1980年台へと突入した頃。……全くの余談ではあるが、当時二千円前後の商品が、何故だかセールで1980円でよく売られていた記憶が子供心に印象深く残っているのは、気の所為なのだろうか? 消費税や切りの悪い数字の値段というものがあまり見られなかった時代に、何故かあの価格設定だけはよく目にした様な気がするのだが……。


 ――閑話休題


 小学五年生になった私に学校での変わったことと言えば、クラス替えが行われた。私の通う小学校では5年生までは毎年クラス替えが行われ、そのまま卒業まで変更がない。理由や詳細は分からないが、そう言う決まりになっていた。そして団地ごとに通う集団登校でも班長のような者になって、引率する立場へ昇格。……とは言っても、登校時に先頭か後方について、間のちびっこ達の面倒を見るだけだったが。偶に団地内で出る体調不良の子の休み連絡などもしたような記憶もある。――あとは、よく寝坊するこの家に迎えにも行ったっけ。学校行事では、大きなもので言うと『林間学校』がある。


 ……そう、親元を離れ、学校の人間だけで初めての宿泊を伴う旅行のような物。


 当時の私が通う学校地域では、林間学校の宿泊先と言えば「高野山」だ。もう詳しいことは忘れてしまったが、目的地まで大型バスに分乗し、とんでもない山奥に連れて行かれたという印象がある。宿泊したのはどこかの大きな寺のような場所で、クラスごとに大部屋、男女に別れて布団を敷き詰めて雑魚寝。夜間巡回の先生に起こされ、トイレに行く際「あんたすごいイビキだね」と言われ、初めて自分はいびきを掻いて寝る人間なんだと、ショックを覚えたのははっきりと覚えている。何しろその事はクラスの皆が知っており、帰ってからもその事で誂われたから。……言うまでもなく、そう言って笑ったやつはよく鼻血を出して私の前で泣いていたけれども。


 そんなこんなで悔しかったり、ショックもあった小学五年生。遊びも少し変化が起きる。実際にはその少し前からは起きていたが、爆発的な人気はやはりそのアニメのせいだろう。


 ――機動戦士ガンダム。


 本放送、と言うか、リアルタイムではもう少し早かったのだろうが、私の住んでいた大阪地域ではこの所謂「ガンダム」は夕方放送の『再放送』で知った。それまでは特撮のウルトラマンや仮面ライダーなどが勧善懲悪のヒーロー的存在として子供達の心を鷲掴みにしていたが、(ちなみに私は何故かワンセブンにハマっていた)このアニメはその全てをひっくり返すほどに衝撃的だった。今でこそその内容を把握し、咀嚼して戦争に対する忌避や人のエゴだの何だのと理解できるが、当時、まだ本当に子供だった私にストーリーなんかは全く理解不能だった。……にも関わらず、このアニメが爆発的人気を得た理由。


 ――毎回色んなロボットが出てきてスゲェ!


 だった……。毎週、何かしらの新たな『モビルスーツ』が出現し、爆発し、燃える。まさににそんな燃える展開が、子供心にワクワクが止まらなかった。そして何より、このアニメが今もなお様々な形で愛され続けるのに一役買っているのは『プラモデル』の存在が大きいと考える。昨今、ガンプラの新作と言えば転売がどうの、品薄商売がどうのと話題に事欠かないが、リアルタイムの昭和時代はそんな生ぬるいものではなかった。当時、プラモデルを扱う玩具屋は当然のごとく『販売』をしていたし、何ならその抱合せ商品の方が高額だったりと、信じられない販売方法が横行していた。私もよく、三百円シリーズのプラモデルにつけられた『宇宙戦艦大和』のガミラス艦隊を苦々しく思った。パクリ商品もものすごく、『ガンガル』『ガンゲル』『ズク』……それこそ、実物を知っている人間が見たら「何だこれ!?」と思うような物が普通に本家と一緒くたに販売されていた。


 そんな事もあり、私達の間ではガンダムが空前のブームとなり、劇場版が公開されると、日々の小遣いをためても足らず、母に何度も懇願したのだが「マンガはテレビで見れるでしょう!?」と言われ、1,2は観に行けなかったのだが、3だけは家の手伝いと父へのゴマすりによって、観に行くことが出来たのだ。


 

 ――それは生まれて初めて、友人達だけで遠くに出掛けた、今でもはっきり覚えている大切な思い出の一つ――。


 その朝はいつもより早く目が覚めた。時計を確認し、昨夜のうちに準備したリュックを開くと、中には真新しい財布が見える。今まで小遣いは、半ズボンのポケットに入れていた。まぁ、毎日小分けでもらっている小遣いだ、五十円と言う硬貨一枚を、わざわざ財布に入れて持ち歩く必要もない。……大体、その硬貨一枚握りしめて駄菓子屋に向かえば、一瞬で消えてなくなっていたのだから。プラモデルを買うときなどは、母に小遣い自体を預け、買いに行くときにだけ貰っていたのだ。


 その財布は開くときにバリバリと音を立て、開くと上部に札入れが有り、中側に同じ様にマジックテープで小銭入れがあるという、当時誰しもが憧れてやまなかった『バリバリ財布』だ。その札入れを覗くと伊藤博文が三人「何を見ておる?」と言わんばかりにこちらを見返し、小銭部には百円硬貨が五枚、チャリチャリと音を立てていた。


全ての準備を終えて、玄関から飛び出すと、曇天の空に降りしきる霧雨。最終学年に上がる前の小学生最後の春休み、小さな冒険の始まりの朝だ――。


 児童文学の始まりのように書き始めた所で、目標文字数に到達したため、続きは次回へ……。


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