変な医師

増田朋美

変な医師

その日は、なんだか秋というより夏になってしまったような、そんな暑い日で、かといったら夜は少し寒くなってしまうような一日だった。なんだか今年はいつまでも暑いというか、そんな日が続いていて、確かに体調を崩してしまう人も居ることだろう。そういうわけで病院はえらく繁盛するのであるが。

「はあなるほど。このあたりで、呼吸器内科を掲げている病院ねえ。」

杉ちゃんは腕組みをしていった。

「そうなると、桜坂クリニックや、現田坂クリニックとか、そういうところが良いのではないかなあ?それよりまず先に症状は?」

「ええ、一週間も咳が続いているので、一度病院で見てもらったほうが良いんじゃないかって水穂さんが言うものですから。でもねえ。あたし、医者は苦手だしなあ。それに、桜坂も現田坂も、皆駅から遠いじゃないですかあ。」

と、その女性、つまり土橋常子さんは言った。

「そうだなあ、タクシーで行くにしてもちょっと手間かかるよね。それなら、野々村は?最近新参者としてできたクリニックでさ。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ああ、あそこですか。あそこの先生はちょっと苦手で。だって馬鹿笑いはするし、変な冗談ばっかり言うから嫌だって口コミサイトには書いてありましたよ。」

と常子さんは答えた。

「でも、馬鹿笑いしてくれるんだったら良いんじゃないの?」

杉ちゃんが言うと、

「そうですねえ。あたしはああいう先生はちょっと苦手で、、、。」

常子さんは、申し訳無さそうに言う。

「そういうことなら。」

と用事があって戻ってきたジョチさんが、二人が話していた製鉄所の食堂にやってきた。

「医療コーディネーターの方に相談してみたらいかがですか?もしかしたら、僕たちが知らないけど、いい病院を探してくれるかもしれませんよ。」

「医療コーディネーターって、近くに居るんですかね?」

杉ちゃんが急いでそう言うと、常子さんはスマートフォンを出して、すぐに調べてみた。

「ああ確かにいますね。須磨あゆ子医療コーディネーター事務所。ああ、ここからすぐじゃないですか。それなら、すぐ予約取って相談できるかも。行ってみます!」

と常子さんは行った。

「でも、一人で行くとなにか言い含められるのはこわいな。」

「ああ、そういうことなら、僕が行く。」

こういうとき、杉ちゃんの存在は良いことであった。医療従事者の暴走を止めるのに、いい感じの人材である。そこで、常子さんは、相談の予約をインターネットで取って、翌日でかけてみることにした。

翌日。二人は、タクシーに乗り込んで須磨あゆ子医療コーディネーター事務所に行ってみる。5分もかからない、いい場所にあった。多分自宅を改造して事務所にしているのだろうか。事務所は、出窓がある部屋になっていた。もちろん、車椅子の杉ちゃんでも入れるようなスロープもちゃんとある。二人が、玄関ドアの前に立って、杉ちゃんが呼び出しボタンを押すと、

「はい、どんな御用でしょうか?」

と、明るい声が聞こえてきた。

「はい。僕らは、ちょっと病院の事で相談に来ました、影山杉三と、土橋常子さんです。」

と、杉ちゃんが言うと、

「どうぞお入りください。」

と言ってドアがギイと開いた。そしてまだ30代くらいの若い女性が杉ちゃんたちを出迎えた。女性は、医療コーディネーターの須磨あゆ子と名のり、常子さんと杉ちゃんを椅子に座らせて、まず初めにどんな事で相談に来たのか聞くと、

「いやあ、こいつがな。一週間咳が続いているので、ただの風邪じゃないかもしれないって思ったので、もっと専門的な呼吸器内科で見てもらおうおって言うことになりましてな。それで、富士市内でどこか良いクリニックはないか、それを相談に来た。」

と、杉ちゃんが概要を説明した。

「そうですか。一週間咳が止まらないそうですが、どんなときに咳が多いかな?」

あゆ子さんがそう言うと、

「はい。特に布団で寝ようというときに限って咳が酷いんです。最近暑かったり寒かったりするから風邪だと思っていたんですが、どうもそうじゃないのかなと思って、呼吸器の専門の先生に見てもらおうと思いまして。」

と常子さんが言った。

「わかりました。じゃあねえ、この富士市で呼吸器を専門にしている先生ですと、そうだなあ、竪堀の野々村先生はどうかしら?」

「野々村?でもそこは変に笑われたり、冗談をいったりして、バカにされるって口コミサイトに書いてありました。だからちょっと不安ではあるんですけど。」

常子さんが不安そうに言うと、

「いいえ、そのようなことはないわよ。確かにいろんな評判はあって、とっても個性的な先生だけど、ちゃんと必要があればおくすりを出してくれますし、しっかり見てくれますから、大丈夫です。不安であれば私が付き添ってもいいですよ。それも医療コーディネーターの仕事ですからね。」

とあゆ子さんは言った。

「そうですか。本当に、笑われたりしませんでしょうか?」

と、常子さんが言うと、

「まあ笑われるとは思うけど、面白いし、しっかりしている先生です。もし、なにか変な事言うようであったら、私が止めますから大丈夫。一緒に行きましょう。」

あゆ子さんはにこやかに言った。

「じゃあこれで決まりだね。にこやかにいってこよう。」

杉ちゃんに言われて、交渉は成立した。三人は、野々村クリニックに行ってみることにした。

そういうわけで、杉ちゃんたちは、野々村クリニックに行ってみた。病院という感じがしない、小さな家に診察室がついたような感じの病院で、テレビに出てくる昭和レトロな家のようだった。その代わり、障害のある人のために、スロープもちゃんとあるし、段差も何もない。可愛い感じの病院だ。でも看板にはちゃんと呼吸器内科と表記されていたので、病院とわかる。とりあえず3人は、待合室に通された。予約制ではないのに、人はいなかった。

「土橋さん診察室へどうぞ。」

と看護師に呼ばれて、三人は診察室にはいった。診察室には、カルテをうつパソコンを設置している机に向かって、野々村先生が座っていた。多分、70代前後の老医師で、頭は真っ白だった。

「本日はどうされましたか?」

と優しそうにいってくれた。

「はい。咳が一週間ほど止まらなくて、特に眠っている間に咳が出るので、だから、しっかり呼吸器内科で見てもらったほうが良いと思ったんです。」

と、常子さんは言った。

「そうですか。じゃあまず、レントゲンを撮りましょうか。」

と言われて、常子さんはレントゲン室へ行った。すぐにレントゲン室へいって写真を撮ってもらった。そしてまた数分待たされてまた診察室へ行くと、

「はい、そうですね、肺には異常がなくてきれいな状態です。おそらくですが、風邪を引いたときの後遺症と言いますか、それが残ってしまっているのでしょう。もしかしたら自律神経の影響もあるのかもしれない。そういうことなら、漢方とかそっちのほうが良いかもしれません。いかがですか?」

と、野々村先生は、漫才師がツッコミするみたいに言った。

「そうですか。それではあたしは、どうしたら良いのでしょうか?」

と常子さんが聞くと、

「はい。とりあえず漢方で自律神経の調子を整えましょう。それがおそらく体に影響を与えている可能性がありますよ。漢方なら副作用も少ないし、有害なものではありません。多少効き目は遅いけれど、それが帰って良いこともある。薬は異物と呼ばれていますからな。それを結構気にする人も居るみたいですしね。」

野々村先生は、にこやかに笑った。

「そうなんですか。じゃああたし、それでやってみます。漢方も何も知らないですけど、よろしくお願いします。」

「はいわかりましたよ。なんでも、困ったことがありましたら、いつでも相談に乗りますから、また来てね。」

常子さんがにこやかにそう言うと、野々村先生は、良かったという顔をしていった。

「じゃあ、うちは医薬分業にしていないので、受付で薬をもらって帰ってください。何かあったらまた来てね。」

野々村先生は、常子さんたちにもう帰るように言った。

「野々村先生。」

と、あゆ子さんが小さな声で言った。

「私の事、覚えてらっしゃいますか?」

野々村先生は答えなかったが、あゆ子さんは何か野々村先生に思いがあるようであった。とりあえず、杉ちゃんや他の人がいたので、野々村先生も、あゆ子さんも何も言わなかったけど。

「個性的で、面白い先生だったなあ。」

と、杉ちゃんが言うと、

「確かに豪快な先生で、あたしもびっくりしたわ。」

常子さんも言った。

「まあ良いよ。とりあえず漢方薬をもらって、帰ろう。」

と、杉ちゃんが言うと、受付から土橋さんという声がしたので、常子さんは受付に行って診察料と、薬代を払った。そして、紙袋にはいった、薬の袋を受け取った。

「ありがとうございます。こちらで呼べるタクシー会社を教えていただきたいのですが?」

と常子さんが言うと、

「はい。こちらになります。」

受付は、番号を書いた紙を彼女に渡した。そして、次回の予約はどうしようと言うので、常子さんは、来月にお願いしますといった。それを聞いて、あゆ子さんの表情が曇る。常子さんがタクシー会社に電話して、一台頼みたいとお願いしたところ、数分でこちらに来てくれるということであった。三人は、急いで、クリニックの外へ出て、待たせてもらうことにした。

「はあ、ちょっとおっちゃらけてて、不安だったけど、でも薬出してくれてよかった。まあ試しに飲んでみましょう。」

常子さんが言うと、

「まあ、たしかにそうですね。確かに声が大きい、良く笑う面白い先生でもあるんですよね。そういう面白いところがある先生ですが、あれでも結構頑固だったりするんですよね。」

と、あゆ子さんが言った。

「お前さん、あのバカ笑い先生となにかあったのか?」

杉ちゃんがでかい声でいった。

「支えてること吐き出しちまえよ。それでは、いつまでも詰まったままにしていたら、パンクしてしちまうよ。そうしないように、人に話すことが大事なんじゃないかよ。」

「いやあ、単に、ちょっとわけがあっただけよ。それはなんてことないわ。」

あゆ子さんは、そういうのであるが、

「悪いけど僕はねえ、人が何を考えているか、ちゃんと話を聞かないと納得できないタイプだもんでねえ。」

杉ちゃんはそう話を続けた。

「ちゃんとためていることは話をしないとろくなことにならないよ。盡智は何も良いものを産まないって、言うじゃないか。そういうことでもあるんだよ。」

確かに怒りから湧いた智慧、盡智は何も良いものを産まないというのは仏典にも記されている。貪、盡、愚の三毒はしてはいけないというが、人間である以上よくやってしまうことである。

「まあ確かにそうかも知れないわね。でも、あのときは仕方なかったのよ。だから、あの野々村先生がちゃんと仕事をしているか、見てみたい気持ちもあったのよ。」

とあゆ子さんは言った。

「はあつまり、野々村先生がなにか悪いことでもしたのか?」

杉ちゃんがそう言うと、

「まあ医者だからねえ。そういう事は一度や二度はあっても仕方ないとは思うんだけどねえ。」

あゆ子さんは、小さい声で言った。

「いずれにしても常子さんは、ちゃんと薬を飲んで、しっかり治療してね。漢方は副作用が少ないから、あまり生活に影響しないで過ごせると思うわよ。」

「はい。ありがとうございます。」

常子さんがそう言うと、目の前にタクシーがやってきたので、三人はそれに乗せてもらって、製鉄所に戻ったのだった。それから、数日間、常子さんは、漢方薬を飲んだ。はじめの頃は咳き込んで大変そうだったが、二三日したら、それも静かになった。なので、咳の問題も解決して、常子さんは、また学校に行くようになった。

その日、製鉄所の固定電話が音を立ててなった。ジョチさんは外出していたため、杉ちゃんが応答した。

「はいはいもしもし。はい、ああ、須磨って言うと、あゆ子さんね。一体どうしたの?」

杉ちゃんがでかい声でいうと、

「ええ。あの、土橋常子さんはどうしていますか?」

とあゆ子さんは聞いた。

「ああ、もう学校に行ってるよ。漢方がかなり効いたようで、咳もしなくなったみたいだよ。」

と、杉ちゃんが言うと、

「そうですか。それでは、漢方が効いたんですね。それは良かった。私、安心しました。」

あゆ子さんはそういう事を言っている。

「それでは、なにか企みでもあったのか?お前さんは、あの田舎医師になにかしてやろうと思っていたのではないか?僕、答えを知るまで、何回もおんなじこと聞いちゃうんだよ。」

杉ちゃんはでかい声で聞いた。

「いえ、そんな事ありません。あたし別にそんな大したことしていないので。気にしないでくださいね。」

あゆ子さんは電話でそう言っているのであるが、

「いや、お前さんは、絶対なにかあっただろ。そうでなければ、あんな態度は取らないよな。お前さんの顔、絶対なにかあるって顔してた。何か、悪いことでもあった?もししてないんだったら、黙ってないでちゃんとしてないって話せるはずだよな?」

杉ちゃんはそう言ってしまった。

「敵わないわね。あなたって人は。それなら、ホントの事言わなくちゃならないかな。こう見えても、昔は家庭持って、看護師として働いていた事あったのよ。」

あゆ子さんはそう言っている。

「はあ、お前さんが家庭持っていたのは初耳だ。そんな事できそうな年代には見えなかった。」

杉ちゃんがそう言うと、

「その時ね、私、息子が一人いたんだけど、その子はすごいアレルギーがあって、そこでまだ中央病院に勤務していた野々村に、見てもらったのよ。」

とあゆ子さんは答えた。

「はあ、あの田舎医師は、中央病院にいたのか?」

「ええ。結構有名だったわよ。この地域にはなかなか呼吸器の先生はいらっしゃらなかったし、わらにもすがる思いだった。それで、野々村にもらった薬を飲ましていたんだけど、それでも悪化する一方でね。だから結局夫のほうが、別の病院に連れて行ったの。あたしはその後は知らないわ。だって、それだけで母親失格だと言われて、それで家を追い出されちゃったから。」

あゆ子さんは電話先でそう言っているのだった。

「で、医療コーディネーターになって、野々村に乗り込もうと思ったのか?」

杉ちゃんにそう言われて、あゆ子さんは、

「そういうことなのかな。それも、できなかったけどね。」

と言った。

「はあ、なるほどね。人間だから確かにいつまでも忘れられないこともあるだろうし、忘れろと言ってもやり方が分からないで、苦労しちまう人も居るんだろうね。まあねえ、それも人間ということだけど、いつまでもつらい思いをしちゃいけない。どっかで切り離すしか手立てはないのかもしれないよね。お前さんも、頑張って、医療コーディネーターになってだな。それで二度と田舎医師に会わせないようにさせるのが、お前さんの勤めなんじゃないのか?人間は、たしかに怒ったり、腹を立てたりすることもあるけれど、二度と同じことを起こさないようにすることだって、できるってことも忘れちゃいけないぜ。それは、結構忘れがちなことだけどさ。そうすることによって、お前さん自身が助かることもあるんだよ。だから、それをしていくほうが大事なんじゃないの。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「なんか杉三さんって面白い人ね。車椅子で着物着ていて、一体何をされている人なのかなと思ってたけど、そういう哲学的な事もちゃんと知っているし、ただの人とは思えないわ。」

あゆ子さんがそう言うと、

「いや、僕はただの和裁屋だ。着物を仕立てたり、着物の寸法を修繕したりして、着物を楽しんでもらうのが僕の仕事。着物はみんな着るもんだからね。変な執念とか持ってたら、和裁の仕事はできないよね。だから、もう忘れっぽいし、肝心なことをすぐに忘れて、もう困っちゃう。」

杉ちゃんは電話でそういった。それと同時に、用事から帰ってきたジョチさんが、

「杉ちゃんいつまでも製鉄所の固定電話を使わないでくださいよ。杉ちゃん一人の電話じゃないんですよ。」

と、言いながら固定電話が設置してある応接室にやってきた。

「ああ、ごめんねえ。すぐ切るから、あと五分待って。」

杉ちゃんがそう言うと、

「聞こえてるわよ。杉ちゃんは、電話を使いすぎで注意してくれる仲間がいるじゃないの。それはすごいことよ。そうやって、注意してくれるなんて。あたしは、もう夫も子供もいない。家族といえば私一人だけよ。いくら電話を使っても注意なんかされないけれど、でも、寂しいわね。」

とあゆ子さんの声が聞こえてきた。

「そうか。でも、お前さんの事を、ちゃんと必要としてくれる人はいっぱいいるはずだからさ。医療関係って、そういうところ理解されやすい仕事だろ。だから、仲間なんかすぐできると思うよ。それは気にしないで、頑張って医療活動するんだ。」

杉ちゃんがそう言うと、

「ありがとう。あんまり話しすぎると、お仲間に叱られるだろうから、もうこれで切ります。まあとにかく、常子さんが、良くなってくれてよかった。それでは、また何かあったら、いつでも相談してね。」

あゆ子さんはそう言って、電話を切った。ジョチさんが一体誰から電話ですかと杉ちゃんに聞くと、

「ウン、医療コーディネーターの須磨あゆ子さんからだ。常子さんは良くなったか、確認したかったらしい。」

と杉ちゃんは言った。

「そうですか。最近のコーディネーターは非常に丁寧ですね。」

とジョチさんが言うと、

「まあ、人間だから、大なり小なり思いがあってやってるんだろうね。それがなくなったら、それこそ、この世の終わりだよ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

いくら暑くても、もう秋の日だった。庭にあるもみじの木は、もう明るい赤色に染まってしまっている。それではそのうちに冬もやってくるのかなと杉ちゃんたちは、考えていたところだった。季節は確実に変わっている。それに応じて人間も変わっていけたら、それでいいと思うけど、なかなかそうは行かないのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変な医師 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る