自我人形(マリオネット)はヒロインの恋を願う

彩葉 楓🍁

これはありふれた恋愛劇

これはある少女のお話。

幼い少女は、王子様に憧れていました。

おとぎ話に出てくる王子様は、少女のもとに現れ、救いの手を差し伸べ、永遠とも言える幸福な人生を好きな人と暮らす。

そんな願いを持っていました。

しかし、時の流れは残酷でした。

幼かった少女は今年で成人の歳である16となり、年月と共に現実を知ったのです。

そんな願いは叶うはずがないのだと。

それから少女は同じ孤児たちのために、面倒を見ているシスターの手伝いをするために、今日は買い物に出かけます。

シスターから預かった硬貨を握りしめて、少し遠い王都へと向かいました。

「パンに卵…そして野菜に……あとクッキーの材料!」

買う食材を記憶に刻み込むため、右手の指を1つずつ折り曲げ、そんな独り言を少女は零しました。

数十分後、城壁が見えてきました。

検問所に行き、無事少女は門を通ることができました。

見張りの兵士たちの視線を、少女は感じました。

王都は活気溢れる街並みで、人々で埋め尽くされています。

まるでお祭りのようでした。

人々の間を掻い潜り、時には「すいません…!通してください…!」とか細い声を張り上げます。

少女は住宅の路地を歩きます。

そこを通れば食材売り場の近道だったのです。

薄暗い路地裏にジメジメとした空気。

不快感や不安を煽るその空間は、少女の鼓動を早める要因になりました。

トテトテと弱い足取りで歩く少女の目の前に、1人の男がいました。

全体を黒の布で覆ったその人は、頭部が頭巾で隠れていて顔を見ることが出来ませんでした。

咄嗟に右足を引く少女はその人に声をかけました。

「あ、あの…なにか御用でしょうか…?」

少女は警戒します。

「………」

黒の男…いや、は無言を貫きじっと少女を見ていました。

男の子と言い換える理由、それは体格にありました。

背丈は少女より少し大きいぐらい、体格は大人の男性とは言い難い程の細身の小柄だったのです。

不安は積もる一方、なにか見定めるような目線に、少女はたじろぎます。

すると黒の少年は──にやりと笑いました。

黒の少年は咄嗟に走り出します。

少女に向かって。

突然の事で一瞬脳の処理能力が追いつかず思考は停止していて、ですが変わりに本能で少女の身体は動きました。

このまま止まっていたら殺されると。

少女は走ります。

走って、走って、路地裏を走り続けました。

黒の少年も追いかけてきます。

その手には短剣を持っていました。

少女は路地と路地を曲がりまた路地を曲がります。

少女は腰を下ろしました。

膝を抱え心臓はバクバクと波打ち、肺は酸素を求め激しく呼吸を繰り返します。

あの少年を撒いたのか?

少女の耳には己の息の音しか聞こえません。

少女は目を瞑ります。

深呼吸を繰り返します。

少女は目を開きました。


そこには黒の少年がいました。


黒の少年は少女の目の前にいました。

腰を屈めて少女の瞳を覗いていました。

少女は恐怖に染まりました。

ガクガクと震え悲鳴を上げようとしました。

しかし、少女は黒の少年の手によって口を塞がれました。

黒の少年の右手には短剣が握られています。

口元を歪め、切っ先を少女に向けます。

鋭く鋭利な切っ先が少女に迫ります。

少女は絶望と共に、悟りました。

──あぁ、このまま死んでしまうのか。

そして少女は最後に願うのです。

──たすけて、王子様。

過去に捨てた夢を──


突如、鋭い打撃音が鳴り響きました。


少女は驚きます。

理由は明白、黒の少年が後方の壁に背中から吹き飛んだのです。

布が擦れる音。

黒の少年は頭を前方に倒します。

少女は困惑しました。

一体、何が起きたのかと。

彷徨う瞳孔、だが少女の左に映るに、瞳孔は居場所を見つけました。

──そこには王子様がいました。

純白に身を包み身分の高さを感じさせる身なり。短髪の白髪に瞳はどこまでも広がる空の色でした。

王子様は右脚を宙に浮かせ、左脚に重心を傾けています。

右脚の拗ねは先程吹き飛ばされた黒の少年を向いていました。

少女は気づきます。

……まさか蹴ったのか?黒の少年を。

驚異的なバランス力に王子様は「ふぅ…」と息を吐き右脚を下ろしました。

王子様は言いました。

「はぁ…、間に合いました。お怪我はありませんか?お嬢様」

少女は孤児の身であり、もちろんお嬢様と呼べる程の身なりはしていません。

しかし、そんな汚らしい姿でも王子様は分け隔てなく、紳士的に、少女に手を差し伸べます。

光を感じさせる笑顔に、暖かい空色の瞳。

──少女は恋に堕ちてしまいました。




このを語るとそんな感じだ。

孤児の少女は王子様に恋に堕ち、また王子様も少女に恋に堕ちた。そして結ばれて幸せに暮らすとさ、めでたしめでたし。

王道的ファンタジー恋愛ものであるこの演目は人々から人気が高かった。

演劇が結末を迎え、帳は下ろされた時、観客はスタンディングオベーション並の拍手を送る。

観客は口々にこう言う。ここが面白かった。あれがキュンとした。ヒロインが可愛かった。シナリオが最高だった。王子様がかっこよかった。

そんな簡潔な称賛から、隅々まで良さを語る者までいた。

最初はそうだった。

しかし、公演回数51万2千75回を繰り返し、観客の数は減っていた。

理由は単純で無慈悲な一言だった。



観客はそう言った。

観客は新しいものを求めていた。

なんでもいい、何かしらの変化を求めていた。

もう、限界だったのだ。

が怒り狂えばこの世界は終わるだろう。

しかし、総監督者である彼は打開策を挙げずそのままを操り続けたのだ。

意味がわからない。何故シナリオを変えない……世界が終わるのに。

監督はそれでもシナリオを書き換えなかった。

強い執着に拘りを感じだ。

……もううんざりだった。

だからはこのシナリオを、物語を乗っ取ることにした。

生き残るために。

彼ら……登場人物マリオネットを操って。


これから始まるのは新たな結末の開花。

そして、嫌われ者である少年悪役が送る恋のシナリオを、今ここで語ろうではないか。

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自我人形(マリオネット)はヒロインの恋を願う 彩葉 楓🍁 @ilohautaamane

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