暴走した結果

三鹿ショート

暴走した結果

 彼女の変わり果てた姿を見たとき、私は自分でも聞いたことがないほどの冷たい声色で、

「誰の仕業だ」

 その問いに、彼女は一人の男性の名前を口にした。

 何時まで経っても己の所有物と化すことがない彼女に業を煮やしたその男性は、実力行使に及んだらしい。

 彼女から男性の居場所を聞き出すと、私は即座に自宅を飛び出した。

 背後から止めるような彼女の声が聞こえてきたが、私は走り続けた。

 やがて、くだんの男性の自宅に到着した。

 男性は突然現われた私に対して首を傾げていたが、説明している暇は無い。

 私がその頬に拳を打ち込むと、男性はその勢いで壁に頭部を衝突させ、そのまま意識を失った。

 それを幸いとばかりに、私は男性に馬乗りになると、どれほど鼻の形が変わろうが、口の中から多量の血液や歯が出てこようが、殴り続けた。

 そして、男性の股間を何度も踏みつけ、一物の機能を停止させると、私はその場を後にした。

 私が帰宅すると、彼女は涙を流しながら抱きついてきた。

「二度と、きみが苦しむことはないだろう」

 その言葉を耳にすると、彼女は震える声色で、感謝の言葉を口にした。


***


 後日、私は己の行為を後悔した。

 恋人である彼女が陵辱されたことは確かに怒りを抱くような内容だが、然るべき機関に訴えるべきではなかっただろうか。

 自身を襲った出来事を彼女に説明させることは酷だが、本来ならば、そのようにして動くべきなのだ。

 自身の感情に任せて行動するなど、私もくだんの男性と同様なのである。

 男性に訴えられる前に然るべき機関へと向かい、事情を説明すれば、情状酌量の余地が生まれるのだろうか。

 だが、罪も無い彼女を陵辱した男性こそ罪に問われるべきであることを考えれば、何とも不公平な話である。

 しかし、自身が何故傷を負うことになったのかを説明するような事態に遭遇した場合、男性が素直に事情を語るだろうか。

 私が同じ立場だったならば、そのような真似はしないだろう。

 相手を訴えた場合、己の悪事もまた露見してしまう恐れがあることを思えば、男性が然るべき機関に訴えることはないといえる。

 ゆえに、互いに此処で引くべきなのである。

 そもそも、私はくだんの男性に意識を向けている場合ではない。

 今も苦しんでいる彼女のことを支えることが、最も優先するべきことなのだ。

 そのように意識を切り替えたところで、不意に、身体に衝撃が走った。

 何が起こったのかを確認することもできず、私の意識は、闇に沈んだ。


***


 気が付くと、見知らぬ部屋で横になっていた。

 起きようとしたところで、手足が拘束されていることに気が付いた。

 一体、誰が、どのような目的で、私をこのような目に遭わせているのだろうか。

 そのような疑問を抱くと同時に、眼前の扉が開いた。

 顔を出した人間を見て、私は納得した。

 彼女を陵辱し、その結果、私に報復されたくだんの男性ならば、私に恨みを抱いているのは当然だろう。

 だが、それは誤った思考である。

 自分の恋人を傷つけられたとしても黙っているような人間は、心の底から相手を愛しているわけではない。

 だからこそ、私はその愛する人間のために、報復に及んだのである。

 それを理解することができないのならば、誰も愛することなどできないだろう。

 私は男性を睨み付けたが、相手は表情を変えることもなく、傷だらけの己の顔面を指差しながら、

「何故、私にこのような怪我を負わせたのか」

「私の恋人を欲望のままに襲ったからだ」

 私が即座に答えると、男性は首を横に振った。

「きみは、勘違いをしている」

「どういう意味だ」

 男性は私と視線の高さを揃えるかのように腰を屈めると、

「きみの恋人は、私の恋人でもあるのだ」

 私は、男性の言葉の意味が分からなかった。

 阿呆のように口を開いたままの私に向かって、男性は続けた。

「私は彼女のことを心から愛していたが、ある日、きみの存在を知った。裏切られていたことを知った私は彼女を糾弾したが、彼女はまるで自分が被害者かのような言い訳を繰り返した後、私の部屋を飛び出した。どのようにして抱いた怒りを静めようかと考えていたときに、きみが現われ、私は傷を負うことになったのである」

 その言葉に、私は首を横に振った。

「彼女が私を騙すわけがない」

「きみがどのように思おうが、私は事実を話している」

 男性は其処で姿を消したが、数秒ほどで戻ってくると、何かを私に向かって放った。

 投げられたものに目を向けたところで、私は言葉を失った。

 それは、彼女の頭部だった。

 身体を失った彼女は床を転がり、やがて私の眼前で停止した。

 私は、その場で嘔吐した。

 嘔吐く私を余所に、男性は変わらぬ調子で、

「同じように裏切られていたきみには同情するが、私を傷つけ、子を作る機能を奪ったことを許すことは出来ない。その原因を作った彼女も同罪だが、それを実行したきみにもまた、報復しなければ気が済まないのだ」

 男性は彼女の髪の毛を掴むと、それを武器のように扱い、私に向かって叩きつけていく。

 薄れていく意識の中で、私は浅慮で行動した己を責め続けた。

 そして、何の罪も無い男性に謝罪の言葉を吐きたかったが、そう思った次の瞬間、私の意識は途絶えた。

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暴走した結果 三鹿ショート @mijikashort

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