不思議な不思議な、宅配のお兄さん

多田光里

第1話

ピンポーン!

呼び鈴が鳴り、慌てて玄関に向かい、鍵を開ける。そして、夕飯の準備のため、コンロの火を着けたままだった只野早智は、そのままキッチンへとすぐに戻った。

炒め物を作っている最中、なかなか家の中に入ってこない子供に「もう、何やってんの」と文句を言いながら、再び玄関に戻ると、荷物を持った若い男の人が立っていた。

「あ…」

どうやら、宅配便を持って来た人を自分の子供と間違えてしまったようだ。

「すみません。何度も呼んだんですけど」

困ったように話す様子のお兄さんに、

「申し訳ありません!子供が帰ってきたのかと思って。でもなかなか入って来ないし、変だな…と思って」

早智は、その場に膝を付いて謝った。

「たぶん、そうかな、と思ってました」

そのお兄さんは、少し色白で目が少し茶色がかっていた。帽子から少し覗く髪は、綺麗な明るい栗色だった。

「本当にすみません。次の配達もあるのに、長く待たせてしまって」

本当に、ただただ、平謝りだ。

「大丈夫です。ここにハンコお願いします」

渡された紙にハンコを押すと、

「僕、今まで配達してきてて、こんなこと初めてです」

と、ニコニコと笑顔を見せながら、言われてしまった。

「本当にすみません…」

もう一度、謝る。

「では、失礼します」

「はい。ありがとうございました」

そして、お兄さんは去って行った。

「恥ずかしすぎる…」

早智は再びキッチンへと戻り、夕飯の準備を始めた。


「へぇ。そんなことがあったんだ」

高校三年生の息子、恭弥が夕飯を食べながら笑う。

「笑いごとじゃないから。すごく恥ずかしかったんだからね」

「その配達の人、かわいそう。どうしていいか、分かんなかったんだろうね」

「本当に。次から気を付けなきゃ…」

それにしても、綺麗な男の子だったなぁ。いくつぐらいだろう。肌もツヤツヤで、瞳も澄んでいた。今までも配達に来てたのかな?全然気付かなかったな…。そんなことを考えながら、早智は、夕飯をさっさと済ませて、片付けを始めた。


早智は、夫の浮気が原因で、息子が小学六年の時に別居し、離婚はまだせずにいたが、一人で子供を育てていた。その時に精神的にかなり参ってしまい、今も服薬を続けながらパートをしているが、毎日、時間に追われ、忙しい日々を送っていた。


ピンポーン!

「来た!」

早智が急ぎ足で玄関へと向かい、ドアを開ける。

「今日は、間違われないように、少し早めに来ました」

宅配便のお兄さんが言うと、

「はい。今日は荷物が届くって、メールをちゃんと確認していたので、大丈夫です」

そう言って、荷物を受け取り、ハンコを押した。そして、あろうことか、届けてくれた荷物をまたお兄さんに手渡してしまったのだ。

「え?」

一瞬、目を見開く。

「あ!違った。私に届いた荷物でした」

早智は、お兄さんからもう一度荷物を受け取る。

「すみません。今度こそ、ちゃんとします」

「僕の旧姓も、只野って言うんです」

突然、お兄さんが言った。

「え?あ、じゃあ、ご結婚か何かで…?」

「はい。親が離婚して…」

「あ、そうなんですね」

「じゃあ、またお願いします」

そう言って、お兄さんは帰って行った。

離婚か…。私には、まだその勇気が出ない…。ずっと別居はしているけれど、病気も抱えているし、悔しいけれど、フルタイムで働きに行けるほどの元気もなく、夫の稼ぎを頼るしかない…。あのお兄さんのご両親は、何が原因だったのかな…。そんなことを考えながら、早智はキッチンへと戻り、夕飯の準備を始めたのだった。


そして、また別の日に、お兄さんが荷物を持ってやって来た。早智は、お兄さんに会うのが楽しみになっていた。そして、少しばかり、緊張するようにもなっていた。

玄関のドアを開けると、お兄さんがめずらしく帽子を被っていなかった。サラサラの、栗色の髪。いつもと雰囲気が違っていて、何だかとても格好よく見えた。

「今日は、代引きじゃないんですね」

お兄さんが言う。

「はい。これから、一ヶ月に一度の定期便で申し込むことにしたんです。なので、またよろしくお願いします」

早智が言うと、

「あの…、僕、実は異動になって、明日から違う場所に配達に行くことになったんです」

「え?そうなの?」

何だろう、この気持ち。早智は、すごくショックを受けている自分に気付いた。

「そっか…。若いから、いろいろ覚えなきゃいけないもんね。どこに行くの?」

「え~と、あっちの方です。隣町の方」

指をさす。その時に名札が揺れて『宮本』という名字が見えた。

「そっか。頑張ってね」

「はい。あの…今度は…」

「うん…」

「私服で来ます」

え…?

「うん。本当に。いつでも遊びに来て」

思わず、口から出た言葉。

そして、お兄さんは、帰って行った。

それって、どういう意味?期待しても、いいの?また、会える日が来るって。そう思っていても、いいのかな…?


それからというもの、お兄さんが家に来ることはなかった。もちろん私服で遊びに来ることも、一度もなかった…。

バカみたい。来るわけないのに。たかだか二・三度、しかも配達に来た時に会ったくらいで。浮かれていた自分が、情けなくなる。


早智には、その時、付き合っている人がいた。自分が過去にツラい思いをしているのにも関わらず、三人の子供がいる、四歳年上の部署の違う職場の上司と不倫の関係にあった。

職場で、奥さんや子供の話を聞いたりすることも多く、嫉妬するのにも、疲れてしまっていた。それでも、いろいろな面で頼りにしている部分も多く、別れを選ぶことは、なかなか難しかった。

「新しい恋ができたらいいのに…」

子供も、もうすぐ手を離れる。そしたら、離婚もして、本当に好きな人と、もう一度、楽しい時間を過ごせたなら、どんなに幸せだろう。

そのうちに、不倫相手との喧嘩が絶えなくなってきた。自分の都合の良い時だけに呼び出され、ホテルに行って帰って来る関係…。電話もLINEも、こちらからすることは出来ない。そんな一方的な、六年も続いている、ズルい関係に、早智は終止符を打ちたかった。


「もう、あなたと付き合って行くことに、疲れてしまって…。家族旅行の話や、お子さんの入学式や卒業式に奥さんと参加してる話を聞くのも、本当に、うんざり」

別れ話を持ちかけ、何度も何度も考え直すように説得されたが、相手が家族を捨てることなんて出来ないことなんて、分かりきっていた。そして、相手の家族に対しての罪悪感にも、ずっとずっと押し潰されそうだったのだ。そんな辛さからも、解放されたかった。しばらくは、しつこく連絡が来ていたけれど、そのうちそれもおさまり、職場で会っても、普通に挨拶を交わす程度になっていた。


それから、もう四年の月日が過ぎようとしていた。早智は、なぜだか分からないけれど、ふと、名字しか知らない宅配便のお兄さんのことを急によく思い出すようになった。

元気にしてるのかな…。いくつかも、知らない、あのお兄さん。かなり年下だったと思うけれど…。結局、私服で来ることなんか、一度もなかった。当たり前だよね。

「会いたいな…」

なぜか、つい、口に出してしまっていた。


そんなある日、年末に実家へ一人で帰省していた時のことだった。ショッピングセンターで買い物をしていると『占い』と書かれた看板に、ふと目が止まった。つい、近付いて、見てしまう。占いにしては、かなり良心的な金額だった。

「良かったら、どうぞ」

声を掛けてきたのは、優しそうなお姉さんだった。早智は促されるままに、そのお姉さんの前に座った。


「気になってる人がいて…。名前も何も知らないんですが…」

「分かりました。じゃあ、タロット占いがいいかもしれませんね」

そう言いながら、カードをシャッフルし、順番に並べて行く。

「ああ。残念ながら、もう、あなたのことは忘れてますね。ここに結婚のカードも出てるので、ご結婚もされてると思います。あと、リップサービスが得意な人と出てますね。誰にでも優しい言葉を掛けてるような方ですね」

「そ、そうなんですね」

すごい。何だか、当たってるかも。やっぱりあれは、単なるリップサービスだったんだ。

「ここ最近、あなたの方の想いが少しずつ強くなってきていますね」

「そうなんです。急に思い出すようになって…」

「ご自身が、とても辛かった時期に出会ったんじゃないんですか?好き、という感情ではなく、励みにしてる存在、という感じにも思えるんですが」

「確かに、あの頃は、子供が大学受験を控えていて、仕事も忙しかったかもしれません」

「もしかして、あなたもご結婚されてますか?ここに、結婚をやめたい、というカードが出てるんですが…」

「え!?あ、はい。今、別居中で」

「かなり傷付けられたんですね。ソードのカードが四枚も出てきてるので…」

「はい!そうです。あの、私、また恋愛できますか?」

「そうですね。今はそのタイミングではないと出てはいますが、来年の12月に、現れる可能性が高いですね。ただ、犠牲を伴う恋愛になりそうですが」

「そうですか…。ちょうど一年後くらいですね」

「ちょっと辛い恋愛になるかもしれませんね。気を付けて下さいね」

「ありがとうございます」

早智は、お礼を言うと、お金を支払い、席を立った。

「そっか。もう、忘れてるのか…。そりゃそうだよね。もう四年以上経ってるもんね…」

思わず、はあ…と、ため息が出た。


いつか再会できたら、と思っていた。でも、もう早智も46歳になっていた。鏡に写る自分を見ても、老けたな、と思うし、髪のボリュームもなくなってきて、白髪も増え、体重も少しずつ増えてきていた。こんなおばさんが、あのお兄さんに会いたいだなんて、おこがましいにも、ほどがある。もし願いを聞いてくれる神様がいるのだとしたら、恥を知れ、と怒られてしまうに違いない。それに、会ったところで、かなり年も取ったし、気付いてもらえないかもしれない…。


占いにまで頼ってしまうなんて、どうかしてる…。早智は、ついフッと笑ってしまった。あとから考えると、とってもタイプの男の子だった。あの時、連絡先を聞いておけば、何かが変わったのかな?

最後の日、帽子を被らずに荷物を持ってきたのは「自分を見て欲しい」というアピールなのかな…と、あの時、一瞬だけ思ったのを思い出した。「純粋なお子ちゃまだなー」って、心の中では思っていたけれど、それ以外のことは何とも思わずに、ただ受け流していられたのに、今になって、どうしてこんなにも思い出すのだろう。


「四年も前なんて、忘れてるに決まってるでしょ?占いまで行って、呆れるわー」

地元の高校時代の同級生と、お茶をしていた時のことだった。

「だよね。でも、結婚のこと何も話してないのに、当てられたんだよ?すごくない?」

「ソードのカードが四枚って、どんだけ剣が刺さってんの?そっちの方がウケるんだけど」

二人で笑い合う。

「人ってさ、縁があれば、絶対に会えると思うんだよね。会えなくなった、ってことは、縁がなかった、ってことだよ。忘れるしかないよ」

「うん。そうだよね。もう、忘れよう!」

どこに住んでいるかも、まだ同じところで働いているかも、年齢も分からないお兄さんのことなんて、もう、忘れてしまおう。年末の占いは、諦めるには、いいキッカケになったのかもしれない…。そう思おう。早智は、そう自分に言い聞かせた。


早智は十一年前から、郵便局の窓口のパートの仕事をしていた。子供の大学進学も、ありがたいことに推薦で決まり、新年も明け、新たな気持ちでまた仕事に取り組もうと、少し気合いも入っていた。そこに、職場が変わり、給与の振込み用に新規で郵便局の通帳を作りたいと、窓口に来た男の人がいた。長距離のドライバーの仕事を始めたと話した人物は、何と、信じられないことに、あのお兄さんだったのだ。


ちょうど局長が休憩中で、窓口には二人きりだった。しかし、早智は、自分のことを覚えていないだろう、と思い、ただただ業務的な対応をしていた。通帳が出来上がり、説明をする。

「あの…」

お兄さんが通帳をバッグにしまいながら、話かけてきた。

「はい」

「今度は後悔したくないんです」

「はあ…」

早智は意味が分からず、思わず、軽い返事をしてしまった。

「連絡先を教えてもらってもいいですか?」

「え?私のですか?」

「はい」

「あ、はい」

早智は事務所の出入口に置いてあるスマホを取りに行き、仕事中ということもあり、素早くLINEの交換をした。

「今度、良かったら、ゆっくり話したいです。いろいろ相談にも乗ってもらいたくて…」

「あ…。私で良かったら」

「連絡します」

「はい…」

そう言って、宮本は郵便局をあとにした。

うそでしょー!?こんなことってあるの?信じられない!!

いや、ただの相談相手として、だよね。

それでも、早智は嬉しさがこみ上げてきて、ニヤニヤが止まらなかった。

あ!ダイエットしなきゃ!あと、肌のお手入れも!!早智はだらけていた日常に、思いっ切り気合いを入れ始めたのだった。


そして、連絡はその日のうちに来た。

『今度そちらに戻るのが一週間後になるので、週末、一緒にご飯でもどうですか?』と。

四年以上も会えなかった人と、再会だけではなく、食事に行けるなんて、まるで夢心地のようだった。


「もう、これ以上、綺麗になんてなれないよ」

一生懸命に化粧をし髪型もセットするが、歳は隠しきれない。どこかで諦めることも肝心、と自分に言い聞かせながら、着替えて待ち合わせ場所へと向かう。心臓が、バクバクと、激しく鼓動を打つ。


コンコン、と車の窓をノックされる。

「あ、どうぞ。乗って下さい」

「すみません」

「いえ…」

ヤバい。緊張するー。

「あんまり運転、上手くなくて、すみません」

「こちらこそ、乗せてもらって、すみません」

そして、車で一時間ほどかかる市街へと向かった。

予約した店に入ると、宮本は、アルコールを飲み始め、かなり早い段階で、酔い始めた。

「本当に理不尽なやり方だったんです。急に全く知らない地区の、違うところに配達に行け、なんて。他の人たちは、そんなこと絶対にないのに」

「そうだったんですね…」

「でも、あの時、前向きな言葉をかけてくれた只野さんに救われたんです」

「え…?私に?」

「はい。だから、頑張ってこれました。結局、辞めちゃいましたけど…」

「そっか、ありがとう」

早智は、宮本のいろんな話を聞くのが、すごく楽しくて嬉しかった。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、また一時間ほどかけて帰る車の中でのことだった。宮本がポツリと話始めた。

「会いたかったんです。ずっと」

「誰にですか?」

相変わらずの早智の天然ぶりに、宮本がフッと静かに笑った。

「年末年始、車が長いことなかったので、何かあったのかな…って心配してました」

「あ…、四年ぶりに実家に帰っていたので」

「実家って、ここじゃないんですか?」

「はい。県外なんです」

「そうなんですね」

しばらくの沈黙…。

「あの、宮本君て、いくつなんですか?」

「今年、三十二になります」

「えっ!若っ!でも、見た目は、もっと若く見えますね」

今日も一緒にいるのが、恥ずかしくなるくらいだった。

「早智さんは?」

急に下の名前で呼ばれ、早智の胸がキュッとなった。

「いや。あの、宮本君が思った通りの年齢で…。お願いします」

十五歳も年が上だなんて、本当の年齢なんか、言えるワケがない。

「分かりました」

宮本が笑う。

「また、誘ってもいいですか?」

「あ、はい。ぜひ。今日も本当に楽しかったです。ありがとうございました。あの…」

「はい」

「車がなかった、って、どうして分かったんですか?」

「あ…。たまたま何回か家の前を通る機会があって…」

「そうなんですね。覚えててくれて、ありがとうございます」

早智は嬉しくなり、つい口元が綻んでしまい、帰りの車の中で、ニヤついてしまうのを必死に堪えていたのだった。


そして、何度か食事を重ね、二人は言いたいことを分かり合えるような仲にまでなった。休日には、一緒に行きたいお店や、旅行にも行ったりもし、とても楽しく充実した時間を過ごしていた。宮本は一度結婚したものの、上手くいかず、二年たらずで離婚したことも教えてくれた。本当に何事もなく、純粋に友達としての関係を続けられていた。早智は、それで十分すぎるくらい満足で、幸せだった。


「お疲れ様」

「お疲れ様」

宮本が早智の車に乗り込む。早智は、持っていた缶コーヒーを渡した。

「マジで疲れた。雪で通行止になるし、最悪。ごめんね、先週はドタキャンして」

「大丈夫。仕方ないよ」

「早智のそういうとこ、やっぱいいなー」

「またー。ご機嫌取っても何も出ませんけど」

「てかさ、その時計、まだ使ってるの?」

「え?あ、うん。便利だし」

「早智のこと好きだった奴からもらったヤツだよね?」

「まあ。昔の話だけど…」

「でも、今も職場で会ったりしてるんでしょ?」

「あっちは配達の仕事だし、あんまり会うことないから、話すこともほとんどないけど…」

「今度から、これ着けてよ」

「え?」

宮本が、プレゼントを手渡す。

「もうすぐクリスマスだから。いつもお世話になってるお礼」

「そんな。私、何も準備してないのに」

「僕がプレゼントしたかっただけだから」

そして、綺麗にラッピングしてある箱を開けると、可愛い時計が入っていた。

「ウソ…。嬉しい。ありがとう」

早智はそれを取り出すと、着けていた時計を外し、新しい時計を自分の左手に着けようとした。

「待って。僕が着ける」

時計を奪い、早智の左手に、丁寧に時計をしてくれる。早智の胸が、少しときめいた。

「ありがとう。宮本君は?何か欲しいものある?」

「僕は、こうやって、これからも早智と過ごせる時間があればいい」

そう言って、はにかむ。

「そういうのは、彼女に言う言葉でしょ」

早智が笑う。

「いや、友達にも言うでしょ。大事な友達なんだから」

「そっか。そうだね。私も同じ気持ちだし。これからもよろしくね」

「うん」

宮本の可愛い笑顔に、早智の胸がすごく暖かくなった。


「何で?それって、嫉妬でしょ?いくらブランドが違ったところで、同じ物をプレゼントするって、普通、あり得なくない?」

年末に、実家に帰った時に、高校の同級生に突っ込まれる。

「でも、付き合ってるワケじゃないから」

「はあ?二人して、かなり、こじらせてるね」

「でも、楽しいから。もし、そうなっちゃうと、いつか別れが来るかもしれないし。だったら友達のままがいいかな…って」

「イチャイチャしたくないの?」

「え?」

「普通は、したくなるでしょ?」

「まあ…」

触れたくない、と言えば嘘になる。本当は、手を握ったり、抱き締められたりしたいって、思ったりもする。でも、そうなると、二人の関係が壊れてしまいそうで、すごく怖かった。

「でも、十五歳も年上の女を抱きたいとか、そんなことも全く思わないでしょ。向こうにしたら、単なる、おばさんじゃん」

「まあねー。確かに」

「それに、ちょうど一年前は会いたくて占いまで行ってたんだよ?それが、友達として付き合えてるなんて、それだけでも奇跡だし、ありがたいと思わなきゃ」

早智には、宮本の意図は分からなかったけれど、この関係は心地良かった。早智の離婚も、まだ成立しておらず、やはり宮本とは、友達としての関係が良いんだ、と、自分に言い聞かせていた。


実家から戻ってきて、久しぶりに二人で会っている時に、宮本のLINEがひっきりなしに鳴っていた。

「大丈夫?」

早智が心配そうに尋ねる。

「最近知り合った子なんだけど、しつこくて」

「そうなんだ。あ、いいよ。返信してあげて」

「ごめん」

宮本がLINEの返信をすると、またすぐに音が鳴る。

「もしかして、彼女?今日、会いたかったんじゃないの?」

「いや、そうじゃなくて…」

「いいよ。無理しなくて。会ってきたら?」

「何で?」

「だって、ほら、私とはまたいつでも会えるし。宮本君、仕事であんまりこっちにいられないんだから、彼女、優先してあげて」

「別に会わなくてもいいし」

「でも…」

「そっちこそ、まだ連絡取ってんじゃないの?前に早智の家の前に長いこと赤車停まってから」

見られてたんだ。

「たまたま家に配達があって、少し話しただけだから…」

「少し…?何の話してたの?」

「もうすぐ異動の時期ですね、みたいな、ただの世間話」

そこに、またLINEの通知音が続けて鳴る。

「今日は、もう帰ろっか。落ち着かないでしょ?LINEに集中したいだろうし」

早智が、車のエンジンをかける。

「いいよ。ブロックするから」

「そんなのダメだよ。向こうは宮本君のこと好きなんでしょ?傷付くよ」

「早智との関係を終わらせたくて紹介してもらっただけだから、彼女とかじゃない。新しい女友達が欲しかっただけで」

「終わらせる…?」

心臓が、ドクンと跳ねた。

「え?何…?私、何か怒らせた?もう、今日でお別れってこと?」

「そうだね…。ごめん」

「そっか…。分かった。今までありがとう。何か気に入らないことしてたみたいで、ごめんね。全然気付かなくて、本当にごめんなさい」

「ううん…」

そして、宮本はドアを開け、早智の車から降りた。

「元気でね」

突然の別れに動揺しながらも、早智が気丈に声を掛ける。声が少し震えていた。

ドアが閉まる。早智は、震える手でハンドルを握ると、溢れそうになる涙を必死に堪えた。そして、運転席の窓を宮本にノックされる。

早智は静かに窓を開けた。

「何…?忘れ物…?」

宮本の顔を見られるのは、これが最後なんだと思うと、胸が締め付けられるくらい苦しかった。

「初めて会った時から、好きでした。俺の彼女になって下さい」

そう言って、宮本は身を乗りだし、早智の唇に自分の唇を重ねた。

「友達じゃなくて、恋人になってほしい。早智を独り占めしたい」

頭を抱えられ、より深く唇が重なった。

早智の目からいくつもの涙が零れていた。

「ひどい…。どんなにショックだったと思ってんの?」

「え?あ、ごめん。早智、泣いてるの?」

「そりゃ泣くでしょーよ。信じらんない。バカなんじゃない?しかも、女紹介してもらったとか、最悪」

「何か、めっちゃ口悪くない?」

「悪くもなるよ」

早智が、ティッシュに手を伸ばし、目に当てる。涙が止まらなかった。

「本当にごめん。今のLINEも、男友達だから。早智のこと相談してて。今日、告白しようと思ってたから、応援メッセージが次から次へと入ってきて」

「ウソつき。もう嫌い。大っ嫌い」

「え?」

「私もすごく好きだけど、今日の宮本君は嫌い。意地悪しすぎだもん。また会えなくなるんだ…って思ったら…」

涙が次から次へと溢れる。

「ごめん」

宮本が、ドアを開けて、運転席へと乗り込む。

「な、何?」

早智が助手席へと追いやられる。

「ホテル行こ」

「は!?」

「いいから、シートベルトして」

そして車は走り出した。


「早智が可愛いすぎて、もう我慢できそうになくて、今日で友達の関係を終わらせたかった。初めて会った時から、優しくて、綺麗な人だなって思ってて。なのに天然で、何かほっとけないし。私服で来ます、って思わず言ったけど、本気でそう思ってた。でも、子供がいるのも知ってたし、家に行く勇気が出ないまま四年以上過ぎてしまって…。この前、早智の車が郵便局の駐車場にずっと停まってるって、前に同じ職場だった人が教えてくれて。本当は給与の受け取り、郵便局の通帳じゃなくても良かったんだけど、あの日、ダメ元で郵便局に行ったら、本当に早智がいて、めっちゃテンション上がった」

宮本の告白を受けた早智は、緊張しながらも、心ゆくまで、ゆっくりと肌を重ね合わせ、朝まで宮本と一緒に過ごしたのだった。


『で?』

『付き合うことになりました。旦那も彼女いるし、文句言われないし、めちゃくちゃ幸せです。縁があったんだね』

『どーでもいーわ』

高校の同級生に、仕事に行く前に、報告のLINEをニヤけながらする。

「いらっしゃいませ」

早智が、お客さんに気付き、声を掛ける。

「今から仕事で、またしばらく帰って来られないので、お金を下ろしに来ました」

宮本が、言う。

「じゃあ、こちらの用紙の記入、お願いします」

用紙を渡す時に、そっと指が触れる。

手続きを済ませ、宮本が帰って行く。

「あの子、めちゃくちゃイケメンだったなー」

局長が話かけてくる。

「本当に。緊張してしまいました」

早智は、自分の彼氏だと自慢したい気持ちを抑えながら、答えた。

LINEが届く。

『早智の顔が見られて良かった。元気出たよ。相変わらず、かわいかった。行ってきます』と。

『私も会えて嬉しかった。局長が、めっちゃくちゃイケメンって言ってたよ。私の彼氏だって自慢できないのが残念。お仕事、気を付けて行ってきてね』

早智も、お昼休みに返信をする。

バカみたいなLINEのやり取りだけれど、幸せに満ち溢れながら、四年越しの恋が叶った二人は、毎日をこの先も穏やかに過ごしてゆくのだった。

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