うみと準備
しろっぷさんと出かけるまで、あと5日を切った。
遠いから、と二泊三日分のホテルを予約し、新幹線も予約した。
私は、今日は髪を切ろう、と心に決めていた。
心なしかいつもより軽いドアを開け、家を出る。世界は落ち着いた橙色に染まっており、甘い金木犀の香りと涼しい風が肺に入り込んだ。
もうすっかり秋なんだなぁ。
時折吹く強い風であおられる髪を見ながら、ぼんやりと考える。
今の髪型は、茶色がかった髪色に、かなり伸ばされた髪。美容院に行くのが面倒だったのだ。
旅行に行く、ということで肩の辺りまでバッサリ切って。
髪色も明るい色に染めて。
鏡を見ると、この前とは全然違う、別人?と疑えるほど見違えているように見えた。
髪型や、髪色だけじゃない。
久しぶりに、誰かと、出かけられる。
その事実が、確実に私の表情を明るくしていた。
楽しみなんだ、と感じる。
出掛けるのは得意じゃない、って、そう思ってたはずなんだけどな。と心の中で鏡に語りかける。
きっと──
きっと、自分自身で決められたことにも、関係しているんだろう。
相変わらず嬉々とした表情を浮かべる私は、ここ数年間で1番幸せそうに見えた。
鏡の前から離れる。
カランカラン、と音を立てるドアを開けて、美容院を出た。
見慣れた街を歩いていると、お洒落だけどどこか落ち着いた雰囲気の喫茶店が新しく出来ているようだった。
「季節のおすすめ…栗のパウンドケーキ…」
その言葉が目に入ると同時に、甘く、ふわふわとした焼き菓子の焼ける香りが漂ってきた。
引き寄せられるように店の中に入る。
甘い香りがより一層強くなって鼻腔を通り抜けた。
お店の中には2、3人程の客がおり、珈琲と、それぞれ違ったデザートを楽しんでいた。
席に座り、メニューをちらりと見る。頼みたいものは決まっていた。
「すみません、カフェオレを一杯と、あと…季節のおすすめの絞りたてモンブランを一つ、いただけますか?」
パウンドケーキの下に描かれていたモンブランの小さなイラスト、そこに目を惹かれてしまったのだ。
待っている間、座っている席から店内を眺める。暖かみのある光を放つ電飾、飴色に輝く床、少し年季の入った本棚。
どれも、落ち着いた場所を作り出すのに必要不可欠に見える。
ふぅ、と息を一つ吐いた。
「お待たせいたしました。
こちら、カフェオレと絞りたてモンブランになります。」
「ありがとうございます。」
スマホを片手にカフェオレを一口、喉に流し入れる。珈琲の香りが鼻を抜け、穏やかな甘みが口に残った。
続いて、モンブランも一口。
栗本来の甘さと、クリームのなめらかさがなんとも言えない美味しさを醸し出していた。
下のパイ生地のサクサクとした食感とよく合っている。
やっぱり珈琲じゃなくてカフェオレにしたのは正解だったな。すごくよく合う。
カフェオレとモンブランを堪能し終えて、私はお店を出た。
もうすっかり影が長くなる時間だ。
冷えてきた風に一つくしゃみをして、足早に家に向かった。
○
家に着き、パソコンを起動させる。
何か書こうかと思ったが、何も思いつかないので諦めて少しゲームをしようとスマホを取り出す。
クラゲの育成ゲーム。最近見つけたゲームの中で、特に気に入っているものの一つだ。
特に技術が必要、というわけではなく、ほんの少しの操作だけ。ゆらゆらと揺れるクラゲをただひたすらに眺める、それだけのゲーム。
揺れるくらげに誘われるように眠気が襲ってきて、何時だろうかと時計を見ると、既に丑三つ時を迎えている。
そろそろ寝ようかな、のろのろと体をベッドに移動させる。
気分が上がっていたとはいえやはり身体は疲れを感じていた。
目を閉じ、すうっと眠りにつく。
いつものような重だるい眠りではなく、幸福に包まれた、暖かい眠りに。
くらげのすむうみ その辺に咲いてる花 @hana_0917
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。くらげのすむうみの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます