言贈師

千世 護民

第1話

 生まれ?覚えてませんね。

 出身地?なにを聞いたって無駄ですよ。私が聞きたいくらいです。

“ねえ、先生はなんでこの仕事を始めたの”

それだけは何故か覚えています。


 自分は気がつくと暗い森で眠っていました。草が生い茂っていて、木々は私のためだけに日光を譲ってくれていました。でも、それ以前のことは全く思い出せません。何をして生きてきたのか。住んでいた家。年齢。性格。初めて立ち上がったときは、まるでマリオネットのように思えました。自分の体なのに他人が動かしているような感覚だったんです。

 しばらく森の中を歩くと小さな村が現れました。

「私に見覚えはありませんか。私には以前の記憶がないのです。」

村長らしい人に聞いてみました。答えはNO。見覚えはないし、よそ者を入れたのも久しいとのことでした。

とりあえず一晩泊めてもらってまた次の日に森を歩きました。

 かなり歩いたので水を飲もうと川に向かっていたときです。

「やあ。迷子か?」

誰かに話しかけられました。

「そうです。道にも人生にも困ってます。私に見覚えはありませんか?」

水筒を下げていたカバンから取り出しながら返しました。

「いや、ねえな。だが助言くらいはできるぜ。」


 そこで教えてもらったのが言贈師(げんぞうし)です。

“まだ見つかってないんだよね。記憶”

ええ。そうですね。まあ、これはこれでありかな?とも思っています。このままこうして探していても私の出身地に辿り着くのは絶望的な確率でしょう。運良く着いたとしても私を知っている方がいるとは限らないので。それならいっそ第二のライフを楽しんでもバチは当たらないでしょう。

“そろそろ行こっか”

まあこの話始めたのはあなたなんですがね。ええ、いきましょうか。言葉を贈りに。



 先生とはどこかの路地で会った。親にも捨てられて居場所もなくてゴミあさって何とか生きてたときだったな。

「意味がない、とはすぐになくなるものです。誰もやらなくなるので。では意味があるとは。それは人が何度も繰り返すことです。君が今ここに存在している理由があるのです。」


 あのときから僕が断り続けてもずっと路地に来て、ついてくるように説得されてたな。今考えればあの言葉は同じことを言っているのに、僕には効いたな。


「言葉の意味が分かって仕舞えば、その言葉に意味がなくなる。だからこそ私が言葉を贈るのです。君にはもうあの言葉は必要ないんです。今こうして私のサポートをしてくれていますからね。」


 先生の言葉には不思議な力が宿っているように思える。贈られた直後、全てが認められた気分になる。緊張していた肩の力が抜けて飛べそうなくらい軽くなる。最高に気分がいい。

 …一人だけ。こっそり僕に先生のこと教えてくれた人がいた。ピラっと紙を一枚見せてこの人です、と。


【指名手配情報】

氏名/ガルベリウス・ナシュリエル

罪状/通り魔、無差別殺人及び〇〇ビルへのテロ行為

特徴……


内容に驚いたが特徴や顔写真は一致しない。見るからに別人だ。


※〇〇店にて整形したとの情報提供がありました。顔写真はこちら

写真/


 明らかに手書きの追記と写真にまた驚いた。そっくりだ。でも、まさかとは思ってマッサージがてら鼻や顎を触ってみた。鼻も顎も骨が不自然に削れている。確定だ。このまま記憶が戻ったら…なんて最悪の想像をするが、どうも無理がある。普段があんなにヘラヘラニコニコおじさんなのだから、人を殺したり爆弾を作っている様子の想像がつかない。とりあえずこのことは伝えないことにした。

「何かありました?」

純真無垢な瞳には以前何が写っていたのだろうか。

“なにも”

あー。考えるのやめた。

「それならいいのですが。では食事にしましょう。今日は魚を釣ってきたので揚げてみました。」

くし形に切ったイモと魚が皿に添えられている。どちらも揚げてあるようでまだ湯気が立っている。

“いただきます”

「いただきます」


 こんな普通がずっと続くわけがない。


 実は私。ふと思い出したのです。いただいたトマトをスープにしているときでした。だんだんスープの色が赤になっていくのをじっと見ていたわけですが、そのときです。自分の足元からジワジワと赤い液が広がっていくのを思い出しました。手には黒光りする長い棒を持っていて、この前映画で見たスナイパーというのにそっくりでした。


“先生?おーい。吹きこぼれてるよ?熱くないの?”

え?あっ!うわあ!


「やってしまいました。せっかくいただいたものだったのに。」

“仕方がないよ。ほら、野草とか山菜とか取ってきたよ。これでなんか作って”

渡されたカゴにいっぱいの食材が入っていた。これを全て集めるのにきっと時間がかかったことだろう。

「こんなに…ありがとうございます。まずは片づけてしまいますね」

トマトは得意料理が多いので張り切っていたのですが。何か思い出せそうでぼーっとしてしまいました。

…トマトか。そういえばどうして料理ができるのでしょうか?なんとなく体が動いていますけど。

“手伝おうか?”

なにか、もっときっかけがあれば、思い出せそうですね。

「え?あ、はい。お願いします。」

今は吹きこぼしてしまったトマトスープを片づけましょう。


―血?

あ、

思い

出した。


あーそうだ。私…俺確か



「待て!」

「逃がすか!」

「こっちだ!追え!」

「あ、やっべ」


自分の爆弾に引っかかって崖から落ちたんだ。はは、バカだな。うん。まずはあの子に全部話そうかな。



ねえ。


ん?どうした?


思いだした。


!!ホント?聞かせて過去のこと!どこまで思いだしたの


…全部


そっか。ならもう隠す必要もないね。これでしょ?


ああ。知ってたのか。


ふふ!裏情報ってやつ?


じゃあもういくから。


え?どこに?…ちょっと!

置いていかないで。


…俺の正体が殺人鬼でもか?それでもまだ引き留めるか?


うん。僕には先生しかいないから。第二のライフを楽しむんでしょ?


思い出しちゃったからなー。ちゃんとした過去の話でも聞くか?


聞かせて。あんまり詳しく知らないから


そうだな。まず初めはコックだった。いわゆる超一流ホテルのコックをしてた。でもそこは、いわくつきのホテルで【一番最期に来るホテル】なんて呼ばれてた。一泊した客がみんな骨になって家族の元へ帰るから。中にはカジノやバー温泉などいろいろあったが俺の作る料理が名前の由来になった。毒を混ぜてたからな。これで金がもらえるなら安いもんよ。

 でも毎日同じは飽きる。だから転職した。寝るとこ探して入った廃ビルに極秘の爆弾工場があった。軍に支給する用、他国に配る用。正式に軍隊が使用してる爆弾をここで作ってた。見ちまったもんはケリをつけねえとな。まあここではいろんな爆弾を作った。手榴弾、魚雷、ミサイル、爆竹。火薬関係で弾薬も作ってた。まあ飽きてやめたがな。てか、死んだ一人が爆弾暴走させて置いてあった他の爆弾に着火してビル崩壊したんだが、なぜか俺がすべて悪いらしい。

 最後は銀行強盗しようとしてた連中を警察が来る前に縄で縛ってついでに爆弾(中身無し)を置いて威圧し逃げられないようにしていたのを、ちょっとやりすぎたのか俺が犯人だと思われて警察に追われて爆弾に足を引っ掛けて崖から落ちるってわけ。はー長かった。まあ、ドジ踏んだの。


なあ?しょうもないだろ?これでもまだついてくる気か?


うん。言ったでしょ?居場所がないって


俺には関係ない。じゃあな。元気でやれよ。

……離せよ


やだ。


なぜ?着いてきたらお前も危ない目に遭うだろ?


いいもん。


…もん、って。わがまま言うな!俺は!お前を!ケガさせたくない!


…だから!自分の身くらい!自分で!守れる!着いてく!


っだー!もう。なんでだ!


……え、だ、だってぇ。ゴニョゴニョ…


聞こえねーよ!はっきり言え!


だから!先生が好きだから!


……。え?


……。あ。やべ。ち、ちちちがうもんね!そう言うことじゃなくて!…えーっと、ほら、あのーああうーんと。


はいはい。わかったわかった。そういうことね。


え!いや、だから…


伝わったって。要するにお前も居場所がないからだろ?どうせ一人じゃすぐに死んじまうしな。


うーん。まあ、そういうこと。


…本当にいいのか?今までは運良く逃げてこれたが、次は分からない。それでも俺に着いてくるか?


“意味がない、とはすぐになくなるものです。誰もやらなくなるので。では意味があるとは。それは人が何度も繰り返すことです”


第二のライフ、始まりだな。おっしゃ!…どっちいく?


ふふ。そうだなあ。海のほう行こ!



生まれた場所、育った場所。環境。僕も運がいいとは言えない。先生がいたから今の自分が、このまま生きてて良いって思える自分がいたんだ。…離れるなんていわないで。

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