第4話

 焼肉屋に着くと葉介は既に到着していて、店の前でスマホをつついていた。待ち合わせの時間まで10分くらいあるというのに、まさか俺より早いとは思わなかった。

「おう、早いな」

 俺が言うと、未来もこいつが葉介であることを認識して、

「ごめん、待った?」

「ん?ああ、今来たとこ」

 などと冗談を言い合い始めた。

「お前ら打ち解けるの早いな」

 俺はそう言いながら予約表に名前を書き込む。

「カウンター席でよければすぐにご用意できますが……」

「いえ、テーブル席でお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 俺が店員とそんな会話をしている間も、未来たちは仲良さそうに喋っている。もともと葉介のコミュ力が高いというのもあるだろうが、それ以上に俺は自分のコミュ力の低さに少し落ち込みながら待合席に戻る。待合席では、葉介と未来があっち向いてホイなんかをして遊んでいた。

「まるで恋人同士だな」

 俺がそう言うと、葉介は笑いながら

「傍から見たらそうかもね」

と返す。しかし、それとは逆に未来からは返事が返ってこなかった。見れば、未来は顔を赤らめながら横目でちらちらとこちらを見ていた。

「いやそんなに照れるとこじゃねえだろ、今の」

 俺がそう言っても、未来は目を合わせることはしなかった。

 十五分ほど待って、俺達は店員に呼ばれ、店の一番奥にある座敷に通された。

全員が席についたところで、俺はメニューを開く。

「とりあえず定番のやついっとくか?」

 俺は全員を見渡しながら聞く。葉介は

「そうだね。最初だし、それでいいと思うよ」

と答えた。

 しかし未来はというと……黙って首を縦に振るだけであった。……まあ、返答を返してくれるだけさっきよりはマシだろう。そんな事を考えながら、俺は店員に注文の内容を告げる。

 それから俺と葉介が二人で談笑していると、途中から未来も会話に入ってきた。そして、三十分もすると三人でワイワイ喋れるくらいにはなった。案外、未来もコミュ力が高い側の人間なのかもしれない。

 そして、店に入ってから一時間が経った頃だった。不意に、右肩に重みを感じた。見ると、未来が俺の肩にもたれかかって眠っていた。どうりで、さっきから葉介が何かを期待しているような笑みを浮かべていたわけだ。俺は未来を起こそうとしたが、その寝顔があまりに幸せだったため、俺は起こすのをやめた。

「……さっき、すごく仲良かったじゃん?お前ら」

「まあ、そうだね。君のせいで破局したけど」

 葉介は微笑を浮かべながら言う。

「なんか、それが羨ましくてな。お前みたいな高いコミュ力、俺も欲しかった」

 俺がそう言うと、葉介が微笑みながら、

「僕は、君が羨ましいけどね」

と返してくるので、俺は

「なんでだよ」

と素直な疑問を投げかける。

「単純なことさ。彼女の僕に対する表情は、他人を見ている顔だった。簡単に言うと、心を許してないっていうのかな」

「それは……俺も同じじゃないのか」

「うーん、それはどうかな?」

 葉介は未来の顔を見ながら、

「今の彼女の表情には、安心感がある。僕のときには見せなかった、心を許している人にする表情だよ」

「それが、俺に対するものだって言いたいのか」

「そういうこと」

 俺は幸せそうに寝ている未来の顔を覗き込む。そして、少しの微笑みを浮かべながら、

「俺は、こいつの兄だからな」

と、静かに呟くのだった。

「さて……と、」

 俺はメニューを手に取り、酒のページを開く。

「おっ、飲んじゃう?」

「まあ、未来も寝たしな」

 俺は生ビール、葉介は赤ワインをそれぞれ飲みながら談笑していた。そうして、しばらく時間が過ぎたころ……。

「う……ん?」

 その寝ぼけた声に俺たちは顔を見合わせる。今日は酒を飲まないという条件で来ていた。未来が寝ているから大丈夫、と酒を飲んでいたのだ。なのに、未来の目が覚めてしまったら……。いや、だが未来だってまだ寝起き。気付かれると決まったわけじゃない。

「あれ、それ……ビール?」

 いや気付くの早すぎだろ。俺は言葉にならないツッコミを入れる。

「あっ、いや、これノンアルで……」

「僕はノンアルだけどそれはアルコール入ってるよ」

「突然裏切るんじゃねえよ!」

 そんな俺の叫びも届かず、未来はこちらを睨みつけながら

「私との約束、忘れたの?酒は飲まないって条件……」

「い、いや、ちょっと魔が差して――」

 俺が必死に弁解しようとしていると、未来は酒を手に持って

「これは没収だから!」

と、訳の分からないことを言い始めた。

「は?没収ってどういう……」

 俺が言い終わる前に未来はジョッキの酒を一気飲みしてしまった。

「バカ!未成年が飲むんじゃねえ!」

 俺が叫んでも未来は飲むことをやめず、結局全て飲み切ってしまった。

「うっわ……これ俺が捕まるやつじゃん……」

 俺は嘆息しながら言う。未来はすでに酔っ払ってしまったのか、顔を赤くしている。俺は助けを求めるように葉介の方を見た。しかし、葉介はただこちらをニヤニヤ笑いながら見つめているだけだ。手元のワイングラスの中身は既に飲み干されている。俺が頭を抱えていると、不意に未来が口を開いた。

「なんかふわふわしてる感じがして、気持ち悪いけど悪くないような……」

 その言葉で、俺は確信した。こいつ、酔ってる。

「もう一杯注文してえ~」

 呂律の回っていない声でそんなことを言い出す未来。

「バカ、するわけないだろそんなこと」

「お金は出すからぁ……」

「そういう問題じゃないって……」

「お兄ちゃんのケチ……」

「わかったから、もう寝とけお前」

 俺は未来を刺激しないようにゆっくりと床に寝かせる。その瞬間だった。俺の腕が未来によって引っ張られ、その力があまりに強かったので、俺は未来の横に倒れ込んでしまう。未来はこちらを満面の笑みで見つめながら言う。

「私だけ寝てたらお兄ちゃんお酒飲んじゃうから、一緒に寝よ?」

「ばっ、馬鹿!そういうのは家でやれって!」

「へえ、家では一緒に寝てるんだ」

 横から明らかに面白がっている声で言う葉介。こいつ絶対後で殴る。俺はそう強く心に決めた。そんなことをしていると、なんと未来は寝たまま俺に抱きついてきた。

「うわっ、ちょっ!」

「ぎゅってしたほうがあったかいよ?」

 俺は今まで女と抱き合うどころか手を繋いだことすらない。だからこそ、俺は未来を止めることができなかった。だって、こいつを止めるには押し返す以外の方法はない。だが、それはこいつの体に触れ合うことになる。

「いや……でも」

 もうすでに抱きつかれているのだ。今更体を触った所で別に同じ……。俺は自分にそう言い聞かせ、未来の体をぐっと奥に押し返した。流石に二十歳の男と中学生の女じゃ力の差は歴然だった。

「うわあ」

 間の抜けた声を上げながら遠ざかる未来。俺はふぅ、と一息ついてから、

「そういうことを公共の場でするな」

と、きつい口調で注意する。しかし葉介はなおも

「家でならいいってよ。よかったね、未来ちゃん」

などと冗談を言う。

 しかし、それに対する未来の返答はなかった。見れば、未来はいつの間にか目を閉じて眠っていた。ほんの数秒前まで俺を押し倒したりしてたくせに……。俺は歯を食いしばりながらも、彼女の幸せそうな寝顔を前にすると何もすることができなかった。

 俺は再びため息を吐いて、

「そろそろ帰るか」

と、立ち上がる。

「えっ、もう?」

 不思議そうに尋ねる葉介に少し呆れつつも

「もうかれこれ二時間半程度はいるからな。さすがに長居しすぎた」

「もうそんなに経ってたんだ。楽しい時間の流れって速いねえ」

 ゆっくりと立ち上がりながら呑気に言う葉介。

「今日は俺が払うよ」

 俺が鞄から財布を取り出そうとしていると、

「あ、いいよ。僕が払うから」

と、葉介に止められてしまう。

「いや、いつも払ってもらってるし……」

「いいよ、なんたって僕は社長だからね」

 そう。俺はいつも葉介に奢ってもらっている。「社長」という肩書を使って、だ。だからこそ、いつも今回ばかりはと奢ろうとするのだが結局奢ってもらってしまう。この状態をなんとかしたい気持ちはあるのだが、なんせ相手は急成長中の企業の社長。その親友ともなれば奢られるのも当然なのだろうか。別に俺も収入が少ないというわけではないし、むしろ支出で考えれば葉介より高いかもしれない。

「いい加減まっとうな職に就きてえなあ……」

と、俺は葉介に聞こえないくらい小さな声でそう呟くのだった。

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生きる未来、死ぬ未来 Hal @halpit

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