第四話  一緒に住むとやっぱこうなっちゃうの?!

 之伎美しきみは、可愛らしい顔で、控えめに微笑みながら、億野麻呂おのまろを上目遣いで見た。


よる一人寝は寂しく、耐えきれなくなりました。

 なぜ、同じ屋敷にいるのに、一人で夜を過ごさなくてはいけないのでしょう。

 几帳きちょうの後ろに行き、邪魔はしないので、この部屋にいるのをお許しください。」


 億野麻呂おのまろは困って、阿耶売あやめの方を向いた。


阿耶売あやめ、何か言ってやって? その……、声を聞かれたりしたら、嫌、だろ?」


 姿だって、几帳きちょうの影から、見ようと思えば、見えてしまう。

 そんなの、嫌でしょうよ?


「いいえ。」


 澄まし顔の阿耶売あやめからは、たった一言、かえってきた。


「では、あたしは、几帳きちょうの後ろにいきます。」


 さっと之伎美しきみが部屋の向こうに消え、阿耶売あやめが億野麻呂にむかってなまめかしく微笑んだ。


「さあ……、億野麻呂さま、いらして……。」


 阿耶売あやめが両腕を開いて、億野麻呂を迎える。


(あれ───? 良いのかなあ?)


 やりにくさと、恥ずかしさを感じながら、


(二人とも妻だから良いのかな? でも、いくら姉とはいえ、他のおみなを抱いてるつまの姿なんて、見たくないんじゃない?

 オレだって、恥ずかしいよ……。)


 と阿耶売あやめの、惚れ惚れする形のよい山なりの乳房と、蜂のような魅惑の腰つきに溺れていると、しばらくして、阿耶売あやめとは別に億野麻呂の背中に触れる手がある。


(あっ!)


 驚いて背後を振り返ると、頬を紅潮させた之伎美しきみが微笑み、裸で立っている。

 蠟燭ろうそくが揺れる薄闇に、白い肌、たわわな乳房が妖しいまでにあでやかに浮かび上がる。

 つまり二人の裸のおみな、一人の裸のおのこである。


「夜着を脱ぎましたので、几帳きちょうから出てまいりました。

 邪魔はしません。お手伝いをさせてくださいな……。」


 微笑む之伎美しきみ繊手せんしゅが、億野麻呂の身体を妖艶な手付きで撫でさすりはじめる。


「わっ! わっ! い、いいって! そんな手伝いいらないからぁ!」


 億野麻呂は首をふって身をよじり、拒絶の意思を示すが、阿耶売あやめが、


「あん、億野麻呂さま。」


 と甘い声をだし、億野麻呂の下から両足を素早く動かし、億野麻呂の首に両足を巻き付けた。

 がしっ、と億野麻呂の首を太ももがすごい力で抱え込み、


之伎美しきみ。許します。」

「はい、お姉さま。」

「え? ちょっと───?」


 おみな二人が結託して、億野麻呂を前と後ろから攻めはじめた。億野麻呂は顔をひきつらせ、


「うわ、やめ……。」


 と言いかけるが、それ以上の言葉を、阿耶売あやめの口づけで塞がれた。

 首に阿耶売あやめのなめらかな太もも。

 頬に阿耶売あやめの両手。

 唇には阿耶売あやめの可憐な唇。

 阿耶売あやめでいっぱいになる。

 いや、違う。

 腰には密着してくる之伎美しきみの柔らかい乳房。

 背筋を這う之伎美しきみの濡れた舌。

 腹には之伎美しきみの両手を感じる。

 之伎美しきみの気配も濃厚に感じる。


 これは……、なんだ。


 理解が追いつかない。


 阿耶売あやめの舌が、ききわけのない億野麻呂を懇懇こんこんさとすように口内のすみずみを渡る。

 やっと唇が離れ、阿耶売あやめが、


「何もお考えあそばすな。」


 とささやく。

 もう、何日か夜を過ごし、億野麻呂の弱いところも心得はじめたおみなたちである。

 姉妹は、甘い声をだしつつも、その攻め方に一切の容赦はなかった。

 四本の腕と二つの唇が、これでもかと惜しみなく億野麻呂に奉仕する。

 億野麻呂一人では、やり返すのが圧倒的に足りない。

 あまりの快楽くわいらくに、億野麻呂がブルッと震え、


「あっ、ゥふぁ……!」


 声を漏らすと、姉妹は嬉しそうにため息をつき、


「もっと……。その声を聞かせてくださいまし……。」

之伎美しきみももっと聞きとう存じます……。」


 と億野麻呂をさらに丹念になぶりはじめる。



 あ、


 これ。


 無理だ。


 快楽くわいらくが……。


 こんな快楽くわいらくの渦がこの世に存在するのか、と半ば朦朧もうろうとしながら、億野麻呂は、これは一晩では済まないだろう、これから毎晩、こうかも、という、きっとみずからに訪れるであろう未来を悟り、戦慄した。


 母刀自に言われた、 


 ───これは大変なことになりました。覚悟してるわね?


 という言葉の真の意味が、身にしみた瞬間であった。





    *   *   *





 それから、億野麻呂おのまろの、びっくり仰天な生活が始まった。


 億野麻呂が夜、阿耶売あやめの部屋に訪れると、当たり前のように之伎美しきみもいて、楚々そそとした仕草で衣をほどく。

 億野麻呂おのまろ阿耶売あやめを始め、抱く。そして流れるように之伎美しきみともさ寝をする。

 翌日、之伎美しきみの部屋に訪れると、ちゃんと阿耶売あやめもいて、億野麻呂は同母妹いろもとさ寝をしてから、姉ともさ寝をする。

 阿耶売あやめは、自分が姉でも、毎回、自分が先とは主張しない。

 きちんと交互に、億野麻呂おのまろを姉妹で譲り合っている形だ……。


 始めは、億野麻呂おのまろは非常に困惑した。

 

 ───これで良いのかなあ?


 と。

 しかし、毎晩、阿耶売あやめ之伎美しきみも、輝くような微笑みで、億野麻呂に両腕を広げてくれる。


 ───なら、良いんじゃない?


 二人が、この笑顔を浮かべてるなら。

 二人のこの笑顔を守る。

 それが、つまたる己の果たすべき事だ。


 阿耶売あやめ之伎美しきみは、本当に仲の良い姉妹だった。

 億野麻呂おのまろがお務めで留守の午前中は、姉妹で市歩きをしたりして、楽しく過ごしているそうだ。

 二人、喧嘩をしているところを見たことがない。

 二人は、平等に扱われることを望んだ。

 億野麻呂が、阿耶売あやめとさ寝をしながら、うっかり、


「うあ、之伎美しきみ……っ。」


 と名前を間違えようものなら、


「あたしは阿耶売あやめです! 之伎美しきみ! 罰です。噛んでやりなさい!」

「はい、お姉さま!」


 とガブリとやられ、億野麻呂は、


「きゃ───っ! ごめんなさいぃ!」


 と悲鳴をあげるのであった。

 ひぃぃ、これってオレ、どういう扱いなの、と、億野麻呂は心のなかで泣くのだ……。







「ごめん、今夜は無理。もう、本当、無理。」


 若い億野麻呂といえど、そういう夜もある。

 だって、必ず二発、しかもきちんと平等に、それが毎晩ともなれば、限界もくる。

 正直にトホホ顔で打ち明けた億野麻呂に対し、夜着の姉妹は顔を見合わせ、


「うふふ。わかりました。」

「さあ、一緒に川の字で寝ましょう。億野麻呂さまは真ん中ですよ。」


 と億野麻呂の手をとり、寝床へ誘う。

 三人で寝そべると、真ん中に寝た億野麻呂に、そっと左右から撫でてくる手がある。


「うふふ……。」

「億野麻呂さま。恋うています……。」


 美貌の姉妹は小声でささやきながら、億野麻呂の首を、肩を、胸を、腹を、夜着の上から撫でる。

 おのこ快楽くわいらくを誘う手付きではない。

 ただ、するするとゆっくり撫でる。

 そこに億野麻呂がいる。

 それを確かめ、ただそれが嬉しい、とでも言うように。

 ちょん。

 阿耶売あやめ之伎美しきみの指が、億野麻呂の胸の上で触れ合った。


「まあ。」

「ふふふ……。」


 おみな二人は照れたように声をあげ、含み笑いをしながら、手を引く。


「さ、おやすみなさいませ。」

「眠りましょう。億野麻呂さま……。」


 思い思いに、二人のおみなは億野麻呂の肩や腕にしなだれかかり、眠るのである。


(寝返りができなーい!)


 億野麻呂は嬉しい悲鳴を心であげつつ、


(ああ、こういうのも良いな。)


 阿耶売あやめも、之伎美しきみも、愛おしい。


 オレの大事な妻たち。


 そう思い、安らかに眠るのであった。





   

 


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